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第5話 モブは破滅を許さない

「羽崎さんの筆箱がなくなったらしいんだよね」

「……それで?」

「今日は僕のを貸してるんだけど、どうにか探してあげたいんだよなぁ」


 昼休み、俺は暁斗と右治谷と三人で昼飯を食べていた。

 梓乃李は外のベンチで一人で食べるらしい。

 まぁ、こんな教室には居たくないだろう。

 今日は特に。


 俺は唸る暁斗に聞く。


「どうするんだ?」

「とりあえず先生には言ったし、忘れ物を管理してる生徒会にも、届いたらすぐに教えてもらえるようにお願いしといた」

「羽崎さんがそもそも家に置き忘れてるって可能性は? オレはその可能性もあると思うぜ?」

「確かになぁ」


 悠長なことを言っている右治谷に納得する暁斗。

 しかし残念だが、これはただの窃盗だ。

 俺は犯人も、そいつのこの後の行動も知っている。


「盗まれたとは思わないのか?」


 思わずそう口に出していた。


「いやお前、流石にそれは――ないとは言わねーけど」

「僕はないと思う。第一、羽崎さんがそんな嫌がらせをされる理由がない」


 暁斗の言葉は綺麗事だ。

 理由なんてものは、相手の都合で勝手に作られるものだから。

 そこに正当性なんかない。


「ま、今日はぱーっと遊びましょーや。羽崎さんも誘ってさ」

「そうだね。誘ってみるよ」


 事態に深刻性を感じているのなんて、俺だけ。

 そしてこんな状況を招いたのは、俺の影響も少なからずあるわけで。


「……俺が、動くしかないか」


 食べ終わったサンドイッチのゴミを握り締める。

 まぁ別に、策は用意してあるからな。





 俺は『桜散る季節の中で』というゲームの中で、羽崎梓乃李というヒロインが断トツに”嫌い”だった。


 初めてプレイした大学一年の冬、目を見開いた。

 好きな男が自分の物にならなければ癇癪を起したように自殺する迷惑女。

 他のヒロインや残される主人公たちの事なんて何も考えていない。

 誰の幸せも願わず、選ばれなかったら他のヒロインの足を引っ張る始末。

 実際に、唯一梓乃李だけ別ヒロインの個別ルート中に邪魔してくる描写があるし、立ち絵を見るたびに辟易していた。


『なんだこの自己中ヒロイン! 作ったライターも企画通した制作陣も全員頭おかしいんじゃねーの!?』


 あの晩、俺は萎えた下半身と共に咆哮した。

 結局すぐに『何やってんだ俺……』と冷静になってパンツを履いたのだが、それはさて置き。


 俺は明確に羽崎梓乃李が、”嫌い”だったのだ。


 だっておかしいじゃないか。

 他の子の個別ハッピーエンドが、コイツにとっては全てバッドエンドなんだぞ?

 確かに鬱ゲー認定はされていたが、流石に救いがなさ過ぎる。

 涙する要素もない。

 屈強な梓乃李オタクは『他ルートがあるからこそ、梓乃李ルートの感動が増すのでござる!』みたいな事をのたまっていたが、理解できなかった。


 他ヒロインと比べてキャラも薄いし、なんでコイツがパッケージを飾っているのか意味不明。

 パッケージヒロインがウザいエロゲってなんだよ。

 立ち絵もパッケージ絵に比べるとなんか微妙だしさ。

 パネルマジックは風俗だけにしてくれ。

 もはや詐欺だ。

 ☆1レビューしてやろうかと思ったレベルである。


 だけど変わった。

 俺の中で、梓乃李という女のイメージは変わってしまった。

 だってコイツ、可愛いんだもの。


「この前の服どうだった?」

「ワンピースとジャケットの奴か」


 終礼前の空き時間。

 暇を持て余していた俺は梓乃李に話しかけられていた。

 つい先日チャットで行われた突発コーデ品評会を思い出していると、彼女はそのまま聞いてくる。


「男子の趣味的にアリだったのかなって」

「須賀に聞けよ……」


 デートは成功したはずなのに、何故か不満そうな梓乃李に俺はジト目で言った。

 俺に聞かれても困るし、答えるメリットもない。

 コイツがこの前俺の好みをフル無視した件、忘れたとは言わせないからな。


 と、俺の渋い顔を見て梓乃李は楽しそうにケラケラ笑った。


「あの人に聞いても『可愛い』しか言わないからさ」

「惚気るなら帰ってもろて」

「豊野君はその点、普通に貶してくれそうじゃん?」

「一応俺にもデリカシーってもんはあるんだぜ?」


 この前のやり取りを根に持っているのか、さらっとノンデリ扱いされていた。

 心外である。

 

