異世界での真実3
人は、自分自身が「事件」の部外者であることを楽しむことができる。
安全な場所で、観察することができる。
知りたいという欲求が、防衛本能を凌駕する。
「キクカさん、もう二度と言いつけを破らないで。あなたの身の安全を守ると約束したのですから」
乱れた髪を整えながら、アナテイシアが優しく言う。
この世界の「約束」はとても重い。
簡単に破ってしまえるようなものではない。
特に。
「それにあなたは楔なのだから……」
キクカは最初に屋敷来た時に入った部屋に再び通された。
震えていた膝も今は落ち着いている。
「更科くんは、何をしようとしているの……?」
今、いろんなことを知りたいと思う自分の感情に押しつぶされそうになる。
知らないことへの恐怖をこれほど強く感じたのは初めてだ。
テストで解答できないのとはわけが違う。
点数が悪くても死にはしない。
だが。
この世界は小説世界ではないのだ。
アナテイシアは逡巡した。
「すべてを知りたいのですか」
キクカはうなづいた。
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更科アヅマと木場キクカの失踪から、3日。
この事件は地方局のニュースになりはしたものの、取り立てて大きな事件として扱われてはいなかった。
二人の通っていた高校では、放課後の活動は無期限で制限されていた。
夕日が差し込むころには、校内は静まり返る。
三月はそんなひっそりとした校庭に足を踏み入れた。
ゆっくりとした足取りで、校舎の周りを歩く。
職員室に行くわけでも、校長室へ行くわけでもない。
ただ、アヅマが過ごしていた場所を見ておきたいと思ったからだ。
「……三月さん?」
名前を呼ばれて視線を動かすと、窓から先日出会った保険医が顔を出していた。
「こんな時にふらふらしていらっしゃると不審者扱いされませんか」
「すいません。やっぱりダメですよね。帰ります」
咎められたかと、三月は一礼した。
「お時間あるようでしたら、保健室でお茶でもいかがですか」
にっこりと笑って、保険医は三月を自分のテリトリーへ誘った。
小さなテーブルに、二人分のお茶が用意された。
しばらくは何の話をするでもなく時間が過ぎる。
「……先生は二人をどう思いますか」
最初に言葉を紡いだのは三月の方だった。
「どう、というと?」
「深い仲だったのでしょうか」
「……そんな風には見えませんでしたけど……よくは知りません。担任ではないので」
「先生はいつからこの学校に?」
「……もう5年でしょうか」
「アヅマは、この学校でどんな子でしたか」
「ご家庭では学校の話はされませんでしたか?」
「そうですね……僕が聞くのはあの子の話す異世界の物語だけでしたから」
「あなたはどこまで覚えているのですか」
保険医はするどく問いを返す。
アヅマがこの男に保険医ではない自分の正体を打ち明けているのは先日の会話で判明している。
そして、異世界の物語がどこまで「事実」かも知っている。
くす、と。
芝居を打ち切ったかのように微笑み、三月が表情を変えた。
「あなたは僕の本当の名を知っていてそれを聞くのですか」
「最初にあなたが記憶喪失だと分かった時、彼に……王子にあの世界の話をするよう進言したのは私です。王はあわよくばあなたを見つけたかったのです」
「まだ、聞いていませんでしたね。あなたの名」
「冬痲早季子」
「……トーマ?技術開発局の衛生主任がそんな名前でしたか?」
「父です。正式な名はサーキエイセス・カリ・トーマ。私は王子を安全に避難させるため同行しております」
三月は手に持っていた湯のみをテーブルに戻す。
「僕は、今更何もできませんよ?」