第10話 アットホームな会社です(兄視点)
すいの失踪から二日目の夜。
オレは勤務先の冒険簿記株式会社のオフィスでサービス残業に勤しんでいた。
退職願は朝一番で提出したが、昨日の仕事の残りもあるし、引き継ぎなしで有休消化に突入するわけにも行かない。
やりかけの仕事に一区切り付けたり、引き継ぎ資料を作ったりしているうちに、いつものように24時を回っていた。
オレだけがオフィスに残っているならいいんだが、他の同僚たちもほぼ全員、定額働かせ放題プランで椅子に座っている。
令和の世とも思えぬ労働環境だ。
そんな空間の支配者たる我らが左村事業部長殿は効率良く部下に仕事を割り振って、自身はビッグなビジネスをものにすべく、有名探索者の鞍星光の自伝出版記念パーティーに参加。
シンデレラの鐘の時間帯に電話を鳴らし、ぐでんぐでんの見本のような声で「終電がない! ホテルを探せ!」と言ってきた。
オレが取った電話でもないのに酔っ払いだと分かる声量だ。
電話を取ったのは今年入社したばかり、すでに退職カウントダウン状態と目される渚山くん。
さすがにこんな時間の電話に出ることもないが「電話は1コールで新人が取るんだよ!」という左村メソッドに従って身体が動いてしまったようだ。
出ないと周囲の圧があったり「渚山くんが電話に出ませんでした」という密告をする人間がいるので、仕方のないところではあるが。
「あ、え、はい! ホテルですね、わかりました。今どちらに? はい! すみません、すぐに!」
勢いに押されて無茶な注文を請け負ってしまう渚山くん。
「今からホテルを取れって?」
「はい」
青い顔でうなずく渚山くん。
「スルーってわけにも行かないか、オレが引き継いどくよ」
「なにを言っているんです」
そんな声が飛んできた。
「渚山くんが受けた仕事です。渚山くんが責任をもってやり遂げるのが筋ではありませんか。退職願を出した人間が新人を甘やかしても為になりませんよ」
声の主は、左村事業部長の腹心、福添事業統括補佐だった。
左村事業部長の不在時には看守や督戦隊のようにフロアに目を光らせ、職場の規律を守っている。
何時間働いても給料が変わらないブラック寄り裁量労働環境で、そこまで頑張る理由があるのか疑問だが、シンプルに指導とか規律と言ったものが好きらしい。
「それでしたら、福添補佐から業務命令をお願いします。深夜24時35分にオフィスに電話をしてきた左村本部長のために即座にホテルを探して手配するようにと」
今のオレは退職願提出済みの無敵の人だ。
あとの人間関係を気にしなくて良いので強い。
ついでに意味ありげにスマホを操作してみせる。
そんな指示を正式に命令したらコンプラで死ぬぞ、やれるもんならやってやがれ、というメッセージのつもりだったが、福添補佐もまた連日の長時間深夜労働のお陰で思考力が落ちているようだ。
「そんなことは正式な指示なんてなくてもやるのが常識です! わかっていますね渚山くん! 本部長をお待たせしてはいけません!」
圧力をかけ、忖度を強要するような台詞回し。
出るところに出れば普通にアウトのはずだが、この場でそこをつついても現状困るのは板挟み状態の渚山くんだ。
ここまでにしておいたほうがいいだろう。
スマホを持ったままフロアを出て、階段の踊り場で電話をかける。
「こんな時間に申し訳ありません、千川友優と申します。ああ、はい、こちらこそお世話になっております。実は急遽部屋が必要になりまして。僕の勤め先の人間が宿泊先を探しているのですが、水道橋駅近くでどこかご紹介いただくことは可能でしょうか。恐縮なのですが、だいぶ面倒なところのある人間でして、可能であれば二つほど候補を選べる形で……はい、ありがとうございます。ご連絡は会社の番号宛てにお願いできますでしょうか……」
手配を終えてフロアに戻ると渚山くんと福添補佐、それとスタッフ一同が一丸となって左村本部長のいる水道橋近辺のホテルを検索し、空き部屋はないかと電話をかけまくっていた。
一応渚山くんを担当者としたものの、それきり知らん顔をしていてもまずいと思ったのか、福添補佐もホテル探しを始め、それに忖度したスタッフもホテル探しに乗り出したらしい。
