浅葱色の誠〜最初の犠牲者〜
更新がかなり遅くなって本当にすいませんでした。待っていらした方、ごめんなさいです。そして、今回は少し長めです。
『本日の子ノ刻、四条橋で待つ。
殿内 義雄』
殿内の机の上にあった果たし状には、こう記されていた。
「家里さんも見あたりません!2人とも身のまわりの物が無くなっていました!」
血相を変えて勇の部屋に飛込んできた平助の報告を受け、歳三と山南は勇の部屋に集まった。
「ちくしょう、こっちは穏便にしようと思ってたのに……」
歳三は悔しそうに言った。山南も険しい顔をしながら、
「こうなったら約束の時間に趣き、事情を聞くしかないでしょうね……」
と言う。しかし歳三は
「何言ってんだよ!奴らは闘う気だ。話し合いで解決出来るなら果たし状なんざ作らねぇさ。こうなったら斬るしかねぇよ!」
と山南に反論した。
山南はふと、勇を見た。彼はさっきから、腕組をし、じっと畳の一点だけを見ている。
「近藤先生、先生はどうお考えです?」
山南は勇に尋ねた。歳三も勇を見た。
勇は更に少し考え、寂しそうな声で言った。
「殿内君も、家里君も、出来ることなら斬らないでくれ」
山南と歳三は思わず顔を見合わせた。二人とも、勇はきっと殿内たちを許さず歳三の意見に従うと思っていたからだ。
「何でだよ?じゃあ、奴らが命乞いしてきたらまた浪士組に戻せって事か?」
歳三は不機嫌そうに言った。
「その通りだ。その場合は何も無かった事にする」
勇は何の迷いもなく言った。
「本当にそれでいいんですね?」
山南が尋ねる。
すると勇は立ち上がり、障子を開けた。外はもう夕方だ。庭にある池の水面には、朱色に染まっている。
「俺はな、寂しいんだよ」
勇はポツリと呟き、言葉を続けた。
「折角、上様の警固が出来ると勇んで江戸から京に来た。なのに騙されていた……」
勇は朱色の水面を見ながら言った。
「それでも、自分の思いを貫く為に京に残り、壬生浪士組を作った」
勇がそこまで言うと歳三はもどかしそうに、
「だがらこそ、隊を良くする為に奴らを成敗するんだ!」
と少し声を荒げて言った。山南は二人を交互に見る。
すると勇は、先程よりも厳しい口調で
「だからこそ許すんだ。ここまで苦労して作った組だ。一番初めに斬るのは仲間ではない、不逞浪士だ!」
と歳三に言う。
歳三は反論出来なくなり、下を向いた。
「思い入れが強いからこそ、あえて仲間に厳しくする事もあると思いますが」
山南が勇に語りかける。歳三は不思議そうな顔をして山南を見た。
「全く、あなたはどちらなんですか……」
勇は山南の顔を見ながら苦笑するが、また直ぐに真顔になる。
「土方君、総司と平助、あと斎藤君に、時間になったら四条橋に行くように命じてくれ」
勇は歳三を見てハッキリと言った。
「総司に平助に斎藤?何故だ、だったら俺か山南が……」
歳三は反論しようとしたが、途中で勇は遮った。
「お前も、山南さんも、隙があれば彼らを斬り捨てる気だろう」
と、弱々しく笑って部屋を立ち去った。
冗談じゃない。何故、浪士組での初仕事が内部争いの処理なんだ。
斎藤一は、外側で無表情を装いつつも内側では不満をぶつけていた。
自分は容保から浪士組を正しい道に導く様にと派遣されたが、実際はその様な力はない。浪士とはいえ、壬生浪士組の連中はそれなりに皆腕がたつ。殿内らが佐々木と通じていてこれでは、自分が松平容保に目付け役を命じられていると知られたら……暗殺されるかもしれない。
しかしその浪士組は今、仲間内の事で揉め、脱走した同志から果たし状が来る有り様。
殿に何と報告するか……
「斎藤さん?具合でも悪いんですか?」
斎藤は頭の中で色々と考えを張り巡らせていたが、総司の声で我にかえった。
「いえ、少し考え事を……」
とっさに斎藤が言うと、その横で平助はため息をついた。
「なんだよ、陰気くさいなぁ……」
総司が言うと、平助は沈んだ声で
「陰気くさくもなります。何故私たちがこんな役目を……。それより、沖田さんは何とも思わないんですか?」
とブツブツ言いながら尋ねた。
「何が?」
平助の質問の意味が分からず、聞き返す総司。
「何がって……この3人になった理由ですよ。僕ら以外にも、永倉さんとか原田さんとか居たのに……」
平助はまだ少し不満そうに言った。
それは斎藤も気になっていた。自分と平助は隊内で一番年若い。総司も2つ上な程度だからそう変わらない。他にも年上の腕がたつ者が居ただろう。
その時、総司が声をあげた。
「さあね」
平助も斎藤も総司を見た。
「難しい話は分からないよ。土方さんは説得して連れ戻せって言ってたろ。なら言われたとおりに動くしかないじゃないか」
総司はあっさり言った。
