異世界への誘拐2
「僕には、あの子の紡ぐ異世界の物語が必要なんです」
集まった面々が異口同音に疑問符を投げかける中、三月は自分の作品に隠された裏話を始めた。
「みなさんは、僕の小説を読まれたことがないでしょうが…………」
「壮大な異世界ファンタジーですよね?」
口を挟んだのはキクカの母親だ。
「娘はあなたの本を全部持っておりますのよ」
「それは光栄です。……そう、僕の書く物語は”本物の異世界”と賞賛されました」
校長を始め、教諭たちは三月の自慢話に正直辟易といった様子だった。
だが、次の三月の言葉で「おお」と感嘆と、驚愕の混ざった声を上げた。
「しかし、あのアイディアはすべてアヅマのものなんですよ」
校長室と扉一枚隔てた廊下側で、旬子たちも驚いていた。
あの小説が、同じ高校生の、更科アヅマの生み出したものだったとは。
「あの子は、まるで見てきたかのようにいろんな世界の話をしてくれました」
もしかしたら……と三月は続ける。
「アヅマは、この世界の人間じゃなかったのかもしれない」
「この世界で、戦争が起こったのは俺がまだ小さい頃だった……」
キクカは、アヅマの言葉を黙って聞いていた。
「俺は、戦争が悪化しようとしていた10年前、危険から逃れるために脱出させられたんだ」
「……なんで、あなたが逃げないといけなかったの?」
「俺が、この世界を統治するモノの後継者だから、とでもいうのかな」
その時、アヅマの表情が悲しみの色に変わった。
故郷を、幼い頃の記憶を、懐かしむように。
「あなたは、宇宙人か何かなの?」
「どうなんだろう、厳密には違うんだけど」
「なんで、私は連れてこられたの?」
「オバさんが見たのは、俺を殺しにきた刺客だったんだ。戦争してる、敵のね」
二人の周りでは、相変わらず獣の咆哮らしき声がこだましていた。
日が差すこともなく、風が雲を運ぶこともない、湿った大地。
暗雲は、じっと、ただ世界を包囲している。
「オバさんは、彼らの姿を見てしまった。これは俺のミスにつながり、ひいては地位の剥奪を招く」
アヅマは、真剣なまなざしでキクカを見据えた。
「この世界を救うため、あんたに秘密をばらされないように俺が監視したいんだ」
「理由になってないわよ!」
異世界だの、戦争に後継者だの、刺客や秘密だの、キクカには処理できないほどの特異な情報。
憤り以外に、キクカの心を満たすものはない。
「俺だって、つれてこない方がいいのはわかってるさ!」
珍しく、アヅマが声を荒げた。
「でも!秘密をばらされても困るし!かといってこの一週間をしのがないと……!」
にわかに、アヅマの語尾がかすれた。
「?しのがないと、何なの?」
不審に思い、キクカが言葉を重ねた。
『”5日間しのげなかったら、継承権は破棄する”って言ったよなぁ!?王子さんよ!』
二人の頭上から、威勢のいい声が降ってきた。
だが、キクカにはその言葉の意味がわからない。
「何!?なんか言ってるの?」
険しい表情で上空に目をやるアヅマの様子に、キクカは一種危機感を覚える。
「……オバさん、俺のそばから離れないで…………」
『そんなお荷物まで抱えやがって!早くインテュバルを放棄したいと見える!はっはっはっは!』
声は止まない。
それどころか、次第に大きくなっている。
近づいていた。
「更科くん!ねぇ!何なの!?」
悲鳴にも似たキクカの叫びに、アヅマは答えた。
「俺は、あいつらと約束したんだ。もし、俺が5日間、地球時間で約一週間逃げ切ったら」
「逃げ切ったら……?」
「俺の勝ち。俺が王になって戦争は終わる」
「……もし、逃げ切れなかったら?」
アヅマは、少しの沈黙の後、正直に答えた。
「あいつらはインテュバルを征服し、地球に進軍する………」
「なんで!?」
「俺が知るか!しかも、俺があっちの世界で”力”を使ったなんてばれたら負ける以前の問題だよ!」
また、キクカはアヅマの言葉に逡巡する。
「………更科くん…の”力”って瞬間移動……とか?」
「は?何言ってるの、刺客を倒した時に………」
そこまで言って、アヅマも止まった。
「……もしかして、え?なに?オバさん、あの時何見たの?」
「だから、更科くんが人を殴ってたところ……」
「だよね?その時俺、”力”で相手を倒したんだけど……………」
「知らないわよ!暗かったし、普通に殴ってるようにしか見えなかったし、怖くてすぐ逃げて…」
アヅマの顔から精気が抜けた。
「俺、早まったかも」
冷や汗を浮かべたアヅマの顔を見ながら、キクカは怪訝そうに頭を傾けた。
『イチャイチャしてる暇あったらオレの相手でもしてくれや!?』
キクカの疑問が消化される前に、二人にはやらなくてはならないことが待ち受けていた。
「逃げるぞ!」
アヅマが号令する。
『オレがお前の首をいただいてやる!』
しかし、二人の行動は遅すぎた。
逃げようと走り出した二人の前に、流れるように降り立つ影が一つ。
コウモリの皮膜に似た、それでいて無数の毛に覆われた3翼が目に入る。
頭とおぼしき部位が、その中心にあった。
「キマキマ!」
キクカは、また深月の小説に出てきた妖獣の名を口にする。
「当たり!…とか言ってる場合じゃないか」
アヅマは、キクカをかばうように前に出た。
キマキマと呼ばれるこの生物には頭と、胴の二つの部位しかない。
頭の部分から生える3つの翼のようなものは、飛翔すること以外に、人間で言う耳殻の役割を果たす。
その全長は、約3メートル。
およそ、キクカ二人分だ。
『オレは運がいいな。一番に王子さんを狩れる…』
キマキマの羽の根本で、何かが振動していた。
カタツムリの触覚のような、ぬめぬめと光沢を放つ振動体。
そこから、声が出ていた。
もちろん、キクカには通じていない。
言い換えれば、こちらの言葉-日本語もキマキマには通じていない。
「なんて、言ってるの?」
「俺を、殺すって」
「どうするの?」
「さて、どうしたものかな。俺、あんまりキマキマと戦ったことないしな」
「何のんきなこと言ってるのよ!どうやって一週間も乗り越えるつもりだったの!?」
キクカは、信じられないといった風に叫んだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・!」
キクカには理解できない”言葉”で、アヅマが何か言った。
ピタリと、キマキマの動きが止まった。
「…?何したの?」
「不動の呪縛を科した」
アヅマが、早口に話す。
「俺、倒す方法知らないからな…。とりあえず動きを封じて……」
そして、キクカの腕をむんずとつかんだ。
「逃げるよ!」
「うわっ…!」
キクカが気構える暇も与えずに、アヅマは彼女を引きずるように走り出した。