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鬼と仏  作者: 快丈凪
13/25

浅葱色の誠〜新たな亀裂〜


 ところで、この頃の壬生浪士組は"近藤派"・"芹沢派"以外に"殿内&家里派"も存在した。

 "殿内&家里派"は、江戸から来た浪士組で芹沢や近藤たち13人が新しい浪士組を作る際に入隊した他の浪士たちを差す。ちなみに、後に入隊した斉藤一や芹沢と交流があり入隊した粕谷新五郎(かすや しんごろう)、病気の為江戸へ帰れなかった阿比留鋭三郎(あびる えいさぶろう)、京都で仲間になった佐伯又三郎(さえき またさぶろう)らは該当しない。

 つまり、幕府に申請した24人のうち"近藤派"・"芹沢派"+4人以外の7人は"殿内&家里派"という事になるのだ。



「くそっ!もう我慢ならねぇ!」

 握った拳を畳に叩きつけ、若い男が悔しそうにしている。

「静かにしろ、家里。気持ちは分かるが、あまり騒ぐと誰か来るぞ」

 もう一人の男が声をひそめながら言う。


 家里と呼ばれた方は家里次郎(いえさと つぐお)で、もう一人は殿内義雄(とのうち よしお)だ。

「これが大人しくしてられるか!近藤も芹沢もいい気になりやがって……!」

 家里が腹を立てているのは、先日行われた将軍への試合謁見についてだ。彼らは誰も呼ばれなかったのだ。


「近藤たちや芹沢たちは参加したというのに、俺らは話すら知らなかった。これでも同志か」

 すると殿内はため息混じりに言う。

「仕方ない。俺は自己流だし、お前は目録すら貰ってない。それなら免許皆伝者や道場主が行くのが正しいだろう」

 他も、年寄りだったり名もない道場出身という者ばかり。会津公の前で恥をかくだけだろう。殿内はそう割りきっていた。


「……俺は……アンタの様に考えられねぇ。俺は……ココを辞める」

 家里が立ち上がると殿内は慌てたような口調で言った。

「正気か。我々は佐々木様より言いつかった役目があるではないか!」

 佐々木とは、江戸の浪士組を率いてきた幹部の一人・佐々木只三郎(ささき たださぶろう)である。殿内らは佐々木から壬生浪士組の動向を報告する様に命じられていたのだ。

「しかし、俺は我慢ならねぇんだよ……」

 家里は声を震わせながら言った。目録も貰えなかった彼の事だ。きっと劣等感を人一倍感じやすいのだろう。しかも殿内よりも10歳近く若い。尚更、惨めに感じているんだろう。


