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鬼と仏  作者: 快丈凪
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壬生の狼〜女〜


 今日は宴会だ。

 勇たち壬生浪士組が無事に会津藩のお預かりになったからだ。これで彼らはただの浪士ではなくなったのだ。


 宴会は、今日は八木家ではなく"椿屋"という店で行った。椿屋は島原にある。島原は花街……つまり遊女屋が立ち並ぶ所であり、京都で一際賑わう場所でもあった。



 山南敬助は憂鬱だった。彼は女が苦手だからだ。しかし、島原に来た以上今夜は皆朝帰りだろう。


「センセ、おつぎします」

 山南の右に座っている女が酒の入った徳利(とっくり)を持ち上げながら山南に言う。

「はい、かたじけない」

 山南は慌てて、お猪口を差し出し、つがれた酒を飲む。

 彼は宴会も酒も嫌いではない。しかし、女が居ると何故か調子が狂う。


 ふと、向かい側を見る。土方歳三だ。彼は酒を飲まずに不機嫌そうにしている。女が話しかけても適当に答えているだけだ。

 前の方では芹沢と勇が居る。二人とも女が二人ずつ居るが、芹沢は酒をばかり飲んでいるし勇は女との話が盛り上がっている様だ。

 原田や永倉たちは、一足先に床についたらしい。しかも、源三郎も姿が見えない。……少し意外だが、彼も女と楽しそうにしていたし、今はもう……。


「山南さ〜ん、どうしたんですか?浮かない顔して」

 話しかけてきたのは総司だ。後ろには平助と芹沢派の野口も居る。

「総司……いや、別に浮かない顔なんて……」

 山南がブツブツ言うと沖田はため息混じりに、

「まったく、こんな綺麗な方がお相手なんだから、もっと楽しんで下さいね」

 と、山南の隣の女に笑いかけながら言った。女は少し頬を染めて、

「おおきに」

 と総司に頭を下げた。

 すると今度は後ろの方から平助が顔をだし、山南に

「私たちはそろそろ帰ります」

 と告げた。

「もう帰るのかい?」

 山南は羨ましいと内心思いながら聞き返す。

「はい、私たちはロクにお酒も飲めませんし……先に帰らせてもらいます。先生方はゆっくりして下さい」

 平助は総司に負けないぐらいの笑顔で言った。山南も副長でなければ帰れたかもしれないが、局長より先には立場上帰れない。だから沖田たちには、

「そうか、気を付けて」

 と言うだけで精一杯だった。



 沖田たちが帰ると、他の者も解散し始めた。ほとんどが床へ向かうが、何人かは八木邸へ帰っている。


「自分もそろそろ帰ります」

 そう言って山南は声をかけられた。

「斎藤君……君もかい?」

 山南に声をかけたのは、最近入隊した斎藤一だった。今日の宴会は、斎藤の歓迎会も兼ねている。

「はい、結構飲んだので帰ります。ありがとうございました」

 結構飲んだにしては顔に出てなかったが、山南は彼にも

「お疲れ様」

 と言うしかなかった。


 とうとう勇や歳三まで部屋から出ていってしまった。山南も、そろそろ覚悟を決めねばならない。

 そのとき、横から

「センセ、どないしはります?」

 と女が尋ねる。山南は少し考えてから、

「……行きましょうか」

 と答えた。

 女は頭を下げ、

「おおきに。部屋はこっちどす」

 と山南を案内した。



 案内された部屋は普通よりも少し広めで、部屋の中央に布団と枕が二つずつあった。

 山南は取りあえず片方の布団の上に座る。しかし、今彼は途方に暮れていた。本当は、この場を離れてしまいたかった。


 その時、女が意外な事を言った。

「センセは、無理してはるんやないですか?」

 山南が驚いて顔を上げると女は宴会の時よりも穏やかに笑っていた。

「無理……?」

 山南は女に聞き返した。

「宴会の時から暗い顔してはりますし、今もどこか辛そうに見えます」

 ……そんなにあからさまだったか……。

 山南は申し訳なく思い、

「すいませんでした……気を悪くさせてしまいましたね……」

 と頭を下げた。

 すると今度は女が慌てて、

「そんな事ありまへん。どうか頭を上げて下さい。それにセンセみたいなお客はんも、よういらっしゃいますし……」

 と山南に言った。

「居るんですか?……私みたいなのが……」 山南が聞き返すと、女は少し笑いながら、

「へぇ、おられますよ。でも、そういう方は優しい方ばかりなんですわ」

 と山南を見た。

 山南と女は目があい、笑いあった。

 なぜだろう、この女は…今まで出会った女とは違う。暖かくて優しい何かを感じる……。


「あなたは不思議な方だ……」

 山南は、まだ少し笑いながら言った。

「ウチがどすか?」

 女は意外そうに聞く。

「私は今まで色々な女の人と出会いましたが、あなたの様な人は居なかった。……あなたに早く出会えたら、私も女の人が苦手にならずに済んだかもしれない……」

 山南は少し寂しそうに微笑んで言った。

「センセは、女が苦手なんどすか……せやかて、ウチに出会ってなくても……」

 女が少し照れながら言うと、

「いや、あなたに出会っていたかった」

 と、山南は真顔で告げた。


「……いややわ、センセ……そんな真面目に言わんでも……」

 女はさっきよりも顔を赤くして山南から目を反らした。

 山南は段々と、自分の言った言葉が恥ずかしくなってきて、顔を下げた。


 ……気まずい沈黙……。山南はそれに耐えられなくなり、女に尋ねた。

「まだ、お名前を聞いていませんね。教えていただけませんか?」

 すると女は手をつき、頭を下げながら

「椿屋の天神(てんじん)明里(あけさと)どす」

 と答えた。

「明里……美しい名前ですね。私は山南敬助です」

 そう言って山南は明里に微笑んだ。

 明里も笑った。


 山南にとってこの日は、忘れられないものになったのだった。


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