リンゴの偶然
テレビを付けない。物を食べない。そしてフィクションが足りなくなる。
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僕のスマートフォンには番号がふられた電話帳が連なっている。
「1」「2」「3」は実家の固定電話、父、母と。
「4」「5」「6」は親友、友人女1、友人女2と。
「7」で生命保険の担当者、「8」で漸く職場の上司に掛かる。
後はまっ白、すっからかんだ。ストレージの殆んどは映画や電子書籍のサブスク(サブスクリプション)に圧迫されている。トークアプリも二つしかグループを持っていないし、SNSはアカウントごと消した。
僕という奴は、連絡をスマートフォンの電話機能に依存している。メールも見ないし、トークアプリではまず浮上しない。何せ見ていないと親しい者達に確信されていた。通知を溜める、連絡を放棄する。コール音と音楽を伴わないと、僕は呼び出せないのである。
「1」から「8」の電話番号。
僕と他人を繋ぐに、それしか導線が無い訳だ。
中学、高校の部活のOBや、クラスメイトの同窓会グループも消して久しい。連絡しないのだ。だから消して、消し、スッキリして、社会人になって、酒が飲める年になった。
僕は「4」に連絡しようか、どうしようかと思う。
「4」こと黄田は彼女第一主義だ。実家に彼女を住まわせて順調交際中だと二ヶ月前に聞いている。
この黄田、電話に出たが次に、都合遺憾によってはガチャンと通話を切ってくる。「家デート中の折、邪魔をするな、半日」などと言ってくる始末で、事情など無用と言わんばかりに切り返し着信拒否の履行に至る。
何かがあった時に掛ける「4」。
用向きがあるのなんか滅多に無いんだから聞いてくれよと思わないでもない。相手をする気無しときたら、問答など無かった。
着信拒否がね、面倒だ。
解除されるまでスマートフォンが気になってしまう。それは、かなり気が散る。
だから、どうしようか。
さて、僕はこういう時に、自分ルールを適応する。なーんかあったかな、というのを数える。
あとはフリースタイル、即興劇、フィーリング、何でもいいのだけれど。
「『十月はリンゴの中生種が旬!』って広告チラ見したから、リンゴ買っちゃお、ウサギにしたろって思って五個入り袋二つ、スーパーで買った」
一人暮らしのアパート。部屋が四つしか埋まっていない二階建て。当然小さな冷蔵庫しか置けないんで、一袋で一スペースを丸々占領し、もう一袋はちゃぶ台の上だ。赤くて美味しそうなとっておき。柄にもなく楽しくなって、はしゃいでいたのだが、と。
職場にて。
「なんか配ってんな~と思ってたの。休憩室で野菜とか見切れ品とか交換会、たまにやってた。ラッキーって貰ってるけど、きちゃったよ。『ウチに生ってる豊作リンゴ』『いっぱい貰ってって』んー、十個貰っちゃった」
魚介類の缶詰工場のオペレーター。転職後、僕は班の下働きである。上司の前で断りは入れずらい。紙袋にどっしり大きなリンゴが手に入る。
アパートの自室にて、もういっちょ事が起こる。
「トークアプリ見てなかった。直に来た母、旬の物と一品増やす用よっつって、取り寄せのリンゴ、ジョナゴールド三個入りとレトルト食品。ええぇ」
直近三日の三コンボ。
狙ってないのな起きた偶然。
三回だ、と僕は思う。
三回偶然が起きた時、誰かに電話を掛けるというのが僕の自分ルール。
電話帳の「4」に僕は掛けた。
「もしもし黄田?あのさ、リンゴ二十三個手に入れてしまったんだけど僕って一人暮らし何だよね。どうしようこの山盛りリンゴ。母が持ってきたのなんか、なんか取り寄せたジョナゴールドとかいうリンゴなんだけど。三個箱入り」
「おう背宮。ミキさんが今日有給取って女子会行ってっから聞いてやるけど、何?ハァ?二十三個?何やったんだよ」
「食べたいから買ったんだよ自分で、まず十個ね。次の日に会社でさ、自家栽培でいっぱい採れたっつって段ボールに入ってるの盛りっと持たされたんだー十個、これで二十個ね。真ん丸で大きいんだコレ、めっちゃ重かった。そしたらさ、アパートに母が上がり込んで来てて、ジョナゴールド三個入り、箱入ってる感じ、それがドン。計二十三。あとはー、レトルトカレー、レトルト味噌汁」
「星の巡りに足取られるのな、馬鹿がよ」
「僕コレ、アレが出来るなぁ!お世話様ですーつってアパートの隣人にリンゴ配れるくない?近所付き合いっぽい事初めてするかも!何て言おっかなー何か気の効いた台詞ってある?あると思う?黄田」
「いらねーんだよ馬鹿が。普通に渡せ普通に」
「黄田要る?ジョナゴールド。彼女さんリンゴ好きかな、このイイヤツのリンゴ二個持ってく?休みに」
「言いたいだけだろジョナゴールドって。土曜にミキさん帰っからその前な。持たされたリンゴも貰ってやるから持ってこいよ、家四人居るし」
「こう、アレ。黄田ってサラっとしてるー。マジ助かるー、また何かあったら電話するよ」
「好きにしろよ。なんでもいいわ」
リンゴの行き先に目処が立ち、僕はほっと息を付く。ああよかった。悪くなって溶けていくリンゴは妄想になるんだ。
通話が切れて、リンゴを小分けにし出す。ビニール袋に二個ずつ、そうしたらインターホンー鳴らそう。貰い物何ですが食べきれなくて、とか何とか言ってご近所付き合いっぽい事をするのだ。
埋まっている四つの部屋。
部屋の住人によっては出かけているかもしれない。出てくれないという可能性もあるか。
「うーん……あ、メモ!ナイス母、書き置き。『せめてトークに既読!無視するんじゃないの!』……ごめん母!見てなかった!出て来なかった用に四枚書けばいいよねー、『貰い物ですが、』……」
僕はいそいそとメモ帳を剥がして概要を書き付ける。ついでに冷蔵庫になかっためんつゆや中濃ソースを買い物用に書いて冷蔵庫にはっ付けた。磁石は毎度買い忘れるしで未だビニールテープが使われている。そろそろ表面とかが汚い。
楽しみだ。
楽しい用事だ。自分ルールで出来た用事は楽しいが勝って浮かれてしまう。
自分ルールを守る時、楽しくなってしまって、はしゃいでしまう所がある。
黄田の言葉を借りると、「星の巡り」を感じるという奴で。
僕はそういうの、酷く惹かれる質で、予感がすると心が踊る奴なのだ。
それらが無い場合、親友にも二ヶ月、三ヶ月、電話一つもしない人。
電話帳の「1」から「8」。
消して、消し、残った八つ。
足りなくなったフィクション感を、僕は求めて探している。
自分ルールで。
自分で、作る。
それっぽい事実をでっち上げて、始まったのだ!と嘯くのだ。
そういう一人遊びが趣味の人間なのである。




