異世界での旅路2
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舗装されていない道を歩く事が、こんなにも辛いとは。
キクカの足は、既に棒のように固くなっていた。
だが、歩かなければ、どこへも進むことができない。
「オバさん、大丈夫?」
休み時間に校舎の廊下を歩くような足取りのアヅマが、ふとキクカを振り返る。
「何度も言うようですけど、大丈夫じゃない」
もう、気を遣う気力もない。
キクカは、アヅマよりも10メートル程歩が遅れていた。
だが、その距離が大きく離れないのは、アヅマがキクカを気遣っての事だというのは、キクカ本人にもうすうす分かっていた。
「なんで、そんなに体力あるの…」
アヅマに聞こえるか聞こえないかの独り言ではあったが、彼はそのセリフをきっちり拾う。
「オバさんが運動不足なんじゃないの?」
ちょっと、イラッ。
「シンクーに着いたら知り合いを頼れると思うから、もう少し我慢して」
もう、疲れすぎて空腹も忘れそうだ。
あの森での出来事も、はるか昔の出来事のように思えた。
「ねぇ、更科くんは、なんであんな変な力が使えるの?」
「変かな?」
「あたしたちの地球でも、同じように使えるんでしょ?」
「同じ、とまではいかないけど。あの地球の元素は俺の従者ではない」
「…はい?」
アヅマは、一瞬説明しようか迷って、だが無言で歩くよりもと話し始める。
「俺は恭介にも話していない事があってね」
「うん、小説では更科くんみたいな力を使う人いないもん」
「この世界では、元素を操る能力を持った人種がいるんだよ」
キマキマ等の幼獣がいる世界だ。
今更何を言われても驚きはしない。疲れのせいもあったが。
「元素って言っても、化学で習うそれとはちょっと違うんだけど…」
「いい、難しいことはいい」
キクカはうなだれて首を振る。
「…わかりやすく言うと、俺たち一族はは大地に属する元素を守護に持っているから、世界の統治者をやれているわけ」
「全然わかりません」
言葉を吐き出すと、呼吸が乱れて余計疲労が貯まる気がした。
アヅマには苦でなさそうだ。
「大地の力を借りることができるとでも言うのかな…。大地に属するものには、土と木と、風があって、この点はオバさんたちの世界の理と違うんだけど」
「あー、陰陽五行みたいな?」
「そうそう、それとはちょっと違っててね、この世界では、大地と光と水しかない」
「…」
言いよどみ、キクカは質問する。
「さっきの…緑の人は?」
「……ヴュラは、一族の傍流なんで、ちょっとは力が使える。地の能力を少し持ってる」
「本家であればあるほど、力は強いの?」
「そう。俺なんかは直系も直系だから、受け継いだ技術も、能力も高い」
「ふーん」
「分かった?」
「…なんとなく」
「俺みたいに力を持って…、つまり、大地か光か水の守護を持つ一族が、この世界では尊敬され、力を持っているんだよ」
「ふーん」
「オバさん、疲れてどうでもよくなってない?」
いつの間にか、アヅマが聞キクカの横に並んでいた。
「ね、オバさんは恭介の小説の登場人物だったら誰が好き?」
いきなりの話題転換。
だが、話し続けていれば少しは気が紛れるような気がした。
アヅマへの恐怖心も。
「ユースミカエルか…レオトリテネス」
キクカが挙げたキャラクターは、どちらも美形の剣士だ。
「そっちかー」
「何。そっちって」
「俺は、サザンティが好き」
アヅマの言うキャラクターは、大陸の大商人で、世界の流通と経済を動かす力を持つ男だった。
「やだ、サザンティって野心家なんだもん」
「男は野望をもってナンボじゃない?」
「男はお姫様守ってナンボでしょ!」
「姫って、フェレン・ミーナはちょっと弱すぎでやだ」
「お姫様はいいのよ!か弱くて、守ってあげたーいってくらいで」
「ちなみに、書きかけの原稿だとユースミカエルとくっつく」
「やだ!ちょっと何ネタバレしてんの!信じらんない!」
突然のアヅマの暴挙に、キクカの精神が沸騰する。
続編を楽しみにするものにとって、ましてや主人公であるフェレン・ミーナの恋の行方の暴露というネタバレは許される行為ではない。
自然、声音が大きくなる。
「あー、今のは聞かなかったことにしたいー!いやー無理ー!」
「なんで?もう話しちゃったよ」
「しかもユース!あああ!なんでよ!この前ミーナの窮地を救ったのはレオじゃないの!最新刊で何があったのよ!」
「あれ?まだ最新刊読んでないの?」
「ええ、ええ、誰かさんのせいで買いそこねましてね!」
「あー、そうか。最新刊読めばわかるよ」
「きーっ!!」
悔しさのあまり、キクカは地団駄を踏んでしまっていた。
「あ、オバさん、見て」
「何を!」
思わず言葉が強くなってしまったが、アヅマが示す先に表れた景色を見た次の瞬間、キクカは息を飲んだ。
想像していたよりも、美しい聖都の姿がそこにあった。
「――きれい」
白い城壁の周りに、堀がめぐっている。
小説の通りであれば、それは人々の生活用水であると同時に都を守る結界。
堀の周りは緑が豊かで、日本でもよく見るようなランニングコースのように整備されている。
「あれが、シンクーの入口?」
万里の長城は見たことがないが、まさにそれを思い出すほどに長く続く白亜の壁。
轍が、その城壁に吸い込まれるように伸び、途中で石畳に変わる。
堀を渡す橋は、同じく石造りだ。
「そう。さ、もう少し頑張ろう」
笑顔で。
先に歩き出すアヅマ。
頑張ろう、と言ってくれるその優しさに、少し、ほんの少しだがキクカは救われるような気がした。




