異世界での戦い2
聖都の白い石造りの路が、次々と轟音を立て割れていく。
逃げ惑う住民の足元を、ヒビが追いかける。
甲冑に身をまとった警護兵が到着した頃には、シンクーの市街一角は惨状と化していた。
その惨状の中心に、緑色の青年と、巨大な槌を担いだ大柄の男が一人。
槌は、男の背丈ほどもある。
警護兵たちは、緑色の髪の青年を見とめうなった。
デバリーの私兵と報告があったが、その人物は私兵などではないことを、誰もが認識する。
ムルヒ家の嫡男である。
「王子の気配が薄い……。既に去ったか。王都に着く前に仕留めたかったがな」
「追いますか」
槌の男がデュラに問う。
「当然のことを聞くな。ここはお前に任せる。派手に暴れて良い」
デュラはそう告げると軽やかに大地を蹴った。
不安定な足場から、高く飛翔する。
まるで風に舞う落ち葉のように軽々と空を跳ね、その場から立ち去る。
その様子を、誰も止めることはできない。
じりじりとにじり寄る警護兵を、不適な表情で威嚇しながら、男、カルバは鼻を鳴らした。
聖都の警護兵ごときに、負けはしないという自負の現れだ。
「聖都の力はこんなものか?」
思い切り暴れまくって、デュラの援護をしなければならない。
「神聖なる聖都に易々と浸入するとは、さすが根の者」
荒れた空気を沈めるような。
清々しいまでによく通る声が場の緊張を高めた。
警護兵達が道を開ける。
「ほう?これは噂に名高き、水の女神ではありませんか」
カルバが槌を構えた。
革の武具に身を包んだアナテイシアが、一本の杖を手にカルバに対峙する。
「女神などと……そのような美辞麗句いりませんよ?」
カルバに勝るとも劣らぬ威勢をもって、アナテイシアが美しい笑顔を作る。
「いやいや、大陸一と謳われる美しいあなたと戦えるなど、光栄です」
「まぁ、お上手だこと…。ですが、デバリーでは通じても、わたくしに通用するとお思いですの?」
きらり、と。
アナテイシアの耳飾が揺れた。
バシィィ!!
振りかぶられたカルバの大槌が、大地を割る。
アナテイシアの足元で、大気とともに地が裂ける。
「名乗り遅れましたな。俺はカルバ・デラン。大地を守護に持つ一族が末、根の国の武人!」
わざと外されたその攻撃に揺るぐことなく、アナテイシアは優美にお辞儀を返す。
「ご丁寧にありがとう。わたくしはアナテイシア。水の守護者、ティエラ家の一員にして、聖都の司祭ですわ」
アナテイシアは大陸宗教の司祭も務めている。
彼女が水の女神といわれるのはこの為だ。
そのふたつ名で呼ばれるほどに、この世界で彼女の存在は有名だった。
「わたくしたちの街を壊す不貞の輩よ、ひざまづくが良い」
そして、そのふたつ名に似ず、戦いの場での彼女がいかに冷徹かも。
アナテイシアの両の手が、杖を掴む。
振り上げられた杖の切っ先が、大きく旋回し輪を描いた。
ピョウ、と。
空気から水滴が生まれた。
徐々に大きく、丸くなる水の弾。
瞬時に生まれた水が、アナテイシアの周りを取り囲んだ。
「水陣」
無数の水の弾が、彼女を守るように円く陣形をとる。
アナテイシアの鉄壁の防御陣がここに出現した。
カルバは眼に鋭い光を宿すと、短く息を吐いた。
大槌を水平に構える。
右腕の筋肉たちが盛り上がる。
「おおおおお」
そのまま片手を持ち上げ、一気に振り下ろした。
地響き。
アナテイシアへ一直線に、地面の岩が隆起する。
攻撃に反応し、水の弾が光を反射しながら形を変える。
岩の直進に垂直に、水の壁になる。
「凝結」
アナテイシアのつむぐ言葉の通りに、その水は硬く防御壁となる。
水の柔軟性をもって、岩の突進の威力を吸収したそれは、そのまま隆起の跡を伝ってカルバへと流れた。
カルバの直前で、アナテイシアの操る水がぬるりと止まった。
「飽和」
と、水に吸収された力が刃となって溢れ出た。
「凝、波!」
硬く、氷のように鋭く。
カルバの体が雨礫にさらされた。
「ぐおっ」
無数の水礫が、カルバの皮膚に鮮血を生む。
カルバが、先刻のアナテイシアの言葉通りに膝をついた。
「女神様は、攻撃もお得意ということか」
「余計な言葉を発していると、舌もかみますよ?」
アナテイシアが構えた杖の先に、再び水が生まれた。
「水渦」
どこから現れるのか。
大量の水が竜巻のようにそり立つ。
汗ひとつ浮かべず、アナテイシアがその激流を操る。
警護兵達は、後退して女神と敵の戦いから住民を避難させている。
カルバは、槌を握る手に力を込めた。
「女だからって、容赦したら失礼ってことか」
激突。
大地のうねりと、水の渦。
ティエラ家の屋敷にも、その振動は伝わっていた。
キクカは、窓の外をうかがう。
部屋の中からでは、その震源は見えない。
「……どうしよう」
心なしか、雲行きも怪しくなっている。
窓に手をかけた。
カチ。
「開く……」
ごくり、と。
キクカは唾を飲み込んだ。