異世界での葛藤1
「言葉で説明するのは難しいのですが」
そういってアナテイシアは右手首を差し出した。
そこには、ほのかに浮き上がるあざのようなものがある。
「私たちの世界では、契約を順守させるための装置が普及しています。それが楔システムです」
アナテイシアの言葉をしっかり理解しようと、キクカは身を乗り出した。
「私は、シンクーの守護者として一生を捧げるという契約を結んでいます。他者とではない、精神的な契約ですので自分自身を楔として登録しています」
「……」
「あなたは、王子と反王党派の間に結ばれた契約の楔となっています。それはわかりますか?」
キクカは頷いた。
しかし、いつのまに楔とされたのかがわからない。
「楔って、どうやって選ばれるんですか?」
「それは王子が選んだと思われますが、何かをあなた自身の体に接続したはずです。それがチップなのか、原子誘導性デバイスなのか……」
ふと、「口封じ」された時のことを思い出した。
意識がなくなり、目を覚ました時には保健室だった。
どうやって楔にされたのかはわからなかったが、きっとあの時だという確信があった。
「楔になると、何か体調の変化とかあります?」
「いえ、特には。ただし、結ばれた契約を正確に履行するためのシステムですので、履行されなかった場合は楔となった者が死ぬこともあります」
「ええ!?」
不穏なセリフに、キクカの心臓は一瞬にして縮んだ気がした。
「安心してください。それはよほど大きな問題の場合のみです。ですが、それほどに契約を順守させる力を持ちます」
「……アナテイシアさんたちと言葉が通じるのは、あたしが楔だからですか」
「そうです。他に言葉が通じた相手、もしくは通じなかった相手はいますか?」
キクカが最初に出会ったキマキマはともかく、緑の少年と、さっきアナテイシアと戦っていた男の言葉はわからなかった。
ユーキとアナテイシアの言葉はわかる。
それ以外の人物とは会話をしていなかった。
キクカの証言を聞き、アナテイシアはほう、と息を吐いた。
「楔を守る方法の一つに、相手方の甘言に惑わされないように、また情報を漏えいさせないために意図的に言語を通じなくすることができます」
「そんな都合のいいことができるんですか」
「まあ、あまり都合がいいというわけではありません。今は相手方の元素属性による遮断しかできませんから、もし同じ属性同士の契約の場合は意味がない」
それにしてもキクカは、異世界に連れてこられただけではなく、最悪の場合は死ぬかもしれない契約のうちにおかれている事実に胃の痛くなる思いだった。
「あたし、楔なのに置いて行かれて大丈夫なんでしょうか」
そんな状況だと分かった上で、置いて行かれたことが悔しくも思えた。
「そうですね」
アナテイシアがやさしく微笑む。
「きっと王子は、あと2日を乗り越えて戻ってこられます」
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大地の守護者である王の居城は、小高い丘の上にあった。
丘の上に建つというより、城自体が丘のようにそびえ立っていた。
機動船にてシンクーを出発したアヅマたちは、日が中天に差し掛かる前に王都を視界にとらえていた。
広大な平野の中に、堂々たる城郭の影が見える。
「それにしても、なんでこんなに遅いのかな、この船は」
「お前の求める速さがほしいなら、シンクーではなく別の機場のある都市に行けば良かったのだ」
アヅマの文句にユーキが答える。
シンクーは古来からの聖都である故に、建築に関する基準が厳しいことで有名だった。
よって、大きな飛行場などを建設することは許可が下りなかった。
二人が乗っている機動船は垂直離陸のできる小型船で、飛行船のような形状をしている。
速度はそれほど速くはないが乗り心地は最高級の空中移動手段で貴族、高官のステータスシンボルともなっている。
アヅマは、そんな最高級仕様の船内からなつかしむように王都を見下ろした。
「さて、やっと仕事に取り掛かれるな」