異世界と現実の間
「オバさんって、こんなに面白い人だったんだ」
「…」
そういえば、アヅマは学内でも有名人で。
ただ、それだけで。
クラスも違えば、共通点など無いに等しく。
キクカは普通の成績だったし、ライバルと意識することも無く。
かっこいいからと、好きだったわけでもなく。
見た目がチャラチャラしているせいか、近寄りがたく。
「…更科くんって、なんでそんな格好してるの?」
「は?また急な話題転換だね」
「あ、いやえっと」
自分でもなぜそんな質問をしたのか分からず、キクカはうつむいた。
白い石の道が、キラキラと微小な光を照り返している。
「王子様っぽくないでしょ?」
アヅマの回答。
ぱっと顔を上げると、アヅマの微笑みが視界に映る。
――ドキン
十分、王子様だと思う。
そうは言えなかった。
「さて、まっすぐティエラ家に行きますか」
追っ手の心配がないのか、シンクーに到着したアヅマはリラックスしているように思えた。
■ ■ ■
「三月さん、では後のことは警察にお任せすると言うことで…」
校長に促されて、三月は席を立った。
既に、警官が数名派遣されていた。
これから現場検証と、事情聴取を受けなければならない。
養い子とその学友の失踪。
アヅマは三月にとっては、大切なインスピレーションの泉である。
協力は惜しまないつもりであった。
キクカの両親も、同じく席を立つ。
「僕が言うのもなんですが、お気を落とさないよう…」
キクカの母親は、三月に深々と頭を下げた。
応接室を出て、廊下を歩く。
放課後の校舎は、静かに夕暮れを待つ。
事件のせいか、グラウンドには自主練をする学生もいない。
「…事件、ね」
窓の外を眺めながら、三月は独白した。
どこまで話そうか、と最初は迷ったが、あらかた打ち明けた。
アヅマのつむぐ世界の話。
誰も、それはファンタジーだと信じて疑わない。
学校でも成績優秀のアヅマを、誰も疑わない。
女生徒と2人の失踪でも。
「あいつ、こういう事態を想像していた、とかな」
「…あなたは予想されていたのですか?」
ふいに、かけられた問い。
廊下の柱に半ばもたれかかるように、保険医が立っていた。
「えっと、あなたは確か…」
「この学校の《保険医》です」
「ああ、最後に2人を見たという方ですね。あなたもこれから警察へ?」
「ええ、長い夜になりそうですね」
「…彼らには、もっと長い夜…いや5日間になるでしょうね」
「ご承知でしたか」
「昔から、あの世界では5日が鉄則でしょう。この世界の政治では、5日では何もできやしないというのに」
保険医が、苦笑する。
アヅマの護衛として、一緒にこの世界に来た彼女。
たった2人の仲間。正確には従者と主の息子。
アヅマがいつかインテュバルに戻った時、王に恥じない教育を施してきた。
そして。
アヅマは思いもよらぬ産物を世界に残してしまった。
三月の小説という形をとって。
「これからも、アヅマをよろしくお願いしますね」
三月はそう言って、頭を下げた。
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