第7話 破滅ヒロインは笑う
用事を終えた時には、日が沈みかけていた。
とは言え、まだとりあえず一仕事終わらせただけで、これからアリバイ工作と手柄の譲渡を企てなければならない。
原作では暁斗が筆箱を探し出し、梓乃李に返すことでフラグが立つわけだ。
さて。
シナリオに干渉するのはここまでにして、一度既定路線に戻そうじゃないか。
見つけたのは俺だが、返すのは原作通り暁斗からとさせてもらおう。
幸い梓乃李も暁斗も学校には残っていないし、しかも別行動をしている。
暁斗から筆箱を返却させれば、勝手に都合良く解釈してくれるはずだ。
少なくとも、俺が裏でいじめを壊滅させてきたなんて情報は知らずに済む。
問題があるとすれば、俺がどうやって暁斗に自分の行動をぼかしつつ筆箱を渡すかだな。
また色々策を練る必要がありそうだ。
なんて、そんな事を悠長に考えていたが。
俺はそこでハッと別問題の存在に気が付いた。
スマホを片手に冷や汗を流す。
「……やらかしてるんですけど」
昇降口から校門へ行く途中、俺は項垂れた。
先程の手筈に不備があった事に気付いてしまったのだ。
それすなわち……録画の範囲である。
俺は亜実達を追い詰める際、ずっと録画を回しっ放しにしていた。
そのせいで俺の言葉まで録音されているわけだ。
問題はその時に俺が言った内容。
撮った動画をネットに流すと脅して、転校を促した所業である。
これは誰がどう見ても、脅迫や強要の類だった。
「しっかり俺の弱みも写ってんじゃないの……。何してんだコイツ」
自信満々に煽ったが、どのみち俺はこれを世に流すことはできない。
この内容じゃ俺もそれなりの制裁を受けかねないからな。
教室に突入した時に録画を切ったつもりだったのに。
とんだ間抜けである。
と、そんな風に嘆いている時だった。
「落ち込んでどうしたの?」
「え?」
聞こえるはずのない声が耳に入り、足を止める。
スマホから顔を上げると、目の前にはこの場に存在し得ない奴がいた。
羽崎梓乃李である。
梓乃李は俺に気付くと、ニヤニヤ笑いながら近寄ってきた。
「辛気臭い顔」
「いやその……ってかなんでここに?」
既に時刻は18時過ぎだ。
教室から荷物を持って出ていくのも一時間ほど前に確認している。
なのにどうして? と困惑していると、梓乃李は笑った。
「筆箱失くしちゃって、探してたんだよ。教室にはなかったから、職員室とか体育館とかを虱潰しにね」
「……マジか」
「で、君は何してたのかな?」
聞かれて焦る。
言えない。
今の今まで梓乃李のいじめを終わらせるために裏で動いていただなんて、知られるわけにはいかない。
同時に、俺が筆箱を持っていることも。
「野暮用だよ」
「ふーん。校内使用禁止のスマホを持ち出す必要がある用ね」
「あっ、いやこれは」
「何見てるのー? えいっ」
「ちょ、まっ――って、うわぁッ!」
ふざけて手を伸ばしてくる梓乃李。
それを俺は避けようとして、しくじった。
どうしよう。
テンパったせいでつい手元が狂ってしまった。
そのせいでスマホを地面に落とす。
「もー、何してるの」
「ちょ、それは!」
「……なにこの動画」
焦った時にはもう遅かった。
梓乃李はスマホを拾い上げようとしゃがんだ拍子に、俺が撮った先程の現場証拠を目撃する。
今更止めることもできずに、俺は立ち尽くすことしかできない。
それから数分が経った。
先程録画したやり取りが閑散とした校門前で響く。
全てを見終えた梓乃李がスマホを返してきた。
「ご、ごめんね勝手な事して。私てっきり……」
「いやそれは良いんだけど」
梓乃李は悪くない。
その場のノリで絡んできただけだ。
後ろめたさから大げさに慌てた俺が悪い。
最悪のハプニングのせいで時が止まる。
