異世界での戦い1
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3日目。
キクカはまだベッドの中にいた。
けだるさはもうなかったが、勝手に移動することもできず、ただそこにいる。
アヅマが姿を見せないことが気になっていた。
この部屋に移されて以降、アナテイシアとしか会っていない。
「…そういえば、もう3日目なのに…こんなにゆっくりしてていいのかな」
アヅマは、5日間のうちに決着をつけなければならなかったのではないか。
ラグノリアの森で聞いた話を思い出す。
この世界を率いる正当な血統を持つアヅマ。
反王党派の攻撃から命を守るために地球に逃され、その戦いに終止符をうつためにこの世界に戻った。
王都を目指している。
「あたし、連れてこられる意味あったのかな?」
地球で、力の秘密や存在を明らかにされたりしても困ると言っていた気がする。
あの時更科くんが路地裏で倒した刺客は、もしかして死んだ…?
死体は?
大きな事件になってるんじゃないの?
あたし達、もとの世界ではどうなってるんだろう?
失踪人?
想像だけが膨らんでいく。
キクカが悶々とするその時、今日もアナテイシアが扉を開けた。
「おはようございます」
「おはよう、ございます。あの、更科くんは…」
「サラシナクン?」
「あ、えっと王子は…」
更科アヅマが本名でないことを、今更気付かされた。
「ああ、王子でしたら、今朝早く兄と王都へ向かわれました」
「え!あたし置いてかれたんですか!?」
「…大丈夫ですわ。キクカさんの事は、この家できちんとお世話しますから」
勝手に連れてきておいて、それはないのではないか。
怒りと不安が混在する、いいしれない気分になる。
「あ、あたしも…!」
ベッドから飛び出そうとするキクカの肩を、アナテイシアが想像以上の力で抑え込んだ。
「いけません」
柔和なイメージにそぐわない、強引な力。
「王子の邪魔はさせません」
「邪魔?そりゃ、力にはならないけど、知らない世界に置き去りだなんて…!」
泣きそうになる。
「王子の望みなのです」
「どういうこと?」
「王子が、あなたをこの家に預けると」
「…」
言葉が出ない。
「私は、王子の望みを叶えなければなりません」
「…!」
押さえつけられた肩が痛かった。
――ビー、ビー
警報のような。
――ビー、ビー
電子音が響き渡った。
アナテイシアの腕の力が緩む。
「…何?」
「落ち着いてください、シンクー内でなにか起こったようです」
「どういうことですか?」
「これは、シンクーの警備システムが発する警戒音です」
「え…」
そんな音が発せられているのに、落ち着いていていいのだろうか。
「アナテイシア様!」
数名の足音が部屋の前で止まった。
「何事ですか」
アナテイシアが、部屋の中から声だけで応じる。
「デバリーの私兵が暴れているとの報です!」
「ムルヒ家ですね…。あの暴虐な男は聖都までも血で穢そうというのですね」
アナテイシアが指す男が誰のことかは分からなかったが、危機的状況なのだろう。
顔が緊張している。
「キクカさん、ここに居てください」
「アナテイシアさんは?」
「わたくしは、鎮圧に向かわなくてはなりません」
「アナテイシアさんが?」
驚くキクカに、アナテイシアは柔らかな微笑みを向ける。
「わたくし、これでもシンクーでは腕の立つほうなんです」
それは、アナテイシアが戦う、ということだ。
アヅマの戦う姿を思い出す。
そして、マントの青年が殺される夢。
吐き気が。
アナテイシアの腕が離れた。
ふ、と体から力が抜ける。
「王子がここを発たれたあとでよかった…」
アナテイシアが安心したようにつぶやく。
「キクカさん、この土地の民とあなたを全力で守りますわ」
アナテイシアがドレスの裾を持ち上げた。
次の瞬間、スカート部分が取れ、パンツスタイルになっている。
「コアンマサリーの盟主と歌われる我が一族の力、守護にこそ力を発揮するもの」
パチパチと、手際よく洋服から装飾を取っていく。
あっという間に、中世ヨーロッパ貴族の男子のような軽装になっている。
「武具を用意せよ」
その号令に、廊下で控えていたものたしが低く了承の意を告げる。
不覚にも、キクカは「リボンの騎士みたい。かぁっこいー」などとつぶやいてしまった。
「ちょっと、行ってまいりますね」
にこ、と笑うアナテイシア。
「いってらっしゃいませ…」
颯爽と部屋を後にする彼女の背中に向け、キクカは手を振った。