「家里、そう落ち込むな。俺らは近藤たちより先に幕府から命を受けたじゃないか」

 すると家里は顔を上げ、

「我々の方が先に?」

 と尋ねる。すると殿内は少し笑って、

「そうだ、佐々木様は幕臣。幕府のお方なのだ。佐々木様の命は幕府の命だ」

 と言いながら家里の肩をポンッと叩いた。家里は少し鼻声になりながら、

「……はい」

 と言い、殿内に頭を下げた。



「ふぁ〜……今日も良い天気だなぁ」

 総司が欠伸をしながら井戸へ顔を洗いに行く。

「そんな所を土方さんに見られたらまた怒られますよ!」

 平助は苦笑しながら顔を洗う。

「"総司!情けねぇ声出すなっ!"てね」

 野口も顔を拭きながら笑った。

「ひっどいなぁ〜!それではまるで、土方さんは何時も私を怒ってるみたいじゃないですか!」

 総司が頬を膨らませながら言うと、平助と野口は口をそろえて、

「怒ってます!」

 と言った。

 総司がむくれていると、奥の方から男が出てきた。佐伯又三郎だった。


「あぁ、皆さん、おはようございます」

 佐伯は京なまりで挨拶をすると、水を汲み出した。

「佐伯さんは商家の方でしたよね?」

 総司が何気無く聞いた。佐伯は京都で仲間になった者で、先日の試合謁見に芹沢派として参加していた。

「へぇ、確かに家は質屋どす。それが何か……」

 困惑する佐伯。すると総司は慌てて、

「いや、別に変な意味はないんです!ただ質屋の息子さんにしては剣がお上手だったんで何故かと思ったんです!」

 と答えた。すると佐伯はクスッと笑い、

「そのことどすか。実は小さい頃から剣を習ぉとったんですわ」

 と言った。するとそれを聞いていた野口が、

「そうだったんですか!珍しいですね」

 と話に入ってきた。

「自慢じゃありまへんが、寺子屋に通ぉとった中で一番剣ができてました」

 佐伯は照れ笑いしながら野口を見た。


「せやからこの浪士組の話を聞いたとき、今しか無い思ったんどす。わいは三男やから家継がんし、一人旅でもしようかと思ってたぐらいやから……」 佐伯はこう続けた。

 農民の子は農民、武士の子は武士になるのが当たり前というこの時代、商家の子は武士にはなれなかった。そんな時に壬生浪士組の募集を知った。佐伯の喜びは、はかりしれない。


「壬生浪士組は入隊するのに身分はこだわらん。近藤先生は農民の出やのに、鍬やのうて刀を持ってはる。嬉しかったですわぁ。皆は怖がっても、わいは嬉しかったんどす!」

 佐伯は目を生き生きとさせる。

「近藤先生は、身分の苦しみを一番知った方だから……」

 平助がしんみりと言う。

 佐伯は芹沢派寄りな立場だったが、近藤の事も尊敬していたのだった。



 佐伯は朝食を済ませて部屋へ戻った。家から持ってきた荷物を見て、ふと家族を思い出していた。

 そのとき、障子の向こうから声がした。

「佐伯さん、話があるのですが良いですか?」

 障子を見ると、人影がうつっている。

「へぇ、どうぞ」

 佐伯が声をかけると、障子が開いて若い男が立っていた。男は家里だった。


「家里はん、どないされました?」

 すると家里は神妙な面持ちで佐伯の前に座った。

「家里はん……?」

 佐伯は不思議に思って呼びかけると、家里は暗めな声で

「お願いがあります」

 と告げ、続けて

「我等の仲間になってくれませんか、佐伯さん」

 と言った。


「なに言うてはりますの、わてらは壬生浪士組の仲間でっしゃろ?」

 佐伯は家里の言う意味が分からず聞き返した。

「あなたはこちらで仲間になった。なら近藤先生や芹沢先生とも親しくはないのでしょう?」

 家里は表情を変えずに言った。

「そらそうどす。せやけど偉い方たちやと思いますよ」

 佐伯は困惑する。

 すると家里は身を乗り出しながら、

「佐伯さん、ここだけの話なんですが、私と殿内さんは幕府から直々に壬生浪士組の目付け役を頼まれているんです」

 と言った。家里は最後まで言おうかどうか迷ったが、佐伯を説得する為ならやむ終えなかった。

「ばっ、幕府から?!」

 佐伯の反応を見て家里は手応えを感じた。

「そうです。我等の働きが幕府に認められれば、いずれこの壬生浪士組は我等の物になるでしょう。どうです?悪い話ではありませんよ」

 佐伯は少し考え、

「家里はんは、わてに何をさせたいんどす?」

 と聞いた。

「目付け役の仕事を手伝ったり、きっと我等の中では、あなたが一番剣が達者だから斬り込み隊長などをしていただきたいのです!」


 家里は必死に言った。それを聞いた佐伯は、

「……考えてみます」

 と言った。家里は顔をやっと明るくして、

「良い返事を期待してますね」

 と言って出ていった。


 しかし、佐伯が考えているのは家里と正反対の事だと、家里は知るよしも無かった。





*補足説明*

家里、殿内、佐伯は出身など資料に詳しく載っていなかったので全て設定はオリジナルです。ご了承下さい。

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