異世界での葛藤3
約束の日まで残り2日。
反王党派が王都へ直接攻撃を仕掛けてくるなどという暴力的な方法に出るとは、微塵も予測していなかった為何の対策もできなかった。
むしろ、味方にはアヅマが勝手に結んだ「約束」の話も、自分が帰還している事実も知らせていない。
不利な状況にあるとしか言えなかった。
王都フテリュアルアには、世界の行政機関の半分が集まる。
そのうち内政と治安にかかわる部門は王城周辺に集まっている。
特に、王党派閥である内務省、国家安全保障省、国庫財務管理省が王城内とその近々に行政官府を置いている。
「ユース、どうする?」
窓に張り付いたまま、アヅマが問う。
「どうもこうも。相手は分かっているからな。ただムルヒがなぜこんな奇襲を仕掛けて来たのか正確に理解できているのは我々だけだ」
治安局がある塔は、国家安全保障省の敷地内にあった。
治安局倒壊の対応に城内の警備と兵が動いているのが、ユーキのいる近衛隊長執務室からはっきり見て取れた。
「長官に会おう」
アヅマが問う。
国家安全保障省の長官をさしていると理解し、ユーキが答える。
「いや、待て。誘導かもしれん。警備の薄くなった王城内に入り込まれたら、あれ以上の被害を出すかもしれん」
「じゃぁどうする」
「最初の塔の崩壊後、さして大きな攻撃がない。相手の手勢も知れん。ムルヒと断定されているからには、あちらの誰かが直接攻撃を仕掛けたのは間違いないだろう」
ユーキは冷静に言葉を続けた。
「少数精鋭の動き方だ。あちらの狙いはお前を殺す事だからな」
「……俺が死ねば、約束通りこっちの負けだからね」
ではどうするか。
ユーキがおもむろにアヅマの足元に跪いた。
「私は統治者たる大地の王に忠誠を誓いし者。その後継たるあなたをお守りします」
「な、なんだよいきなり」
ユーキのその言葉は、小説の中でユースミカエルがフェレン・ミーナに言ったセリフと同じだった。
「王と、内務省長官に会おう。お前の命を守り切れば、とりあえず反王党派と和解できるのだろう?」
ユーキが柔らかに笑う。
「事情をこちらの陣営にも知らせなければならないしな」
「よし、行こう!」
頼りにしていた旧知の友の助けに、アヅマの緊張もほぐれる気がした。
::::::::::::::::
「間に合わなかったか」
機場に降りた軌道船を視界に留め、デュラは軽く舌打ちした。
目算では王都に入る前に追いつくことができると思っていたが、それはかなわなかった。
殺せと。
父に言われた言葉が脳の中で反芻している。
「約束」に従い、約束が交わされた日から5日のうちに決着をつける。
ヴュラが殺された。
内戦で民が死んだ。
王子一人を殺すだけで、この戦いに終止符を打つことができる。
シンクーから大地を駆け続けてきた疲労など、微塵も感じなかった。
気分が高揚している。
ここまで興奮できるものなのかと、デュラは少し不思議に思った。
王城に近づくには地上からが安全である。
纏っていた外套を脱ぎ、往来の衣料品店の軒先にあった目立たない上着と帽子をさりげなく拝借する。
ムルヒ家の緑は目立つ。
地元の住人に溶け込むように歩きながら、王城を目指した。
――王子をあぶりだすか、そのまま攻め込むか。
はっきりと「約束」の履行を確認するために、王子は自らの手で殺したい。
その時。
治安局の塔の窓が太陽を反射し、デュラの視界を遮った。
――そうか。
デュラには、それが天の啓示に思えた。