異世界での旅路1
目を閉じることが出来なかった。
見たくないのに。
目をそらすべきだと、理性が訴えている。
顔を背けることも出来なかった。
あまりにも美しく。
まるで彫刻のようで。
天に向かって伸びる黒い槍。
地面からそそり立つそれは、土で出来ている。
酸化も、硬化もしていない赤い血潮が、装飾のように凶器を彩る。
それは。
人の体を貫き。
人の命を奪い。
自己を主張する。
キクカは、自分の体にも流れる血液を凝視した。
やっと、「彫刻」から目を離す。
痛みが、沁みる。
「オバさん、大丈夫?」
「いやっ」
キクカは、触れようとしたアヅマの手を払った。
「…ごめん、オバさん」
謝罪を聞いても、一体何に対して謝られているのか解からなかった。
「死んじゃったの?」
細く、吐く息が言葉になる。
「ねぇ、あの人、なんで死んじゃったの?」
「…ごめん」
「なんで、謝るの?」
事実を。
「オバさんに、むごいものを見せてしまった…」
「あたしが、助けてって、言ったから?」
原因を。
「…違う。方法は別にもあった…と思う」
「……」
沈黙。
「立てる?他の追ってが来ないとも限らない。先を急ごう」
ゆっくりと差し伸べられる手。
キクカはそれを頼らず立ち上がった。
キクカの様子を確かめ、アヅマは口の中で短く何かを唱えた。
ヴュラを貫いていた土が崩れ、代わりに彼を包む繭のような形になる。
そのまま、静かに大地は平坦になった。
埋葬されたのだと、キクカは悟る。
いろいろな考えが頭をよぎったが、形になることはなかった。
「更科君…ごめん」
衝撃が大きすぎて。
この世界で頼れるのはアヅマだけで。
「行こう…王都へ」
キクカに何かを選択する余地はなかった。
二人の移動手段は徒歩である。
2日目の、おそらく昼過ぎ。
時間の感覚がわからない。
ただ、お腹がすいている。
そういえば、朝食も食べていない。
思い返せば、夕食も食べていない。
緊張の連続で、空腹を忘れていた。
まだ、ラグノリアの森は続いている。
食べられそうな獣や、木の実があるかなど気にする余裕もなかった。
ぐう。
お腹がなる。
「もうすぐ大きな道に出るよ」
久しぶりに聞いた気がするアヅマの声は申し訳なさそうな苦笑まじり。
恥ずかしさで、顔が紅潮した。
また、会話がなくなる。
しばらくして視界が開けた。
「わぁ…」
舗装はされていないが、きちんと踏みしめられ固められたような道に出た。
学校の廊下よりも何倍か広い。
轍がある。
「この道、王都に続いているの?」
キクカの記憶が確かならば、ラグノリアと王都・フテリュアルアはかなり近接している。
「直接は続いていない。この道の終着点は聖都・シンクーだよ」
小説に描かれたシンクーは、大陸宗教の聖人が祭られた大聖堂を有する、インテュバル有数の大都市だ。
「ラグノリアの西端はシンクーのあるコアンマサリー、その先にフテリュアルアがある」
「更科君って、長い間地球にいたのに…よく覚えてるね」
シンクーが都市の名前だとすれば、ラグノリアやコアンマサリーとはいわゆる地方の名前だ。
「あの人に…恭介に話をしていたからかな…。それに、ほら俺、色々教育されてたし」
さすが王位継承者。
並みの教育は受けていないとみえた。
「成績もいいもんね…」
キクカは、アヅマが試験では常に学年トップだった事を思い出す。
「恭介が、俺の話を真面目に聞いてくれなかったら、忘れていたかもしれないけどね」
「そういうもの?」
「それに」
アヅマは続ける。
「うちの学校の保険医、あれ、俺の従者だから。仲間がいると自然に故郷の話にもなるでしょう」
「え!?」
驚いて、思わずアヅマの顔を見る。
「先生もエイリアンなの!?」
「…エイリアンって…」
キクカの表現に困惑し、アヅマはまたも苦笑する。
「俺たち別に普通の人間だよ」
「あんな力使えるのに、普通って言わないよ!」
「やっと、俺の顔見た」
「…あ」
指摘され後ろめたく、うつむく。
「いいんだ。俺も、初めてあんな風に力を使った…」
苦い表情で、アヅマは自分の手のひらをこぶしにした。
何をどうすればあんな力を操れるのか、キクカには理解できない。
だが、地球で使うことを禁じられているという意味は、解かるような気がした。
「ヴュラを、あんな目にあわせたのは俺だ…」
:::
「弟からの連絡が途絶えました」
緑色の髪の青年が、冷たい石の床に膝まづいている。
まつげ先だけ淡いピンク色。
彼の視線の先には、玉座に似せて作られた豪奢な革張りの椅子に腰かけた中年の男。
「まさか、寝返ったか」
重く、低い声が部屋に満ちる。
その男の髪もまた、同じ緑。
「いえ、おそらく落命したものかと」
「何?」
「僕にはわかります」
「…そうか。王子の仕業と思うか」
「王子が勝手な約定をしたこと、敵に知られていればもしや異なるやもしれませんが…、恐らくは」
青年の強い眼光が、「そうだ」と物語る。
ヴュラと同じ顔をした、青年。
「デュラ」
「は」
「行けるか」
「真実を確かめて参ります」
「殺せ」
「わかっております。父上」
:::