第18話 スピナ
仕留めたトブ・ガラを獲物として確保したスピナ・ミルたちの先導で集落に入ると、一匹の大きな蛾が待っていた。
大きな、と言っても、トブ・ガラたちほどの大きさはない。
色は純白。
羽根の幅は一メートル半。
胴体の大きさは猫くらいだろうか。
カイコガに似た造形だが、たぶん生き物ではない。
一応雰囲気程度に羽根を動かしてはいるが、風船みたいな浮かび方をしていた。
蛾ではなく、蛾の形をした綿のかたまり、みたいなもののようだ。
私の目線の高さに浮かんだ謎の蛾は……
「Chikuchikuchikuchikuchikuchiku……」
ガボガと似たような勢いでちくちくと語りかけてきた。
ガボガと同じく意味が取りにくい。
「……ち、ちく? ぽふ?」
ガボガ相手のときは頼れるパファンも大分困ってしまっているようだ。
やはりガボガと同じようなスタイルで喋っているらしい。
「Gabogabogabogabo」
桑の木の間から角を突っ込んだガボガが通訳し、それをさらにパファンが通訳をしてくれたところによると、謎の蛾の名前はスピナ。
スピナ・ミル。つまりスピナの民の由来になったスピナ・ミルのトーテム的な存在らしい。
出自をたどると、ガボガと同じオルド文明に行き着くようだ。
ガボガと違ってオルド文明の創造物ではなく、古代オルド人と共生関係にあった生物繊維に行き着くようだ。
ガボガが気が付いたSpinaというのはこのスピナのことらしい。
蛾の姿はスピナ・ミルとのコミュニケーションのための仮初のもので、正体はこのスピナ・ミル草原に息づく植物繊維群そのもの。
スピナ・ミルとは植物繊維やその利用技術を提供することと引き換えに、スピナを「食害」してしまうトブ・ガラなどの凶悪な草食モンスターを間引いてもらう共生関係を築いているとのことだった。
それはそれとして、スピナ・ミルたちがトブ・ガラの調理を始めているのが非常に気になる。
なんとなくだが「おもてなし」がありそうな気がする。
布地を分けてもらいに来た、と相談すると、スピナの蛾ははふわふわと私のほうにやって来ると、大地から綿を吸い上げるようにして姿を変える。
スピナとは大地に根付く植物繊維群そのもの。
一帯に生えたスピナ草やらスピナ苔などから綿状の繊維を移動させて来たらしい。
そうして姿を変えたスピナ蛾は、私が現在身につけているものと同じ、釣り用のベストにパーカー、ショートパンツとスパッツ、それと肌着に姿を変えた。
目の前にある繊維類のコピーを作れるようだ。
衣類になってしまった繊維は、スピナ蛾のようなコミュニケーション能力はないらしい。
さらに新しい繊維が地面から伸び、新たなスピナ蛾の姿を取った。
初見種族の初見の集落なので動画は回していなかったが、妹に話したら「どうして録画しなかった」と詰められそうだ。
価格交渉、確認などをする前に衣類を作られてしまったけれど、スピナが直接作った衣類については、対価などは必要ないらしい。
「Chikuchiku」
「Gabogabo」
「るふ、りゅみ、ぷい、ぷり」
りゅみからはもらわない、とのことだった。
そのりゅみ、というのが何なのかが謎だが。スピナによると、りゅみとは「〈まな・ぽてんしゃ〉のひずみをしずめるもの」だそうだ。
マナ・ポテンシャというのはパフディ語でいうと「ももえ」、日本語でいうと「魔素」のことのようだ。
かつてガボガたちを作り出し、スピナと共生していたオルド文明人は、このマナ・ポテンシャの歪と呼ばれる現象、または災害で肉体を失い、その産物であるガボガや都市、スピナのような共生種を残して姿を消してしまったらしい。
オルド文明人だけが姿を消したそうだ。
なんだか怪談めいた話だが、マナ・ポテンシャの歪の具体的な内容についてはスピナもいまひとつわかっていないようだった。
