異世界と現実の間5
「フェレン・ミーナ!」
その声が、彼女に届いたかはわからない。
気圧の変化でうねる空気が、書類や軽い機器類を巻き上げていく。
「やめろ!すぐに機械を止めろ!」
時空転移装置の最終実験を強行した日。
それは、明らかに失敗だと分かる結果を残そうとしている。
転移装置の中に入れられていた実験用の家具と植物は無事に転移できたのか、突風に巻き上げられたのかその形をそこに見出すことはできない。
わずかに、彼女が振り返った気がした。
目が合ったと思った瞬間。
大きな爆風に体の自由を奪われた。
目が覚めた時、見知らぬ世界で一人きり海を漂っていた。
ほとんどの記憶をなくして。
しばらく生活しているうちに、この世界がもともと自分が生きていた世界ではないという事を把握し始めた。
それは、ある少年との出会いで完全なものとなる。
当時住んでいたアパートの前に座り込んでいた少年。
その時、瞬間的に自分が何者だったかを悟った。
悟ったとしか言いようのない感覚に見舞われた。
少年と生活を共にすることには何の抵抗もなく、そして彼が話す異世界の話を受け入れる自分に気づいた。
大地属の力のせいか、言語に困る事はなかった。
拾ってアヅマと名付けた少年も難なく言語を使いこなしている。
大地属しか地球を統べる力がないというよくわからない原理が、ここにきて理解できた。
そして。
彼女の事。
小説に書こうと思った時、彼女の名前と容姿だけは本物と同じものにしなければと思った。
もし、自分と同じように時空の波にのまれて、奇跡的に転移が成功していたとしたら。
この第3の地球で生きているかもしれない。
三月は、放課後の時間帯にアヅマの高校に来るのが日課のようになっていた。
決まって草摩のいる保健室を尋ねる。
特に何か進展を求めてはいない。
ただ、今後アヅマがどうするのかを見定めたかった。
「あの日、研究者たちはどうなったのだろう」
「ほぼ全員が消息不明、もしくは死亡が確認されています。私の知る限り、ご存命なのはあなただけかと」
「………」
自分はこの世界で生きている。
そしてフェレン・ミーナも生きている可能性がある限り、この世界から離れるわけにはいかない。
「私、世界を変えたいの」
そう言って笑った彼女の笑顔を、今でも思い出す。
「世界は……どうなっていくのだろう」
夕焼けに染まる空を眺めながら、三月はつぶやく。
あと、1日。
それで決着がつく。