今梓乃李は、何を思っているのだろうか。
そこからしばらく、無言の間が俺達を襲った。
「……」
「……」
「……っていうか、随分武闘派なんだね」
沈黙に耐えられなくなったところで、一言。
ショックを受けるかと思ったが、梓乃李はそんな事を言った。
「え?」
「守ってくれてたんだね。でも、これじゃどっちが悪者かわかんないじゃん」
「そう言われるとその通りだけど」
「ふふっ、あはは。わざわざ私のためにこんな事してたんだ」
「……辛くないのか?」
思わず聞いてしまい、後悔する。
しかし、梓乃李は苦笑した。
「確かに嫌だけど、それ以上に君の行動力にドン引き中というか」
「……すみません」
自覚はしていたが、当事者に言われるとくるものがある。
やはりやり過ぎだっただろうか。
しかし、よく見ると梓乃李はいつものように俺の反応を愉しんでいた。
「冗談だよ。感謝してるから。良い意味でドン引きしてるの」
「良い意味でって付けてもマイナスの言葉は反転しないだぜ?」
「でも本当に嬉しいから安心して」
「マジ?」
「うん。学校辞めさせてくれたのも助かるかも。あの人たちと今後も同じ空間に居たら、私何するかわかんなかったから」
「怖い事言うなよ」
本気か知らないが、梓乃李が言うと洒落にならない。
だってコイツ、周囲を巻き込む破滅ヒロインなんだもの。
と、俺は一応謝っておく。
「すまん。筆箱、めちゃくちゃになってしまったな。今度暁斗とでも一緒に買いに行くといいよ。あ、金は貰いそびれたから俺が立て替えるよ。仕送り余ってるし」
「え? あぁ……うん」
ここから先はアイツに任せないとだ。
梓乃李が好いている男は須賀暁斗だし、アイツとのデートの口実にでもしてもらおう。
というかそうしてもらわねば困る。
「アイツなら絶対断らないし、今後も羽崎の事助けてくれると思うからさ。あ、勿論俺もな」
「なんで?」
「え?」
「なんでそんなに、関わってくれるの?」
不意に低いトーンで聞いてくる梓乃李に、俺は迷う。
何と答えるべきか、判断に困った。
とは言え、取り繕っても仕方ない。
「羽崎の、楽しそうな顔の方が好きだから。……だから、困った事があったら頼って欲しいし、極力助けになるよ。ちゃんと見てる」
本心だ。
今この言葉には、『とりあえず煽てて暁斗とくっ付けさせよう』なんていう下心なんかない。
純粋に、一人の幼馴染として言った。
と、俺の言葉にぽかんとしていた梓乃李の表情が崩れる。
「――ふっ、あはは! 何それ? 私今、カウンセリングされてる?」
「え?」
一瞬のシリアスムードはすぐに霧散。
梓乃李は決壊したように笑い始めた。
そのまま俺の肩を叩く。
なかなかの怪力で、骨と筋にビシバシ響いた。
「もー、気にし過ぎだって」
「い、痛いんですけど」
「豊野君が変な事言うからでしょ? あーもー、笑わせないでよ。意外と落ち込んでたんだから」
「落ち込んでたなら笑った方が幸せなのでは?」
よくわからないが、ツボに入ったらしい。
なんにせよ、笑ってもらえて俺もつられるように口角が上がった。
「はぁ……。ありがとね」
「いやうん。はい」
「ふふ……『俺の幼馴染に大層な事をやってくれたな』」
「おい、真似すんな」
「やだねー。嬉しかったんだもん」
「そうかよ」
「キリっとしてたね。俺の幼馴染に!って」
「連呼するな。あと俺はそんな変な声じゃない」
「うわサイテー。はいまたノンデリ」
「好きに言っとけ」
「ノンデリノンデリデリデリノンデリ~。……ふっ、あははっ」
桜が散って若干汚れた学園前の道路。
ケラケラ笑う梓乃李に、俺は苦笑した。
―◇―
【羽崎梓乃李】
暁斗への好感度:80%(→)
響太への好感度:?%(↑↑↑)




