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掲載日:2026/10/11
その国のリーダーは、清く、正しく、立派だった。
国民の大多数はそう信じていた。
ある女が、リーダーの車に飼い犬を轢かれた。
女は訴訟を起こした。
だが、目撃者はいなかった。長引く裁判、積み上がる弁護士費用、仕事への影響――女は、黙ることを選んだ。
それは、合理的な判断だった。
上の者に不都合な話は、世から消えていった。
国民は、今日も上の者を称賛した。
真実を知る者は女のほかにもいた。だが彼らの話を聞く者は、ほとんどいなかった。
……ある事件では、下水道清掃員が自分の見た不正を話した。
だが九十九人は「陰謀論だろ」と彼を笑った。
……あの事件では、建設作業員が自分の受けた被害を話した。
だが九十九人は「証拠はあるのか」と彼を笑った。
……この事件でも、ある一人が真実を知っていた。
だが九十九人は「たかが犬だろ」と彼女を笑った。
「じゃあ、裁判おこせよ」と言われて
彼らは、黙った。
いつしか全員が「自分だけの真実」を知っていた。
だがあいかわらず、彼らは黙っていた。
ある日、国民の一人が、何気なく言った。
「あ、」
国民は、もう笑わなかった。
「あ、」
その声は、国中に広がった。




