浅葱色の誠〜突然の再会〜
またまた遅くなってしまいました。本当にすいません。こんな状態でも、読んで下さる読者様に、心から感謝します。楽しんで頂ければ幸いです。
その日の昼から、彼らは動きだした。
勇と芹沢以外の5人は町に出かけ、各自が金策に乗り出す。目標は100両。しかし、1両でも多く金が欲しいのが実際のところだった。
佐伯又三郎は、今橋の近くの商家をあたっていた。
「どうにか100両、借してもらえまへんでっしゃろか?必ずお返ししますんで……」
この家で何軒目か分からない。相当の数を回っていた。
「えろぉ、すんません……100両なんて、人様にお借し出来る額やあらせんのですわ……堪忍……」
店の主人は、本当に申し訳なさそうに首を下げる。
「あ、いえいえ。いきなり押し掛けて、お金借して下さいなんて、普通は無理です。すんませんでした!」
又三郎はその店を立ち去る。
「……どないしよう……100両どころか1銭も集まらん……。皆は借りれたんやろか……」
又三郎は、歳三たちと別れてから休むことなく商家を訪ねた。初めは、金を持ってそうな商家にばかり頼んだが、大抵はケチな者ばかりで門前払いだった。
逆に少し小さな商家は、本当に申し訳なさそうに断ってくる。
「やっぱり、人間、断わりかたも大事やなぁ……」
そんなことを呟いていると、目の前に茶屋を見つけた。
「ずっと働いてたんやから、少し休んでもバチは当たらへんやろ」
又三郎は、そう言いながら茶屋の軒先に腰かけた。 又三郎が座った事に気づいた店の者が、奥からやって来た。
「いらっしゃい。何にしはりますか?」
注文を取りに来たのは、弾けるような笑顔の若い娘だった。
「お団子3本、頼んます」
又三郎のがそう言うと、
「分かりました!あ、今、お茶を持ってきますね!」
娘はすぐに店の中に消えた。
くるくる動く、えぇ娘はんやなぁ……。
又三郎がそんな事を考えていると急に後ろの方から、
「お雪ちゃん!お団子!」
という若い男の声がした。
「あー、次ちゃん!仕事終わったんかぁ?」
すると、店の奥から"雪"と呼ばれた先程の娘が、お茶を持って出てきた。どうやら、若い男は知り合いらしい。
「仕事終わったって言うより、今休憩時間やねん。それより、お団子頼んだで!」
男はそう言うと、又三郎の後ろに背を向けた形で座った。
「はいはい。今お茶持ってくるさかい、待っててなぁ」
お雪は男に告げると、
「はい、お侍さん、お茶をお持ちしました。お団子はもう少し待ってて下さいね!」
と、又三郎にお茶を手渡した。
「おおきに」
又三郎は受けとる。
お雪が出て行った後、後ろの男が話しかけてきた。
「あんさん、どちらさんで?」
男が振り返った気配がしたので、又三郎は、
「へぇ、京から……」
と言いながら振り返った。
又三郎は自分の目を疑った。
その男は紛れもなく、脱走した家里次郎であった。
「あ……あんた……」
家里は、みるみる顔が青ざめる。
「家里はん…ですよね?わてのこと、覚えてはります?佐伯どす」
すると家里は立ち上がり、又三郎に向き直って一礼した。
「家里次郎です。ご無沙汰してます」
「家里はん、まさか大坂にいてはったとは……」
又三郎は驚きを隠せない。
「はい、親戚が大坂にいまして……。殿内さんに逃がしてもらってからは江戸よりもここの方が目くらましになるかと思ったんです……」
家里はうつ向いたまま話す。
「いや、関西弁を話してはったんで、顔を見るまで気付かんかったですわ……」
又三郎がそう言うと、
「関西弁が話せないと怪しまれますから。結構大変でした……」
と家里は苦笑した。
そう言うと、急に家里は頭を下げた。
「……しかし、見つかったって事は、もうおしまいですね……どうぞ、斬って下さい」
「え……」
突然の事に又三郎は驚いた。
「こうして佐伯さんがいらっしゃるということは、私を追って来たんでしょう?」
家里も不思議そうな顔をする。
「ちゃいます!今回は別件どす。家里はんの事は、わてしか知りまへん……」
又三郎の言葉を聞いた家里は、力が抜けた様にその場に座り込んだ。
「……そうなんですか……良かった……」
「ほぉ……金索……」
意外そうな顔をする家里。
「ま、壬生浪士組は知ってのとおり、貧乏なんですよ……」
苦笑しながら話す又三郎。
又三郎は家里に、お茶を飲みながら自分達が大坂に来た経緯を話した。
「……それで……殿内さんは……?」
家里が恐る恐る尋ねると、又三郎は首を振った。
「殿内はんは、1ヶ月程前に……亡くなりました。果たし状を送ってきはったそうどす……」
又三郎の言葉に、家里は一瞬泣きそうな顔になったが、すぐにうつ向いた。
「殿内さんは、本当に良くしてくれました。あの頃の自分は兎に角、目立ちたくてしょうがなかったんです……実力も無いのに……」
家里は遠くを見るような目差しをする。
「……殿内はんは、最期まで家里はんの事を一言も話さんかったって聞いてます……」
又三郎は微笑みながら言った。
「殿内さんに助けてもらったこの命、大切にしなくてはと、ずっと考えてました。そして、私をかくまってくれた親戚の雑用もなんでもして、ちょっとでも殿内さんに顔向け出来る様な生き方をしなくては……と……」
家里はその後に、それでも全然足りないんですが……と言って苦笑した。
「いや、家里はん、変わられましたわ。前は兎に角、野心が剥き出しな印象がありましたけど、今は誠意を持って生きてはるんやって……」
又三郎の言葉に、家里は首を振った。
「私のせいで、佐伯さんを苦しめて殿内さんは亡くなった……これでも足りません……」
家里がそこまで言った時、店の奥から団子をもった雪が出てきた。
「お待たせしました!お団子です。おかわりあったら言うて下さいね!」
雪はそう言って二人に団子の皿を渡す。
「あれ……わては3本言うたんですけど……」
5本の団子が乗った皿を渡された又三郎は雪に尋ねた。
「ふふふ。待たせたお詫びと、次ちゃんの知り合いって事で2本おまけです!」
雪はそう言うと、ぺこっと頭を下げて店の中に帰った。
「……えぇ娘どすな。お知りあいどすか?」 又三郎は団子の串を持ち、家里に尋ねた。
「えぇ、お世話になってる親戚の家のご主人が、ここの団子屋さんの主人と古い友達なんです」
家里は美味しそうに団子をほおばりながら言った。
「お好きなんどすね?家里はん」
又三郎の不意の言葉に、家里は目を丸くした。
「さっ……佐伯さん……私は別にお雪は……」
しどろもどろになる家里。
「わては、誰か何て言うてまへんよ」
と言いながら、笑う又三郎。
すると、家里は少し顔を赤らめて言った。
「……好きです……。彼女はどう思ってるかは分かりませんがね……」
そう言って店を愛しそうに見る家里。彼の見つめる先には、店の中で団子作りの手伝いをする雪が居た。
「素敵なことやと思います……」
又三郎は微笑みながらお茶をすすった。
季節は春。ぽかぽかとした陽気に包まれ、家里も又三郎も穏やかな気持ちになっていた。
この最悪で最高な再会は、ちょうど殿内の死から1ヶ月が経とうとしていた矢先であった。