鬼の回想〜出会い〜
優しいそよ風。
柔らかな陽射し。
……絶好の昼寝日和である。
河原の土手添いに男が一人寝ていた。
男は深く笠をかぶり、昼寝をしていた。
「もし、薬屋さん」
男に声をかける者がいた。
ところが男は、気付かないのか面倒くさいだけなのか、全く反応しない。
「薬屋さん?」
男はうっとおしそうに寝返りをうつ。どうやら起きているみたいだ。
「薬屋さん!」
「うっせぇなぁ。お前、俺が今何してると思ってんだよ!」
男はそっぽを向いたまま、かったるそうな口調で怒鳴った。
「昼寝ですか?」
「分かってるなら出直して来いよ!」
そう言って寝息を立てはじめた男。
すると声をかけた男は呆れたように言った。
「旗が見えたので薬を売っていたのだと思いましたよ」
「なんだと?!」
寝ていた男は飛び起きた。見ると確かに『石田散薬』と書かれた旗が土手に差しっぱなしだった。
しまった……。と、男は頭をかいた。
「薬を売って下さらないなら結構です。昼寝の邪魔をしてすいませんでした」
声をかけた男は立ち去ろうとした。
「おい、待てよ!」
今度は薬屋の男がよびとめる。
「どうしました?」
「確かに俺が悪かった。薬だろ?売るよ」
そう言って男は薬の入れ物をごそごそ探りはじめた。
「いいんですか?」
「旗が立ってればまだ行商やってると思われてもしょうがねぇ。俺が悪い。だから薬を売るんだ」
「……そうですか。ありがとうございます」
そう言って男は懐から財布を取り出す。
「俺はな、こういう男なんだよ。……さて、いくつだい?」
「では、3つ下さい」
「3つ……あんた、道場かなんかの小間使いかい?」
「ええ……まぁ、そんなものです。昨日からですが」
少々、歯切れの悪い男。
「そうか、ならもう一個つけとくよ。何かと薬は要るだろ」
そう言って薬売りは4つの包みを差し出した。
「ありがとうございます。では、これで……」
男は小銭を薬売りに出した。
「へい、毎度あり。すまなかったな」
「いえ、こちらこそ。ではこれで失礼します」
ペコッとお辞儀をして男は去って行った。
そして薬売りの男は、男の姿が見えなくなると旗を下ろし、再び横になった。
これが、鬼と仏の出会いになるとは……二人ともこの時は知るよしも無かった……。
補足説明。
・石田散薬
土方家に伝わる薬。手間暇かけて作られるものだが、酒と一緒に服用するため効果は不明。(酒と飲むから効果があった…という説もある)