婚約辞退の、正しい方法
手慰み数弾です。
第一王子との婚約を打診された公爵が、令嬢の病身を理由に辞退を申し出た。
先日の顔合わせの時、王子と面会した直後体調を崩し、その場から辞したこともあり、王室はすぐに納得して、他の候補へと目を向けてしまったが、王子本人は納得できなかった。
高貴な自分に見合う容姿と地位を兼ね備えた、二歳下の公爵令嬢に、一目で惹かれてしまったのだ。
何とか接点を持って、いつかは自分との婚約を考え直してほしいと願い、王子は幾度となく公爵家を訪ねたが、先触れを出して訪問しても、令嬢と顔を合わせることができなかった。
その徹底した拒否に、いつしか疑問を覚えた王子は、最終手段に出ることにした。
その日、公爵家の面々は、知人宅で行われる社交場に、全員で参加することになっている。
それを調べ上げた王子は、公爵家への侵入を試みることにしたのだった。
公爵たちが乗る馬車が、門を出て行くのを見送って暫く待ち、王子は護衛の先導の元、スムーズに屋敷に入り込んだ。
王子の予想通りなら、あの馬車には令嬢は乗っていない。
きっと、病身というのは言い訳で、公爵は令嬢を外に出すことを疎むようになったのだろう。
あの公爵は、政に関わりたくないと思っているきらいがある。
自分と婚約をして、王家と関わることを、煩わしく思っているがゆえに、令嬢の気持ちを押さえ付けてしまおうとしているのだ。
そんなことはさせないと、心底憤りながらも、護衛の後ろから屋敷に侵入し、廊下を歩く。
社交場である知人宅は程よく遠く、深夜まで続く催しだと聞いているので、慌てて探す必要もないが、爵位のある屋敷の警備を思うと、そうゆっくりもしておれず、慎重にそれらしい部屋を探し回った結果、ようやく令嬢の部屋らしき部屋を見つけた。
二階の薄暗い廊下の奥の部屋から、誰かが出て来るのが見えたのだ。
メイドらしきその人物は、小さく室内に声をかけ、扉を閉める。
こちらに歩いてくるメイドを、息を殺してやり過ごすと、王子は護衛たちと共にその扉の前に立った。
扉を小さく叩き、掠れた声の返事の後、堂々と部屋に入る。
護衛たちと共に部屋に入り込んだ王子は、寝台に起き上がる寝間着姿の人物を見つけた。
「ようやく、会えた」
「っ? 第一王子殿下? 一体、どうしてっ?」
若干恐怖を感じている令嬢に、王子は優しく微笑みながら近づく。
「どうしてって。公爵が、あなたに会わせてくれないから、こうするしかなかったのです」
令嬢が、顔を伏せた。
「申し訳ありません」
「謝らないでください。それより、どうか、あなた自身の言葉で、答えをください。私との婚約、受けてはくれませんか?」
優しく問いかけたのに、令嬢は頑なに顔を伏せたまま、首を振った。
「何故? 病の事なら、心配しなくてもいい。寧ろ、婚約者であれば、王室の医療だって、当てにできる」
「っ。もう、遅いのです。病の後遺症で、わたくしの顔は……」
王子は令嬢の言葉を遮るように、その肩を両手でつかんだ。
「跡が残ってしまっていたとしても、問題はありません。きっと治して見せます」
「そうではなく……」
「私が、そんなことで引くと、思っているのですか?」
そこで引く気があるのならば、ここまでやってくるはずがない。
王子はそう言い切り、護衛に明かりを持ってくるように指示した。
「さあ、見せてください。どのような跡があるのか。そして、決めてください。一生閉じこもるか、婚約者として私と共に歩み、治療を受けるか」
「……王子殿下」
恐る恐る、令嬢が顔を上げた。
暗闇の中で、蠟燭の明かりが灯され、その顔が鮮明になる。
微笑んで令嬢の顔を拝んだ王子の顔が、引きつった。
「嬉しいお言葉です。わたくしのこの顔を、許していただけるのですね?」
掠れた声で微笑んだのは、可愛い寝間着姿の、公爵だった。
空気が一気に凍る中、公爵の姿かたちの令嬢が、涙ぐみながら言う。
「先の顔合わせの後、高熱で倒れてしまったのですが、三日後に目覚めた時には、この姿になり果ててしまっていたのです」
気のせいか、声も公爵が令嬢に寄せて出しているようにしか、聞こえない。
肩を掴んだまま固まっている王子を見上げた令嬢の目は、感動でうるんでいて、それがさらに、不気味さを増長させていた。
「このような姿になってしまっては、殿下の横には立てない。そう思い込んで、父にも辞退の申し出をお願いしたのですが、そこまでおっしゃっていただけるのでしたら……」
ここが、限界だった。
そっと体を寄せてきた令嬢を、王子は悲鳴と共に引き離していた。
転がるように屋敷を逃げ出していったと、執事からの報告を受け、公爵は令嬢の部屋を模したそこの、寝台を模した場所から、ゆっくりと立ち上がった。