「そんな……でも、殿内さんたちは果たし状まで書いてますよ……それって、やむ終えなければ斬っても良いって事じゃ……」
平助が言うが、総司は相変わらずの調子で
「私は人の言葉の裏側を察するのが苦手だし、推測ほどいい加減なものは無いと思ってるよ」 と言い、歩き続けた。平助はため息混じりに後に続いた。
斎藤は、総司の考えが分からなかった。本気で果たし状を出す様な人間と話し合えると思っているのだろうか……。
更に少し歩くと、四条橋が見えた。ここからは物音を立てないよう慎重になって歩き、徐々に橋に近付いて行った。
橋の袂まで来たとき、橋の中央に人影が見えた。月明かりに照らされ、ハッキリと見えたその姿は紛れもない殿内だった。家里は見えない。
三人は連れだって橋の中央へ向かった。時は3月の終わり。まだまだ夜風が冷たい。
橋の軋む音に気付き、殿内は三人を見た。
「沖田さんに藤堂さんに斎藤さん……」
殿内はそう呟くと、刀を抜こうと左側へ手を移動しようとした。
「待ってください!」
総司はその動きを制止させると、殿内に一歩ずつ近付いて行った。
「殿内さん、話があります。私たちは貴方と戦いません。浪士組へ戻りましょう」
殿内は一瞬考えた。しかし彼は懐の刀を抜き、その切っ先を総司に向けた。
「ここまで来たら、後戻りは出来ないんだ!」
殿内の顔は紅潮し、額にはうっすらと汗が光る。総司が何か言おうとしたが、構わず飛びかかってきた。
剣を受け止めると、互いに見合う様な体勢になった。剣を合わせたまま、動けない二人……。
すると殿内は自分の剣先を総司の剣先から離し、後ろへ下がった。相当疲れたのだろう。殿内は肩で息をしている……。
平助も斎藤も、二人の気迫に思わず動けなくなった。特に斎藤は、今まで総司の剣を見たことがなかったから自分が総司の仲間ということを忘れ、観戦者になっていた。
間合いを取った殿内は再び飛び出す時を待っていた。しかし総司から隙は感じられず、しかも殺気すら感じられない。
どうすれば良いか分からなくなった殿内はむやみに斬りかかってきた。総司はその剣を受けとめ、殿内を斬った……。
その場に倒れる殿内。平助と斎藤は総司の側へ寄る。
「何故彼を斬ったんです?!まだ話し合えたかもしれないのに!」
声を荒げる平助。しかし、斎藤には分かっていた。
「峰打ち……」
沖田も平助も斎藤を見た。斎藤は構わず続けた。
「さっきの沖田さんのは峰打ちですよね?その証拠に殿内さんは生きてる。血も出ていない……今は気を失っているだけだ……」
斎藤はそう言って総司を見た。総司は少し笑みを浮かべ、頷いた。
「そういうことだったんですか。なら、今の内に殿内さんを屯所に連れて帰りましょう」
平助はそう言って懐から捕縛用の縄を取り出し、殿内へ駆け寄った。
しかし、平助が縄をかけようとした瞬間、殿内は覚醒した。そして、懐に隠し持っていた短刀で平助に斬りかかった。
平助はかわしたが、殿内は短刀を振り回してながら起き上がった。
「寄るな……触るな……」
殿内は既に元の殿内の顔ではなく、何かに取り憑かれた様な異様な雰囲気をかもしだしていた。
三人は殿内の様子を少し離れて見守っていた。すると殿内は、腰に提げた小刀を抜いた。
「これで、良いんだよな……」
そう言うと殿内は、腹に刀を差した。
唖然とする三人。
ゆっくりとその場に倒れる殿内。
三人は我に帰り、殿内へ駆け寄る。
平助は殿内を抱き起こし、顔を上げさせた。
「殿内さん……どうして……」
平助が言う。殿内は魂が抜けた様に虚ろな目をしながらも、平助を見て少し微笑んだ。
「家里さんは?家里さんは何処にいる?」
斎藤はせめて何か情報を持ち帰ろうと尋ねたが殿内はただ一言、
「とどめを……」
と呟いただけだった。
「……平助、離れろ」
斎藤が振り返ると、総司が立っていて刀に手を掛けていた。平助は総司の言いたいことを理解し、斎藤の方へ来た。
――……斬っ。
例えるなら、静寂。
音もなく、しかし確実に振り下ろされた刀。
総司の一振りは殿内の左胸を切り裂き、殿内は絶命した。
総司は返り血に顔も、服も、赤黒く染まっていた。平助も斎藤も返り血を浴びた。
「一番最初に斬ったのが同志だなんて……」
月明かりに照らされ、血生臭い臭いに包まれながら、総司は一言そう呟いた。その声はあまりにもか細く、平助は聞こえなかった様だが、斎藤は確かに聞き取った。
3月25日夜、殿内義雄、四条橋上にて殺害。
補足説明
・子の刻
→現在の深夜0時
・峰打ち
→刀の背中の峰(刃ではない部分)で攻撃すること。
・小刀
→脇差しの種類。普段戦いの際に使うのが大刀で、大刀を損じた時に小刀を使うのが一般的だった。