異世界と現実の間2
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三月恭介の人生は、一度終わっている。
正確には途中から始まったというべきか。
ある日。
旅客船による大きな海難事故があった。
何人もの犠牲者が出て、何人もの遺体がまだ海の底で発見されずにいる。
その被害者の中に、三月恭介の名があった。
そして海流に流され、30キロも離れた場所で発見された。
事故から3日後のことだった。
病室のベッドで聞かされた話だ。
身寄りもなく、頼れる親戚もないと警察関係者は話した。
18歳になり、施設を出たすぐ後だということ。
大学進学までの春休みに、北海道へ旅行へ出かける途中の事故だったこと。
まるで。
他人の話のように聞かされた。
今後どうするかと訊ねられた時、恭介は自分が本当に「三月恭介」という人物かどうか分からなくなっていた。
ぼんやりと。
夕闇迫る空の下を歩く。
恭介は、アヅマを拾ったときのことを思い出していた。
予報になかった嵐の夜。
夏の始まり。
バイト先を早上がりしての帰宅途中。
小学生くらいの男の子が、アパートのゴミ置き場にうずくまっていた。
なんとなく、自分に似ている気がして。
とりあえず風呂にいれてやろうと招きいれた。
おかしな名を名乗ったので、便宜上音の似ていた「アヅマ」と呼ぶことにした。
「お前のお陰でいい経験が出来ているな……」
届くはずのない言葉をかける。
ぽ、と。
街路灯に明りが灯った。
恭介の足元の影が、二重に増える。
「まるで、俺の生き方そのものだな……」
困ったように恭介が笑う。
「どうしてくれようか……」
事故から10年。
出会いから9年と半年。
この世界からはどうすることもできないと。
帰ってこないかもしれないと、分かっているのに。
平穏に暮らしてきた時間を顧みて、それでも、と思う。
無事を。
あの世界をいとおしく思っているアヅマの、あの世界に必要とされているアヅマの無事を。
祈らずにはいられなかった。