「……悲鳴を上げるほど、私は不気味か?」
「……お答えしかねます」
そうか、不気味か。
執事の答えに、公爵は頷いてしまった。
メイドにメイクをしてもらい鏡を見た時に、自分の顔ながら悲鳴を上げそうになったから、不気味は不気味なのだろう。
だが、これも大事な娘のためを思えば、なんてことはなかった。
たとえ、爵位持ちとして、大の大人の男としての尊厳が、地に落ちたとしても、娘の命を救うと思えば。
公爵家には、二人の子がいる。
後継ぎの長男と、二つ年下の長女の二人だ。
王子の婚約者候補になってしまった娘は、幼い頃から変わった子だった。
医師の見解によると、娘には他の世界で生きた記憶が残っており、そのせいで、娘という存在を押し付けているのだと、思い込んでいる節があるとの事だった。
物心ついてしばらくした頃から、娘は大人びた口調でよく両親に訴えた。
自分は、この子に憑りついてしまったようだ、神殿で祓ってください。
可愛い盛りに、こんな目にあうこの子が可哀そう。
早く、この子にこの体を返したい。
文字通り混乱状態だったが、これはこの子の個性と判断し、必死に向き合った。
精神も安定し始め、ようやく今の自分を受け入れ始めたかに見えた、この時期だった。
王室より、婚約の打診があったのは。
娘の気持ち次第と、取りあえず顔合わせに臨んだのだが、王子の顔を見た途端、幼少期の症状が再発した。
しかも、最悪なことまで口走り始めたのだ。
このままあの王子と婚約したら、学園卒業の日に、王子の思い人を害した罪で、婚約破棄された上で、処刑される。
そう言っておびえる娘を見て、婚約辞退を決めた。
なのに、王子は辞退理由を疑い、あろうことか、公爵家が外出している時を見計らい、屋敷に侵入しようとしたのだ。
これには国王陛下も呆れ、しかし思い込んだ王子の愚行に手をこまねいてしまい、公爵に形だけの婚約を打診する事態になった。
そうすれば王子も、可笑しな真似はしないだろという、淡い考えだったのだが、本当に淡過ぎた。
学園入学後も、娘とは無干渉だった名ばかりの婚約者が、自身の卒業式後のパーティーで、男爵家だが何だかの令嬢を侍らせて、婚約破棄を宣言してしまったのだ。
しかも、思い人への害意を理由に、娘に極刑を言い渡してしまう。
その時丁度、国王夫妻と公爵夫妻は、外交で国を留守にしており、戻った時にはすべてが終わっていた。
まさか、娘の、ではなく、王子の卒業の日だったとは、盲点だった。
何もかもが後手になって盛大に悔やむ公爵に、後継ぎの息子は娘の最期の言葉を告げた。
「最期まで、ご迷惑をおかけしましたって。迷惑なのは、あの王子の方だったのにっ」
学園では、王子の素行が問題になっていた。
息子の機転で、娘と王子の接近は防げたが、その煽りで王子は様々な女子生徒と接近していた。
これは、娘の気を引くための行動だったと、本人が証言した。
卒業が近くなり、婚約を白紙にされることを恐れたと。
思い人とされた男爵令嬢にしても、単に余興の役者として侍っていただけで、まさか、公爵令嬢を死に至らしめることに協力してしまう羽目になるとは、思っていなかったと、後に主張していたと聞いたが、公爵には意味のない主張だった。
既に、守るべき娘はこの世にいないのだ。
元凶の王子は、王位継承権を剝奪され、よその国の後宮に押し込められたと聞くが、何の感想も湧かなかった。
ただただ、後悔しかない、そんな人生を終えたのは、そんな状態でも長生きし、夫人を看取って数年後の事だった。
やっと終わった。
娘に会って謝れればいいなと願った途端、何故か若かった頃に時が逆戻っていた。
丁度、あの忌まわしき顔合わせの後で、寝込んだ娘が目を覚ましたころ、だ。
もう少し前ならば、王子と会う事をも断れたというのにっ。
悔しい思いはあるが、これからでもやりようはあると、公爵は涙ながらに訴える娘を宥めながら、頭を働かせていたのだった。
王子を追い返した後、遅れて家族と合流した公爵は、知人宅で国王陛下からの書簡を受け取った。
「……第一王子を、塔に幽閉するそうだ」
「あら。何か、あったのでしょうか?」
夫人の疑問に、公爵は微笑んで答えた。
「何でも、私が狂ったと訴えたそうだ」
「あなたが? 何故?」
「さあな。本当に、気が触れてしまわれたのだろう」
不思議そうにしている妻に笑いかけながら、公爵は心の底で誓った。
娘と妻を含む家族を守ることもそうだが、二度と、女装はしない。
頬紅や口紅をつけすぎたんでしょうね。
公爵も、一応見目はいいはずです。
爵位持ちの、威厳を捨てた斜め上の行動に、時を戻した兎も、執事もドン引きです。
P.S ちなみに、この話を作る時、某アニメの山●伝●先生の女装姿で、脳内再生されて大変でした。




