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食べて魚卵

僕は絵を描きたくて書いていたわけじゃないんだ。

高校生になったとき、初めてスマホを買ってもらいSNSに触れた。

無限に流れる投稿の中で、1つの作品が僕の理性を壊した。


『アマビエ』


豊作や疫病を予言したとされる妖怪で、魚のような半身にとがった嘴のような口とひし形の目が特徴だ。

一時期、彼女を美少女化した投稿が流行り、SNSでは見かけない日はなかった。

数ある投稿のなか、敬愛する〈鯖射手(さばいて)イク〉先生はアマビエを、人肉を食らう恐ろしい妖怪として描いた。

先生にとっては流行りに乗っただけの、何気ない投稿だったのだろう。それ以降、アマビエを描いたことはない。

しかし僕にはそれが、酷く美しいものに感じたんだ。怒張する股間。搔きむしられるような衝動。

もっと見たい。まだ足りない。血肉を食らう彼女に、ひし形の目で見つめられたい。その口で僕の腸を引き裂いてほしい。足りないんだ。もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、……


足りないなら自分で生み出すしかない。

僕は鉛筆を取り、ノートに鯖射手イク先生のアマビエを模写し続けた。

何十枚も書くうちに、自分の望むようなアングルで描けるようになった。でも、白黒じゃ味気ない。

もっと鮮烈な赤で血を、もっと鮮やかな青で鱗を……画材屋で絵具を買うより、デジタルのソフトを買うほうが早いと気づいた。ツールも揃えて、数年の間、ただ描いた。


かつての自分に見せるように、SNSにも自分の作品を何枚も投稿した。

最初は酷いものだった。鉛筆で書いていたような線が出せず、色も単調で思い描いたようなアマビエの2割も表現できなかった。

ただひたすらに描き続け、ソフトの扱い方を理解し、ようやく思い通りのイラストが描けるようになった頃。


僕の投稿していたアカウントはフォロワー数が2万を超えていた。

嬉しかった。僕のアマビエが、世の中に認められたような気がした。


でも、たまたま目に入ったコメントが僕の気持ちを砕いた。


《同じテーマでこんなに描けるはずがない。AIだろこいつwww》


自分の中の熱が、急激に冷えていくのを感じる。

わかっている。この投稿主は何もわかっていないってことは。一部の声でしかないってことも。

でも、自分の性癖が人間と思われないほどに異常であると理解してしまったんだ。


僕のようなキモイ化け物は、人にはかかわれない。僕のアマビエは世に出さないほうがよかった。


SNSに初めてイラストではない、文字を投稿した。

これからどうしようか。人生が急にモノクロになってしまった。

もう、生きる意味もないかもしれない。


沈み切った気分のなか、滅多にならない玄関のチャイムが鳴った。


「……はい、どちら様でしょうか……?」


のぞきこむと、ドアの向こうには見知らぬ老紳士がいた。

_______________

「『@食べて魚卵』さんでお間違いないですか?」


老紳士が言ったアカウント名は、僕がさっきまで開いていたモノと同じだった。

開示請求とかだろうか、この老紳士がなぜ僕を訪ねてきたのか全く分からなかった。

答えに詰まっていると、相手はさらに続けた。


「君に伝えたいことがあってね、あんなに熱を感じるイラストは他にない。素晴らしいものだ」


僕のファンなのだろうか、今はその言葉がすごく嬉しかった。

ドアを開けて、邂逅した。


「初めまして、会えて光栄だよ。『@食べて魚卵』さん」

「……どうも、えと貴方は?」


老紳士はにこやかな表情で続ける。


「私のことは好きに呼んでくれ。上がってもいいかな?」

「……汚いですが、それでも良ければ……」


礼を言って靴を脱ぐ老紳士。なんだろう、普段なら絶対に初対面の人を家には上げたりしないのに。

逆らえないというか、彼を上げるのが自然だと考えてしまった。


クッションに座り、僕と向かい合う老紳士。


「改めて、私は君に敬意を表する。『@食べて魚卵』さん、君のイラストは狂気を感じるほどの熱を感じるものだ。この世に二つとない素晴らしいものだ、君にはぜひともこのまま描き続けてもらいたい」