マナ・ポテンシャの歪とやらに対応するために、オルド文明人が「りゅみ」の召喚を試みたが失敗。
まったく手遅れの時期に「りゅみ」資質のある人間が召喚されてしまった、と考えると一応の話のまとまりはつくだろうか。
そもそも召喚とは、という話から考えないといけないが。
まあともかく、末期のオルド文明人にとってりゅみとは非常に重要な存在であり、その産物や共生者であるガボガたちやスピナはりゅみ、つまり、マナ・ポテンシャを乱さない魔素干渉力0の私を保護、救護対象と見なしたようだ。
肝心のオルド文明人のほうはずっと前に消滅してしまったので、保護、救護の先に何を、というビジョンはないようだが。
スピナの衣類複製は、映像ベースでも可能らしい。
適当な配信を開き、冒険者向けの上着を見せて試してもらったところ、普通に複製できてしまった。
助かるが、権利的にはまずそうだ。
実家に根回しを頼み「コピーしていいもの」を手配してもらったほうがいいだろう。
想定外に便利な存在に遭遇してしまったが、衣類づくりには周辺のスピナ植物を消費してしまうので、無償で作り放題、とはいかないようだ。
海賊版づくりはここまでにして、当初の予定通りスピナ・ミルたちの衣類や布地などを見せてもらうことにした。
スピナ繊維をネイティブアメリカン風の織り機で織り上げたもので、デザインも遊牧民、または狩猟民族風のものだ。
雰囲気はデニム生地に近いが、少し不揃い。けれどしなやかで肌触りはよい。
部屋着兼寝間着として三着、それと布地を一巻き、裁縫用の糸などをパフディの羽根と交換で確保した。
一応これで訪問目的は達成したのだが……。
「ちく」
「ちくちく」
「ちくく」
まぁまぁこちらにどうぞ、という雰囲気で広場に案内され、スピナ・ミルたちが腕によりをかけたトブ・ガラ料理を振る舞われてしまった。
気になるメニューは、
輪切りにしたトブ・ガラ脚の直火焼き。
剥がした皮や羽を揚げ焼きにした皮と羽根のせんべい
なにかのディップスのように見えるのはどうやら内臓のペーストらしい。
現実的に連れてこられるかどうかは置いておいて、長老クラフトロットを連れてくれば良かった気がする。
ガボガの衛生管理ビームにも青判定が出てしまった。
「……ぽふ?」
クラフトロットの木皿を覗き込んだパファンは、小さく首をひねり「どうしよう?」という顔でこちらを見た。
同じパフディでも違いがあるが、パファンは昆虫は食べないタイプだ。
「無理して食べないほうがいいわね」
衛生管理ビームは青だが、食べ慣れないものに手は出さないほうがいいだろう。
パフディの体質に合わずに病気になったりしたら大変だ。
とはいえ完全拒否というわけにもいかない雰囲気だ。
意を決してトブ・ガラ脚の直火焼きを口にしてみると……パサパサしたローストチキンみたいな味がした。
まずい、気持ちが悪い、と吐き出すほどでもない。
ただ、鳥肉っぽい味というのが反応に困る。
パフディ村に身を寄せている間は、鳥の肉は食べにくい、と思っていたところにおかしな代替食候補を見つけてしまった。
鳥肉代わりにするには料理法のほうを練り込んでやる必要がありそうだが。
現状だと出来の良くないローストチキン、くらいのポジションである。
「ちむ、ぽよ?」
「……|ちむ、ぐぼ(カエル味)?」
鳥肉に似ている、というのはパフディ相手だと猟奇発言になりそうなので控えておいた。
「むい、ぐぼ……」
パファンはカエルも食べない。
多少は食べやすそうに見えたらしい翅と皮のせんべいに恐る恐る手を出し。
「ちむ!」
と声をあげた。
意外に口に合ったらしい。
試しに口に運んでみると、魚の骨せんべいに似た味がした。
(・▴・)ぽふ
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