 しかし、それはそれとして思いの外元気そうだ。

 筆箱事件で落ち込んでいるかと思いきや、自然な表情で絡んでくる。

 昼までは落ち込んでいたはずだが、ある程度落ち着いたのか。

 暁斗もケアしてあげていたようだし、愛のパワーで情緒が安定したのかもしれない。

 

 なんて考えていると、梓乃李はニヤリと笑った。

 

「じゃあ聞くけど、なんでワンピの方選ばなかったの?」

「うーん。可愛さより、カジュアルに隠れた微かなエロスを求めた結果かな」


 上のデニムジャケットも大人っぽくてよかったが、何より合わせのスカートが良かった。

 ぴちっとボディラインを強調するタイト生地が、目の保養だ。

 街中で見たらつい目で追うような引力がある。

 

 俺の言葉に梓乃李は一言。


「きもちわる」

「……タイトスカートって良いじゃん」

「よくその返答レベルでノンデリ否定したね?」


 ぐうの音も出ない言葉に、俺は黙った。

 悔しい。

 エロに釣られた俺は可愛いbot以下なのか。


 揶揄って満足したのか、上機嫌に去っていく梓乃李の背を見る。


「……やっぱ、アイツが曇るとこは見たくないな」


 ぼそっと呟きつつ、そのまま教室を隅々まで見渡した。

 

 梓乃李が今どのくらい本気で落ち込んでいるかは知らないが、今日いじめを止めないとどうなるかわからない。

 持久戦になると不利だ。

 いつ折れる日が来てもおかしくない。

 そしてその日、彼女が飛び降りて、ついでに俺も巻き込まれるのだとしたら――。


 俺だって多少のリスクは冒そうじゃないか。


 原作では暁斗はいじめグループに直接制裁を加えない。

 暁斗に好意を寄せて前向きになった梓乃李に、自然といじめが収まっていくだけという流れだ。

 でも俺は、そんな生半可でもやもやする幕引きはごめんだ。

 なんなら、梓乃李というヒロインに関するシナリオが気に入らなかったのは、この共通イベントからだったかもしれない。

 俺なら、すっきり遺恨なく終わらせてやる。


 ここからは一度考え方を変えよう。

 多少のシナリオの逸脱は度外視するんだ。

 どうせ暁斗が動かない以上、狂った世界線である。

 どう動いても原作から逸れた道なら、大筋が変わらない程度に俺が都合良く導けばいい。


 ――まぁ、今から起こる事は全て暁斗の功績という事で。


 あくまでも俺が願うのは暁斗と梓乃李のカップリングだ。

 俺が動いたなんて梓乃李に知られて、変にこっちの好感度が上がっても面倒臭い。

 事が済めば、原作通り筆箱だけ回収して暁斗に渡し、それを梓乃李に渡してもらおう。

 そうすれば大方の流れは原作シナリオに近づく。

 その後何か齟齬が起きたら、その都度俺がまた暗躍してもみ消せばいい。


 終礼後。

 右治谷と連れ立って帰っていく暁斗と、それとは別に無表情で廊下に出る梓乃李を確認する。

 どうやら暁斗と梓乃李は別行動らしい。

 予想通りかつ、ありがたいシチュエーションだ。

 これなら有耶無耶にできる。


 しばらくその場でテキトーに時間を潰した後、教室から人がいなくなったのを確認した。

 時刻は夕方17時半過ぎ。

 覚悟は既に決めている。


 ここからは、モブの小賢しいシナリオ改変タイムの始まりだ。

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