深夜のコールセンター状態。
アットホームな会社です。
オレが参加しても仕方がなさそうなので、DEXPO、という探索者向け展示会で使うパンフレットの原稿作りを進めていくと、やがてフロアの電話が鳴った。
左村本部長の携帯からだ。
渚山くんは幸い電話中。
オレが電話を取ることにした。
「はい、おつかれさまです。千川です」
「いつまで待たせるつもりだ! ファミレスで朝まで過ごせってのか馬鹿野郎!」
ファミレスに落ち着いたならそれでいいだろ満喫でも行けよ。
という言葉はなんとか飲み込んだ。
「タクシーでお帰りになったほうが早いのでは? それならすぐ手配できますが」
「誰に口を効いてんだ! この時間から帰ってまた六時に起きて出勤しろって言ってんのか!」
合理性より自分の威光が通るかどうかが問題。
そういうタイプのモンスターである。
「オフィスまでおいでいただければシュラフがありますが」
なお少々磯臭い。
「オレを舐めてんのか脱落! 探索者のなり損ないのボンボンが!」
ファミレスの客やスタッフが迷惑していそうな声量だ。
そのあたりで、また別の電話が鳴った。ちょうど問い合わせの電話を切ったばかりの渚山くんが電話を取る。
「はい、冒険簿記株式会社でございます。はい、私ですが、えっ、はい、部屋が? はい! ありがとうございます! すぐ上に確認して折り返しますので!」
ちょうどいいところで電話が来たようだ。
「失礼、少々お待ちください」
保留ボタンを叩いて左村本部長のがなり声をストップさせた。
「今、本部長と繋がってるけどどうする?」
「すぐに私から掛け直すと伝えてください。渚山くん、ホテルの情報をまとめてください」
渚山くんではなく福添補佐が言った。
想像通りではある。
「わかりました。本部長、折り返し福添補佐が掛け直すとのことですので一旦失礼させていただきます」
左村本部長はまだなにかがなっていたが、受話器をデスクに置いて放置しておくとやがて電話を切ってくれた。
その間に渚山君が、福添補佐に報告をする。
「後楽園ベルズというビジネスホテルで、1泊1万円だそうです」
「1泊1万? 本部長をそんなグレードの部屋にお泊めするわけには行かないでしょう。もっとまともな部屋がないか聞いたんですか?」
想定通りのゴネが入ってきた。
夜が明けるまで本部長に相応しいホテルを探すつもりだろうか。
「一応、お茶の水の白椿閣というホテルもご紹介いただけるとのことですが、1泊3万円だそうで……」
「3万円!? 値引き交渉はしたのですか!?」
文句ばかりである。
なお、白椿閣の最低料金は通常2名1室7万円から。
料亭併設、政治家や旧財閥関係の御用達の超高級ホテルで、昨日祖父が無刀取りで仕留めたリーフ・ハープーンを食材として引き取っている。
アンコウ料理と同じ要領で調理すると絶品だそうだ。
古くから祖父が仕留めた高級食材モンスターを卸し、また客としても良く滞在していた関係で、孫のオレも結構顔が効く。
先程の電話先はこの白椿閣の副支配人である。
白椿閣はホテル、旅館業界全体に影響力のある老舗なので、ネット検索をしても引っかかってこないような紹介制のホテルや旅館を仲介、斡旋することができる。
そう考えると、ベルズの方もディスカウント済みなのかも知れない。
一万円か三万円か、どちらのプランが本部長のお眼鏡に叶うかと唸るように考え込む福添補佐。
今更言うのも何だが、深夜サビ残中に一体何をやっているのだろう。
そのあたりでしびれを切らしたのか、左村本部長から電話が入る。
「はい、福添でございます!」
今回は福添補佐が即座に受話器を取った。
「おい! いつまで待たせる気だ!」
受話器からでも轟く左村本部長の怒鳴り声。
ファミレスに迷惑をかけるな。
「申し訳ありません。一応1件は見つけたのですが、一方が1泊1万円、もう一方が1泊3万円ということで」
「3万円!? 価格交渉はしたのか!」
「いえ、それが、その……」
福添補佐のデスクに歩み寄り、「白椿閣の宿泊は通常2名1室7万から、値引済」というメモを渡す。
