ちょっぴり特殊な薬屋さん?
――すると、そんなある日のことだった。
「……こんなの、あったっけ……?」
柔らかな風が心地の好い、街中の昼下がり。
ふと、ポツリ呟く。そんな私の前には、人ひとり分くらいの幅であろう狭い路地。まあ、それはいい。いいのだけど……うん、以前にもあったっけ? こんな路地。少なくとも、昨日は無かったかと――
「…………」
暫し、立ち尽くし見つめる。相当に謎だし、若干の恐怖もあるのだけど……気が付けば、足はそちらへと踏み出していて。……うん、大丈夫……だよね? 万が一ヤバくなったら、すぐさま引き返せばいいわけだし。
「……うん、ほんと狭い……」
それから、およそ20分。
一人ぼやきを洩らしつつ、両壁に対し身体を平行にしつつ暗い路地を歩いていく。……うん、一人分もなかったね。細身の私ですら結構ギリで……うん、やっぱ帰ろっかな?
とは言え、ここまで来て引き返すのも癪なのでそのまま歩みを進めていく。すると、それから数分――ようやく、奥の方から微かに光が。パッと心にも光が差しそのまま進んでいくと、徐々に視界が晴れてきて……やった、ようやく到ちゃ――
「…………へっ?」
ほどなく、ポツリと声を洩らす。なんと、目の前には更に狭い路地が続いて……うん、流石にそれはなくて。だったら流石に帰るわ。
まあ、そんな小ボケはさておき――晴れた私の視界には、地元の公園くらいの敷地。……うん、地元の公園がどのくらいなんだという話ではあるけれど……そこはまあ、ご自由に想像いただけたらと。
ともあれ、そこには穏やかな陽光に包まれ仄かに輝く木々や草花、そして鈴のように耳をくすぐる小鳥の囀り。うん、何とも心地の好い。心地の好い……はず、なのだけども――
「…………えっと……あれ、なに……?」
そう、ポツリと零れる。そんな私の視線の先――この空間のだいたい真ん中奥の方には、何とも禍々しい雰囲気を纏う漆黒の建物。そして、壁の至る所におどろおどろしい真っ赤な文字が……うん、これだけでもう全部台無しだよ。
……まあ、それはともあれ……さて、どうしよ。正直、今からでも帰りたい。帰りたいの、だけど……うん、流石にここまで来てそれは……それに……うん、やっぱりちょっと気になるし。
そういうわけで、恐怖を抑えつつゆっくり建物へ近づく。何やら看板らしきものがあるのを見るに、きっと何かのお店なのだろう。……まあ、全然読めないけど。何語なんだろうね、これ。ともあれ、恐る恐る……本当に恐る恐る、扉を開くと――
「…………あれ?」
見ると、誰もいない。視界には、仄かに明かりの灯る薄暗い空間――そして、そこには外観に違わぬ禍々しい雰囲気があるだけ……うん、やっぱり帰ろっか――
「――あれ、お客さんかい?」
「…………え?」
回れ右して引き返そうとした直後、何やらおどろおどろしい声が耳をざわつかせる。恐る恐る振り返ると、そこには――
「……ちょいと嬢ちゃん、そんなすぐに帰ろうとするなんて寂しいじゃないか。ちょっくら見ていきなよ」
「……あ、その……はい」
そう、何とも不気……いや、個性的な笑みで告げる長い赤髪の女性。……まあ、そう言われたら見ていくしかないよね。
そういうわけで、仄かな光を頼りにぐるりと店内を巡っていく。えっと、骸骨……骸骨……骸骨……いや骸骨ばっかじゃん! 何のお店なのここ!
すると、そんな私の叫び(心の)に答えるようにニヤリと笑う赤髪の女性。そして――
「――ああ、察しの通りだよ嬢ちゃん。ここは薬屋……だけど、ちょっとばかし特殊なねえ」
そう、何とも愉快な笑みで告げる。……いや、何にも察してなかったけど。今のとこ一つも見当たらないんだけど、薬屋の要素。……まあ、それはともあれ――
「……あの、おばさ――」
「あぁん?」
「……あ、いえ……綺麗なお姉さん。その、特殊というのは、いったい……」
そう、おずおずと尋ねる。……いや、ほんと怖かった。初めてだよ、視線だけで死の恐怖を感じたのは。
ともあれ、私の問いに――あるいは、言い直した呼び方に――何とも愉しそうな笑みを浮かべるお姉さん。そして――
「――ああ、いい質問だね嬢ちゃん。まあ、ちょいと特殊な薬を扱ってるだけのことさ。飲んだ人間が過去に戻るだけの、ちょいと特殊な薬をねえ」
「……過去に、戻る……?」
そう、ポツリと零す。……えっと、SF? あと、ちょいとどころかだいぶ特……いや、まあそもそも普通じゃないとは思ってたけど。ただ、にしても思ってた以上に頭が――
「ああ、そうだよ。とは言え、あくまで一時的に、だけどね。時間にして、およそ5分くらいかねえ」
「……それって、戻る意味あります?」
「ああ、大アリだよ。例えば、あんたが過去に痴情のもつれで人を殺したとする。だけど、その時に戻り殺すのを止めれば、実際にあんたの過去――殺人犯であるあんたの過去はなかったことになる」
まあ、その後のあんたが罪を犯さない保証まではないけれどね――そう、ニヤリと付け加えるお姉さん。
……なるほど、おおよそ理解は出来た。つまり、過去のある一点に戻り、実際のその時と違う行動をすれば、それに沿って現実が改変されるということで。
ただ、それはそうと……うん、例えがひどい。いや、他になんかあったよね? なんで殺しちゃってるの? 私。しかも、なんか理由もひどいし。
……まあ、そんな不服はさておき、
「……あの、お姉さん。それって、どの地点にも戻れるんですか?」
「ああ、当然だよ。……ああ、それと一つ言い忘れてたけど――過去のどの地点に戻ったとしても、現在に戻ってきた後にその時の記憶が残ることはない。残るのは、薬を飲んでその地点に戻ったことがある、という記憶だけ――言いたいこと、分かるかい?」
「……そう、なんですね……はい、一応は」
そう尋ねると、ニヤリと笑い答えるお姉さん。さて、今しがたの内容を繰り返すと――過去のどの地点に戻っても、現在に戻った後にその地点で過ごした時の記憶は残っていない。つまりは――私がその地点で何をしたのかは、現在にて新たに反映された結果で判断するしかないということ。さっきの例えだと――本来、私が殺したはずの人が改変後の現在で生きていたなら、その地点に戻った私がその人を殺さなかったという結果が判明するわけで……いや、だから誰も殺してないって。
ともあれ、それはそうと……うん、だったらやはりあの時かな。ソレアが、あの人に出会った時。あの時は私も一緒にいたから知ってるけど、あれは相当に偶然――だから、あの出会いさえ回避させれば、その後も恐らく二人は出会わない。そうなれば、ソレアがあの人を好きになることはない。言うまでもないけど、会ってもない人を好きになれるわけないんだし。
さて、そうと決まれば善は急げだ。さっと顔を上げ口を開いて――
「……あの、すみませんお姉さ――」




