浅葱色の誠〜綻び(ほころび)〜
八木邸へ帰った二人は、中が騒がしい事に気がついた。歳三と山南が不思議に思っていると、二人を見掛けた平助が飛んできた。
「土方さん、山南さん、何やってるんですかっ!こんな一大事にっ!」
青ざめた顔で平助が二人に言う。
「島原から今帰って来たところです。……一体何が……?」
山南が少し気弱そうに尋ねると、平助は少し間を置いて高ぶる気持ちを抑えながらゆっくりと言い始めた。
「実はつい先程、会津公の使いの方が来られました。今日の正午、会津公が我々の試合の謁見をしたいので準備をして本陣に参れとの事です」
言いきった平助はぐったりと肩を落とした。
「土方君、これは本当に一大事だ……」
山南は腕を組んでうつ向いた。
つまり、会津公は壬生浪士組の技量をこの目で確かめるために彼等を本陣に招いて試合をさせようというのだ。
しかし、昨日の宴会のせいで会津公に見せられるような試合が出来る者は少ない。
「平助、今すぐにでも向かえる者はどれだけ居る?」
歳三は何かを閃いた様な顔で平助に尋ねる。
「えっと……今のところは私と沖田さんと斎藤さんです……」
歳三は頷き、笑った。それは何かとんでもないことを企む鬼の顔だった。
「平助、この事を急いで近藤さんに伝えろ。あの人ならどんなに酔ってても飛び起きるさ」 すると平助は納得した顔をし、
「分かりました。では芹沢先生たちも起こし……」
と言いかけたところで歳三が口を挟んだ。
「違う。起こすのは近藤さんだけだ。他のはいらない」
その言葉に平助も山南も驚いた。
「……土方君……もしや君は……」
山南が歳三を見て言うと、
「そうだよ。これは絶好の機会だ。酔っぱらった芹沢たちが行くより、試衛館の面々で行って会津公に顔を売っとくのさ。そうすれば色々と有利だ」
と、なにくわぬ顔で言う。
「良いんですか?筆頭局長が居ないのに本陣に行っては失礼なんでは……」
平助は心配そうに尋ねる。
その時、後ろから聞き覚えのある声がした。
「どうしたんですか?朝っぱらから……」
それは島原から帰ってきた永倉だった。しかし、いつも一緒に居る原田の姿が無い。
「左之助はどうしたんだい?」
山南に聞かれると、永倉は少し決まりが悪そうな顔をして
「左之助は二日酔いが酷いんで良くなったら戻ってくるみたいです」
と言った。
「ったく、左之助の奴……」
歳三は悪態をついたが、急に永倉の方を向いた。
「新八、お前も来てくれっ!」
歳三の言葉にイマイチ状況が把握出来ない永倉。
「どっ……どういうことですか……」
そんな永倉に山南が、かいつまんで話すと永倉は納得したような顔で、
「承知しました」
と言った。
「よしっ、これで6人だ。3試合は出来る。平助、急いで近藤さんを呼びに行ってくれ」
歳三に言われ、平助は急いで八木邸を出た。平助を見送った3人は素振りでもしようと引き返すと、戸口で腕くみをしている男がいた。
「……新見さん……」
山南が言う。歳三は嫌悪感がむきだしだった。
「何を騒いでいるのかと思えば、そういうことでしたか」
新見は意地悪そうな顔で3人を見回す。
「悪いが、もう話はついた。あんたらの出番はねぇよ」
歳三が言うと、新見は更に意地悪そうな顔をして、
「いいえ。ウチからも2人出させてもらいます。平山、佐伯!」
と声をかけると、芹沢派の平山と佐伯がやってきた。
「芹沢先生は二日酔いで行けないが、この二人は昨日酒を飲んでいない。試合は出来る」
と3人を見ながら言った。
歳三は考えたが、何も思い付かないので、
「分かったよ。そのかわり近藤さんは連れていくぞ」
と言うと、新見は薄笑いで
「結構です」
と言い残し、平山たちと去っていった。
「まさか新見さんが居たとは……」
永倉がため息混じりに言う。
「落ち込んだってしょうがないさ。ほら、素振りに行こう!」
山南が歳三と永倉に言うと、3人は総司たちの所へ向かった。
この日は紅白に分かれて試合をした。会津公・松平容保は試合に満足し、壬生浪士組を将軍(上様)が下坂(大坂へ行くこと)の際に会津藩と共に警護をするようにと命じたのだった。
そしてその夜、勇たちは帰ると八木邸で酒を飲みながら警護を命じられた事を喜びあった。
「いやぁ〜、やはり会津公は素晴らしいお方だ!俺は感動したさ!」
勇はいつになく上機嫌で、珍しく自分から酒を飲んでいる。会津公に認められたのがそれほど嬉しかったのだろう。
「なぁ、新八は見たんだろ?会津公ってどんなお方だった?」
原田が永倉に聞いた。
「お若いがしっかりしたお方だったよ」
永倉が酒を飲みながら言った。
「良いなぁ。俺らも知ってれば行ったよな、源さん!」
原田が井上に話かけると、
「そうですねぇ。お目にかかりたいです」
と言った。
「やはり会津公の様なお気持ちを皆が持たねば、本当の攘夷は難しいだろう」
勇はまだ一人で語っている。その時、隣でずっと酒を飲んでいた芹沢は耐えきれなくなり叫んだ。
「さっきからうるせぇなぁ!近藤、お前は会津公をお守りする為に来たのか?」
芹沢に睨まれ、勇は少し怯んだが、
「会津公をお守りする事は、幕府をお守りする事になると思いますが……」
と力強く言った。
「大体、会津藩のお預かりなんだから俺らが一緒に警護するなんて当たり前じゃねぇか!いちいち騒ぎ立てる事じゃねぇよ!」
そう言うと芹沢は膳を引っくり返して自分の部屋へ戻った。
歳三は勇の近くへ行こうとしたとき、隣に座っていた新見が歳三に向かって言った。
「あんたの頭は有頂天になりすぎだ。ただでさえ芹沢先生は尊皇派で今日も参加出来なかったというのに……」
すると歳三はキッ新見をと睨み、
「そんなのあんたらの問題だ」
と言って勇に駆け寄った。
この日から、壬生浪士組は近藤派と芹沢派にはっきりと分かれたのだった……。