「白椿閣のほうは一応値引きはしてあるのですが、通常2名で7万円からと高額な部屋でして」
「7万? なんでそんなところに問い合わせた!」
一箇所だけだとゴネが長引きそうだったからだよ、と頭の中で回答した。
「申し訳ありません。慌てて千川が妙なところに問い合わせをしたようで」
黙っているつもりでいたが、メモを出してはさすがにどうしようもないところである。
どん、という音が聞こえた。
ファミレスのテーブルを叩くな。
「マウントのつもりかイキリやがって! まぁいい、ムダな経費を使うわけにもいかないからな。後楽園ベルズに泊まる。タクシーを手配しろ」
ムダな経費以前にムダな時間を使わせるのをやめろ、といいたいところだが、まぁどうにかこれで一段落。
渚山くんから電話を受けた後楽園ベルズが車を出して、ファミレスでいびきをかきはじめていた左村本部長をピックアップしてくれた。
白椿閣の副支配人の紹介だけあって、ホスピタリティがすごい。
本来ならば左村本部長など入れてはいけないグレードのホテルだろう。
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません。本当に助かりました」
再びフロアを出て、白椿閣に謝礼の電話を入れると、憔悴、放心状態の渚山くんが踊り場に顔を出した。
「おつかれさま。災難だったね」
「いえ、千川さんのおかげで助かりました」
マンドラゴラエキス配合のお高い栄養ドリンクの瓶を片手に頭を下げる渚山くん。
身体に悪いからやめろよ、といいたいところだが、似たような説教は福添補佐などからもされているようなのでやめておいた。
「少し、お聞きしてもいいですか?」
「内容次第かな」
「千川さんはどうして、こんな会社に? 千川さんの一族って、皆さん、大物ですよね。千川さん本人も、こんな時間にあっさりホテルの手配ができるくらいに」
電話を立ち聞かれていたようだ。
「こんな会社で燻っている必要はなかったと思うんですが」
危険球が飛んで来たが、疲労とストレスのせいと見なしてスルーしておくことにした。
「大物っていうより、実家が太いだけだからね、オレの場合。本部長にさんざん言われてた通り、魔素レベルが1しかないから探索者にはなれなかった」
「魔素レベルって上がらないんでしたっけ?」
「基礎体温みたいなもんだから上がらないね。父のあとを継ごうにも、ダンジョンの攻略どころか視察もまともにできないんじゃ話にならない」
凄腕ってレベルじゃないが、父も探索者資格は持っていて、開発地域のダンジョンに直接足を運び、地元住民や地元探索者と話し合いながら、現場目線で仕事を進めてきた。
探索者資格のないオレにはできないやり方だ。
「一族に居場所がないってわけじゃないけど、千川の人間として社会に出ようとすると、探索者資格もないのに配慮される立場にならざるを得ない。そのへんが嫌でね。ただの一社会人として自分の立場を作りたかったんだ。待遇とかで言うと、もっといい会社からの内定もあったけど、どこも千川の息子採用とか、帝海の御曹司採用とか、そんな雰囲気があってね」
今思うと贅沢すぎる話だが、当時のオレは今よりもっと青かった。
「その点弊社は、高い離職率に裏打ちされた大量採用。オレの素性なんて全く気にせず採用してくれた。まぁ本部勤めになったらバレちまったけど。バレてからは意地だね。甘ったれた、根性なしのボンボンだって言われるのが嫌で、最低四、五年くらいは頑張ろうって思ってた」
温室育ちコンプレックス、みたいなものが根底にある。
「逆に言うと、それくらいしか残る理由がなかったから、あっさり辞めますって話になっちまったんだけど。まぁ、渚山くんはオレみたいに余計な意地は張らず早い内に辞めた方がいいと思うよ。潰れてからじゃあ取り返しが付かねぇし」
そんな無責任なアドバイスをして仕事に戻ったオレは、夜三時まで仕事をして社内泊。新しい朝を迎えた。
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(・▴・)ぽふ
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