僕のお気持ち投稿をみて、家まで来たのだろうか。

だとしたらこの人も相当にオカシイ。


「あの、えっと……おじさん?はそれを言うために僕の家まで……?」

「あぁ、そうだ。でも口で言うだけでは君の気持は変わらないだろう」


おじさんはバッグの中から徐に札束を取り出した。

1万札の束なんて見たことなかった、ゴクリとのどが鳴る。


「100万円、君に渡そう」

「こ、これはその……イラストのご依頼ということですか?」


おじさんは首を振る


「私は何も求めない、君に描き続けてほしいだけだ。もちろん断ってくれてもいい」

「そうしたら、お金は無しですか?」


また、おじさんが首を振る。


「この金はもう君のものだ。ここに置いていく。どうするかは君に任せる」


では、と言いたいことだけ言って、おじさんは呼び止める間もなく去った。

残された札束を前に、僕はただ動けずにいた。


_______________


この金で、僕は何を買うべきなんだろうか。

機材はもうすでに持っているし、今は描く気持ちもない。

悩んでいると、自分がまだ何も食べていないことに気づいた。


冷蔵庫を開けると、豆腐と卵しかない。

でも十分だ。目玉焼きでも作ろうかと手を伸ばす瞬間。自分には金があることに気づいた。

宅配なんてほとんど使ったことがないから、すぐに思いつかなかったけど……


スマホで近くの店を調べる。寿司、ハンバーガー、牛丼にラーメン。全部の店で一番高いメニューを1つずつ頼んだ。ものの数十分で小さいテーブルが埋まるほどの料理が揃う。

合計10万円弱、一回の食事でこんな贅沢は初めてだ、すごくドキドキした。

すべてを食らうような勢いで口に入れていく。食べこぼしなんか気にしない。

箸もフォークも要らない。素手で鷲掴み食らう。飢えた獣だ。でも、これでいい。

僕のアマビエはもっと食い散らかす。生き血のように米を飛び散らす。臓物のように麺をすする。


最高の晩餐だった。

もちろん食いきれず、何個かは冷蔵庫に入れておく。また後でいただこう。

腹も膨れたおかげで、だいぶ気持ちが軽くなった気がする。


今なら、描けるだろうか。胸に再び、熱を灯せるだろうか。

心臓はまだ、高鳴ったままだ。


ペンを持ち、画面録画を始める。


真っ白な画面に、あたりを付けていく。

描くのはもちろん、すべてを食らう、化け物(アマビエ)

脳のイメージに手が追い付かない。それでもペンは止まらない。

線を引く。ただ重ねていく。

食らう。食らう。血に塗れ、肉を嚙み千切り、骨を砕く。

かつてない程に、股間が窮屈に感じる。億劫になったパンツまで脱ぎ捨て、熱を持った下半身のまま描き続ける。

全部食いつくせ。汗や鼻水、色々な体液でぐちゃぐちゃのまま、描き続けた。


「はぁ、はぁ……っ、できた……」


過去最高の出来だ。

肉塊となった人間と血の中で嗤うアマビエの対比。

画面録画を止める。録画時間は……20時間を超えていた。我ながらどうかしている。

無意識にベッドに倒れこみ、目をつぶる。

_______________

目が覚めると、部屋は暗いまま。ふと時計を見ると18時間ほど経っていた。

シャワーを浴びて、昨日の残りで腹を満たし、録画した動画とともにイラストを投稿した。


直後にコメントがついた。


《@パトロンおじさん「良い作品をありがとう、応援している」》


くふふ

さて、次はどんなアマビエを描こうか。


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