異世界での休息1
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「ここがティエラ家だよ」
そう教えられ見上げた門扉は、遥か天を突き刺すかと思われる程に高い。
「あ、これも幻影だから」
じっと上空を見上げるキクカに向かって、アヅマはにっこり笑顔を貼り付けた顔で諭す。
「…」
そうですか。
なんだかがっくり。
キクカは何にがっくりなのか、自分でもよくわからなかったがとりあえず視線を前へ戻した。
「インターホンとか、ないよね」
「何を言ってるの。それくらいの技術はありますよ」
言って、アヅマがなにやら門扉の中心部分に触れる。
チチ、と静電気がはぜるような音がし、どこからともなく
「いらっしゃいませ、お客様」
そう若い女性の声が聞こえた。
ゆっくりと、門扉が消える。
「うそ!?」
「オバさん、実は結構この世界って高度な科学技術持ってるんだよ?」
アヅマのその発言は、キクカが体験したこれまでのインテュバルの状況ではにわかに信じがたい。
そもそも。
小説にもそんな記載はなかったはずだ。
「これって、科学なの!?」
どちらかというと、魔法の類のように思われてならない。
「あれだよあれ、i-padとかと一緒だよ」
「????」
そう言われても、何が一緒なのかわからない。
「タッチパネルに指を乗せると、反応するでしょ?あれもまるで魔法みたいじゃない?」
「…そういうものなの?」
「高電位帯の地場が形成されてて、反発で侵入を防いでいる。んで、鍵となる部分に静脈を登録させておくんだ。その認証が鍵となるってわけ」
「…へぇぇ」
i-padがどんな原理でタッチパネル操作なのかも理解していないキクカに、ティエラ家の鍵の話が理解できたかは定かではない。
ひるむことなくティエラ家の敷地を進むアヅマ。
アヅマの後ろにくっついて歩きながら、あたりをきょろきょろ見渡すキクカ。
ほどなくして、家の入口らしきものが見えた。
そこに、背の高い男の姿があった。
ちら、とアヅマの顔を伺う。
アヅマが、穏やかな笑みを浮かべている。
対して、長身の男は一見して無表情だ。
「…これはこれは…、見違えましたね」
「あー、うん、わかる?」
「認証画面にあなたの名がでたので、まさかとは思いお出迎えをしに来ましたが」
「うん。久しぶり」
「色々と聞きたいこともありますが、特にそのお嬢さんの話など。まあ、お入りください」
男は、左腕をわずかに広げて歓迎の意を示した。
「行こう、オバさん」
アヅマに誘われ、キクカは緊張する足を頑張って動かした。
玄関らしき空間を通り、広間へ通された。
調度品は、なんら現代のものと変わらない。
豪華なカウチソファーと、ロウテーブル、天井から吊るされた照明。
毛足の短い絨毯は、織りのデザインが細やかで美しい。
アヅマは、そんな応接セットの中心に、まるで教室の椅子に座るかのごとく腰掛けた。
どこにどうすればいいのかキクカが迷っていると、先ほどの長身の男性が優しく
「こちらへお座りなさい」
と声をかけてくれた。
「あ、ありがとうございます」
ちょこんと頭を下げ、示された場所へ腰掛ける。
男性は、立ったまま話始めた。
「そういえば、軍部のような格好をしていますね?」
「ああ、これ制服」
アヅマが寛ぎモードで答えを返す。
二人の雰囲気からして、旧知の仲のようだ。
「ほう?10年近く表舞台に出てこなかったのは、軍部にいたからですか?」
「違うって、分かっててその質問?」
「では、問いを変えましょう。そのお嬢さんは?」
「…俺の秘密を知る人間」
「ほう?素性を、という意味ですか」
「まぁね」
キクカの脳裏に、まさかという思いが浮かび上がる。
長い黒髪をゆったりと括り、パオのような袖口の、明時代の中華服に似た衣装を纏う男性。
教養と上位に立っている事を悟らせる癖のある喋り方。
ここは、コアンマアサリーの盟主、ティエラ家の屋敷。
――まさか。
「お嬢さん、お名前は?」
「お、木場キクカです」
「キクカ。古来の花の名ですね。私はユーキと申します」
「…ユースミカエル…」
「はい?」
アヅマが、隣で笑いをこらえている。
だが、そんなことよりも気になる人物が目の前にいる。
ビジュアルこそ違えど、立ち居振る舞いの印象は深月の小説に出てくるユースミカエルそのものだ。
「あ、いえ、その」
「ユースミカエルとは、私の幼名ですね…?」
男性が、ちら、と目線だけアヅマを向く。
アヅマは笑いをこらえるのに必死そうだ。
心臓が止まるかと。
絶叫が口をついて出てきそうなくらい。
笑ってなんかいる場合じゃない。
キクカにとっては、そのくらい大好きなキャラクターなのだ。
そのモデルが今目の前にいる。
「あああああ。失神してしまいそう…」
言って、キクカの視界は真っ黒になった。
「え、ちょっ…オバさん!?」