異世界での思惑1
そこは緑の城だった。
サラへの手引きによって、キクカはシンクーのティエラ家から抜け出すことに成功していた。
明らかに成功だと分かるのは、屋敷の雰囲気がまったく違ったからだ。
自分の身に何が起きたのか、最初はうまく判断できなかった。
ただ、あの日学校の保健室で体験した光に包まれる感覚に似ていた。
サラへが引きずってきた機械。
小型のカラオケ機器のような、テレビドラマで見る病院の心肺維持装置のような。
「ほう、転移装置は時空を超えずとも使えるのか」
男の声が背中から聞こえた。
その言葉はキクカには聞き取れない。
「いっそのこと、王子がこの世界に戻った時間に戻して殺すってのはどうだ?」
言葉を理解できないという事実に、キクカの体が硬直する。
「まあ、カルバ様ったら名案ですけど、それは不可能ですわ」
サラへがうふふと笑いながら答える。
「なぜ?」
「そんな微調整、私にはできませんわ」
「では開発者たちにさせればいい」
「……誰一人生きていないのに?」
そこまでサラへに言わせ、カルバはにやりと人の悪い表情を浮かべた。
「では、今こっちの世界で使えるのはあの大がかりな時空間転移装置と、この小さいのだけか」
「ええ、あの大きな機械も時空軸が限定されたまま変更コードもわかりませんし」
キクカは二人の不穏な会話を聞きつつも、微動だにできなかった。
サラへとカルバと呼ばれた男の会話から、カルバの言葉は分からなかったが、それでも完全に二人が敵であることが分かる。
カルバと呼ばれた男の声は、シンクーの都で耳にしている。
アナテイシアと戦った、あの大男だ。
背中を汗が流れる。
なぜだ。サラへは味方ではないのか。
「さて、キクカさん?シンクーから抜け出しましたよ?」
サラへが腰を折り、硬直するキクカの顔を覗き込む。
「あ、あなた……」
「ああ、待って!言いたいことは分かりますわ?私が敵か味方か?それは、今後の流れ次第ってことでお願いできます?」
「おい、嬢ちゃん。お前はこれから俺たちの人質だ、分かるか?」
カルバもキクカの前に回り込む。
その表情は笑顔だったが、アナテイシアとの戦闘を見ているだけに恐怖が先に立つ。
「うちの王子が帰ってこなかった場合、お前を盾に今後の交渉をまとめることになるからよろしくな」
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デュラの目に、青い空が映る。
全身を包む水の重み。
冷たい重みが、彼の四肢の自由を奪う。
人ひとり拘束するために、おそらく100t以上の水が集まっている。
「……殺せ!」
絞り出された言葉は、泡になって水にに吸い込まれる。
詠唱もできないようデュラの口元まで水に埋まっていた。
さすがのユーキも肩で息をしていた。
「水の密度は緩めてある。無理にもがかなければ死ぬことはない」
ユーキが宙に浮くように水の塊に拘束されたデュラを見上げる。
大きな水槽の上部に漂うように、だが確実に自由を奪われた大地の青年が視線だけを動かす。
「そのままあと一日、おとなしくしててくれよ」
アヅマが言い放つ。
「おま……!これを1日維持しろというのか!」
ユーキがアヅマの言葉を信じられないというように抗議する。
「だって、大地に着けたら詠唱無しでも多少の元素は操れてしまうし、別の拘束にするにしてもあの水の中に入っていけないだろ。途中で逃げられるかもしれないし」
「さらりと言うな!他の反王党派の攻撃が入ったらどうするんだ」
「たぶん、こいつ以外の反王党派は襲ってこない」
「なぜそう言い切れる」
「これまで俺が、こいつら以外から攻撃を受けたことがないからだ」
今まで引っかかっていた違和感を、アヅマが吐き出す。
「ここ王都まで来る途中、注意していたとはいえ追手の直接攻撃が少なすぎる。それに、俺に対峙してきたのはこいつら兄弟だけだ」
「……」
「ムルヒの家だけが、今回の”約束”を実行しているとみていい」
「まさか……」
「反王党派の中も、一枚岩ではないらしい」
会話する二人を、水にとらわれたデュラが睨み下ろす。
「……どうするんだ、これから」
ユーキが眉をひそめる。
「いや、結構マジで、こいつを拘束していれば事は終わると思うけど」
「ムルヒにも私兵はいるだろう。それに当主殿が黙ってはいまい」
「俺を殺せる人間が他にいると思えないが、とりあえず休憩しようか。ラフテルも待ってるし」
「……どの口がそれを言う」
ユーキは恨めしくアヅマを睨み付けた。




