異世界での戦い3
庭の敷石がわずかに鳴った。
細かな砂利は、侵入者を知らせる警報と防犯の役目を持つ。
キクカは、そっと、少しでも音がしないようにと庭を歩いた。
その間にも、地響きは続いている。
余程大きな事件なのか、それとも場所が近いのか。
その判断はできなかったが、音のする方へと進むのみである。
門から出ることができるものか?
裏口があるのか?
慎重に歩きながら、考えをめぐらせる。
しかし。
なるようにしかならないのが、世の常である。
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「だてに二つ名を持っちゃいねーってことか」
警戒地区は縮まりつつあった。
アナテイシアの防御が、カルバの攻撃に勝っている証だった。
カルバが、呼吸を整える。
鍛え抜かれた体躯には傷ができ、鮮血がにじんでいる。
「あまり動くと、失血で気を失いますよ?」
一方のアナテイシアは、衣服は汚れていたが傍目に傷はない。
「女性に負けるのが、そんなに嫌ですか?」
カルバの抵抗をそう理解し、アナテイシアは冷たい言葉を投げかける。
そんな彼女の考察を鼻で笑い、カルバは再び武器を構えた。
「お嬢様はのん気だねぇ」
安い挑発だったが、アナテイシアの気分を害するには十分だった。
美しいアナテイシアの眉間にシワが寄る。
「自分が陽動だとおっしゃりたいのかしら?それは承知しておりますよ?」
「はは、それはそうだがな。俺は時間さえ稼げばそれでいい」
「わざと負けている、と?」
時間稼ぎをするにしても、自身が傷を負うのは得策ではない。
そんなことは定石だ。
逃げるチャンスさえ失ってしまいかねないというのに。
「緑の王子は、我らが王子を追っているのですね?」
アナテイシアは、その答えに行き着く。
「王子の帰還を知っている……?まさか、すでに何か接触を?」
「想像はご自由に」
カルバの不敵な笑みは、肯定の意ととれた。
アナテイシアは、ぐっと杖を持つ手に力を込めた。
「では、さっさと終わらせなくてはなりませんね!」
トン!
アナテイシアの杖が地を叩いた。
そこから、網のように水流が広がる。
繊細に、そして優雅に。
それは大きく、広く。
カルバも、槌を肩に担ぎなおし、気合を込める。
「きゃっ……!」
場にそぐわない甲高い悲鳴が響いた。
アナテイシアとカルバが、とっさに視線を向けると……。
「キクカさん!?」
「誰だ?」
亀裂の走る地面に足を取られ、転んでしまったキクカがそこにしゃがみこんでいた。
「なぜ屋敷にいないのです!」
とっさに、アナテイシアはキクカに駆け寄った。
アナテイシアの緊迫した様子をみて、カルバはあごに手をあてる。
「なんだ?女神様の客か?戦場に出てくるとは、随分好奇心旺盛なお嬢さんだな」
少し離れた場所からしげしげとキクカを眺めながら、「ああ、そうか」とつづける。
「お荷物、だな?」
誰かに確認するかのように。
カルバは告げた。
ぎくり、と。
キクカの体がこわばる。
来てはいけなかった。
また、足手まといになってしまう。
アヅマとヴュラが対峙した時以上に、危険だったのだ。
戦場とは、そういう場所。
教科書や、ニュース映像でしか見たことがない現実。
日本では実感しえない、事実。
しかし、そこにある真実。
「ごめんなさい、アナテイシアさん。でも、行かなくちゃって思ったの」
アナテイシアが、そっと息を吐いた。
「しかし、ここにいては危険です。わたくしから離れないように」
それは、アヅマからも聞いたせりふだ。
そしてあの時、ヴュラは死んだ。
「大丈夫です。わたくしはシンクーを守護する者。シンクー内にいる限り護ります」
優しさと、自信と。
キクカの気持ちが少し落ち着く。
「ありがとう、アナテイシアさん。あたし、あの人に聞きたいことがあるの」
「え?」