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鬼と仏  作者: 快丈凪
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壬生の狼〜帰り道〜


 結局その後、山南は明里とお互いの話を少ししてから帰った。


 店を出た山南は、不思議な気分だった。今まで遊女屋へは何回か行ったことはあるが、明里の様な女には出会ったことがなかった。

 明里の事を、もっと知りたい。

 明里の声を聞きたい。

 笑顔に会いたい。


 その時、後ろから声をかけられた。

「山南さん」

 振り返ると……そこには、歳三が居た。


「土方君……君も今帰りかい?」

 山南が尋ねると、歳三は相変わらずうっとおしそうに、

「まあな。そっちもだろ?」

 と言いながら欠伸をした。

「……あぁ。そういえば相手は天神って言っていたな……天神ってのは、何かの位かい?」

 山南は歳三に聞いてみた。歳三は女好きで江戸に居た頃から近所では有名だった。遊里にも詳しいから島原についても知っているかもしれないと思い、聞いたのだった。

 すると歳三は驚いて山南に聞き返した。

「天神?本当に天神って言ったのか?」

 歳三の驚き方に戸惑いながらも、山南は

「あ……ああ。何か悪かったかな?」

 と気弱そうに聞いた。

 すると歳三は信じられないという表情をし、山南に言った。

「天神ってのは、島原で太夫(だゆう)の次に上等な女の事だ。俺はもっと低い方の女だったのに……」

 歳三は少し機嫌を損ねたようにうつ向いた。山南は申し訳なさそうにしながらも明里との事を思い出し、その事に納得していた。


「んで?どんな女だった?いい女だったろう?」

 歳三は、先程と表情を変えて聞いてきた。

「そうですね……笑った顔が印象的な人でした。自分の故郷の話をしたり、彼女の故郷の事も少し……」

 山南が言うと、歳三は途中で話を遮った。

「ちょっと待て、まさか話してただけじゃねぇよな?」

 山南はキョトンとして聞き返した。

「はぁ…話しかしていませんが何か問題でも?」

 すると歳三は呆れた様に、

「信じられねぇ。遊里に行って……男のする事じゃねぇよ……」

 とぼやく。

「そんなものかな……私はそれでも十分満足してるし、良かったと思うが……」

 山南はポツリと呟く。

「ま、いいさ。そんな事は人それぞれだ。俺は他人の事にまでしつこく言わねぇよ」

 歳三は頭の後ろで手を組ながら言った。山南は少し苦笑いして並んで歩く。



「ところでよぉ……」 歳三が不意に山南に声をかけた。山南は不思議そうに顔を歳三に向けた。


「さっき帰るとき、店の奥の方で女たちが何て言ってたと思う?」

 歳三は寂しげな表情を浮かべた。山南はその顔が気になり、

「何か言ってたのかい?」

 と歳三に聞く。すると歳三は立ち止まり、遠くの方を見ながら呟いた。


「壬生の狼……壬生狼(みぶろ)って言ってたんだ」


 ……壬生狼……意味は分からないが、良いことではないのは確かだ。

「壬生狼って……どういう意味ですか?」

 山南が尋ねると歳三は悔しそうに言った。

「幕府が手に負えずに壬生へよこした人斬り狼……だから壬生狼だとよ」

 山南は信じられなかった。確かに京の人々は歓迎していないと感じてはいたが、ここまでだったとは……。


「島原でこの噂では……市中じゃどんな風に言われてるものか……」

 歳三の寂しい顔を、山南は初めて見た気がする……。


 朝日が昇る。

 今の二人の気持ちを嘲笑うかのように輝く朝日……。


「俺たちは、人を斬りに京へ来たんじゃねぇ。自分たちの誠を示す為に……幕府の役に立つために来たんだよ……」

 歳三は眩しい位の朝日を見つめて呟いた。

「全く、あなたらしくありませんねぇ」

 山南はいたたまれなくなり、大袈裟に大きな声を出してみた。歳三は少し意外そうな顔をして、山南の方を見る。


「狼だなんて、まだ本格的に活動してもいないうちから中々呼ばれませんよ。かえって名誉な事です」



 分かっている。

 彼は……土方歳三は……近藤勇の事を思ってのいるから憂えているだ。勇の出世に差し支えるかもしれない、この噂を。


「我等は確かに狼かもしれません。いや、最近の武士は皆そうだ。でもね、土方君」

 山南は朝日に背を向け、歳三の前に立って続けた。

「我等はただ狼ではない。他の荒れ狂う狼を成敗する、誇り高き狼だ。壬生浪士組はそんな風になれば良いんだよ」


 山南が言うと、歳三は少し笑って、

「確かにそうだな……壬生狼でもいいか。俺たちは誠の狼だ。長州みたいな暴れ狼と一緒にされてたまるかっ!」

 と言い、歩き出した。



 山南は自分よりも少し早い歩みの彼の後ろ姿を少し見つめ、自分も小走りで彼に追い付き、二人は並んで八木邸へと戻ったのだった。



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