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第4話 シナリオの帳尻合わせ

 あれから数日が経過し、週が明けた月曜4月21日。


 とりあえず俺は今日も元気に生きています。


 この期間に特に何かが起きたわけではないが、とにかく精神的に疲れたことは言うまでもないだろう。

 梓乃李とはあれ以来、毎日何度か会話するくらいの関係性になった。

 大抵は暁斗との惚気か愚痴を聞かされているだけだが、それで好感度を確認できるのなら安いもんだ。

 日曜日は二人でデートに行ったようだし、俺の目論見通り(原作シナリオ通り)に事は運んでいる。


 ちなみにデートの詳細をチャットで聞いた時は、はぐらかされた。

 いつも通り憎たらしく揶揄われた後、『内緒』とのこと。

 俺としては生死に関わる重要な情報だから冗談では済まないのだが、梓乃李が知る由もない。

 もっとも、変わらぬ浮かれっぷりを見るに成功したと考えて良いだろう。

 

 そんな現在だが、今は体育館で表彰式を見ている。


「サッカー部キャプテン、猿渡大智君。春季大会優勝おめでとう」

「ありがとうございます!」


 知らない男子生徒がステージで何やら賞状をもらっているが、よくわからない。


 エロゲの世界と言えど、俺達にとってはリアルに違いないため、当たり前だが普通に日常が流れている。

 ゲームではモブとして出てきたキャラにも名前や生い立ち、個性的な外見があるわけだ。

 その最たる例が俺の存在そのものなのは若干複雑なところではある。


 なんて考えていると、急に体育館の温度感が変わった。

 丁度次の表彰者の名前が呼ばれた瞬間である。


「続いて、絵画コンクールの表彰です。美術部、七ヶしちがじょう雪海ゆきみさん」


 名前を呼ばれて壇上に上がってくるのは、長い銀髪の女子生徒だった。

 歩く姿一つを見るだけでもはっと息を呑むような、洗練された所作。

 そしてちらりと覗く横顔は、まるで人形に見紛う程色白で、それでいて整ったフェイスラインが印象的だ。


 三年生の先輩だが、俺も彼女の事はよく知っていた。


 七ヶ条雪海。

 彼女は何を隠そう『さくちる』の攻略ヒロインの一人である。

 七ヶ条財閥の令嬢にして、ドが付くほどの金持ちお嬢様。

 遠目にもわかるツンとすました態度から想像できる通り、かなりの高飛車系だ。

 同じ学校の生徒からは憧れを余裕で通り越して、もはや煙たがられているレベル。

 顔は良くても関わるのは勘弁――なんて言われている。


 だがしかし、考えて欲しい。

 彼女は元々エロゲのヒロインだ。

 要するに、多種多様な趣味を持つオタクのマーケットに並んでいたのだ。

 それはもう、一部からは絶大な人気を誇っていた。

 ご褒美シーンもわからせシチュが多く、癖に刺さる人続出。

 常に人を見下したような物言いにあるオタクは被虐欲を刺激され、あるオタクは加虐欲を煽られる阿鼻叫喚のカオス。

 雪海は、二属性のアブノーマルオタクを味方につけたヒロインなのである!


 ……ん? 俺?

 俺はノーマル性癖持ちなので別だ。

 ……いやマジで、ほんとだよ?


 冗談はさて置き。

 雪海を見て全校生徒が噂したりと小声で反応し始める。

 俺もぼーっと雪海の後姿を眺めていたところ、隣から肩を小突かれた。


「七ヶ条先輩、凄いよね」

「あ、あぁ」

「なんでもこれで同コンクールで三連覇らしいよ」


 ひそひそと教えてくれるのは、須賀暁斗だ。

 あれ以降、俺は何故か暁斗とも普通に仲良くなってしまっていた。


「そんな事より、昨日のデートは楽しめたのか?」


 話す機会が出来たため、早速聞いてみる。

 と、暁斗は苦笑した。


「デートじゃないって。ただご飯食べて、ちょっと買い物に付き合っただけだから」

「それを世間一般ではデートと呼ぶんだわ」

「まぁなんにせよ、響太のおかげだよ!」

「いや、俺も安心した」

「?」


 首を傾げる暁斗。

 わからないのも無理はない。

 こっちの話だからな。


 心の中でガッツポーズをしながら、俺は一人で喜ぶ。

 今聞いたご飯からのショッピングデートという日程は、実はゲーム内シナリオの流れと全く同じなのだ。

 要するに、デートイベントが不備なく進んだという証拠。


 正直、内心冷や冷やしていた。

 いくら予定通りデートの約束を取り付けたとしても、一度バッドエンドに向かいかけたのを俺が無理やり修正しただけだ。

 その後起こるデートイベント自体は、原作のものと異なるかもしれない。

 仮にそうなると、俺の努力も水の泡になるわけだ。

 だがしかし、暁斗から聞いたことでその不安は拭い去れた。

 どうやら本当に、梓乃李ルートへのフラグを立てられたらしい。


 昨日は不安過ぎて尾行しようかと迷っていたのだが、杞憂で済んだな。

 ちなみに昨日は俺にもやる事があったため、無駄な行動に時間を割くわけにはいかなかった。

 そしてそれはずばり、次に起こるイベントへの対策だ。


 4月21日月曜日。

 今日、羽崎梓乃李の筆箱が盗まれる。

 犯人はいつものいじめをやっているグループで、この事件が決定的な出来事になり得るのだ。

 梓乃李は急な失くし物に戸惑うが、すぐに直感で悟る。

 それがただの物忘れではなく、誰かの意図的な嫌がらせであると。


 原作ではこれを暁斗が放課後まで探し回り、夜になってようやく廃校舎の教室で見つけるという流れだ。

 そしてその変わり果てた筆箱を持ち帰って、全力で綺麗に掃除する。

 翌日、それを梓乃李に渡してミッションはコンプリート。

 

 自分のために行動してくれた暁斗に梓乃李は感動し、暁斗をもう一度デートに誘う。

 これに頷けば好感度はカンスト。

 後は流れに身を任せるだけで、勝手に梓乃李ルートに入れる。


 ……のだが。


「七ヶ条先輩、相変わらず凄い人気だなぁ」


 呆けた顔で別の女を見ている主人公君に、嫌な予感がするのは俺だけだろうか。

 




 教室に戻ってから、俺はそのまま暁斗と話していた。

 梓乃李は離席しているため、男同士の会話となる。

 と、その時だった。


「よー暁斗。今日の約束忘れんなよー」


 話しかけに来た長身の男子に、俺は意識を奪われる。

 こいつの名前は右治谷うじや

 原作でもかなり登場してくる、いわゆる友人ポジの男キャラだ。

 

 馴れ馴れしく暁斗に腕を回す右治谷に、俺は聞く。


「何かあるのか?」

「お? あぁ豊野か。そーなんだよ。今日の放課後こいつと他の友達も誘って映画観に行く約束しててさ」

「――え?」


 蚊が鳴くような声を漏らす俺に、暁斗は笑った。


「ほら僕、昨日の予定をドタキャンしちゃったからさ」

「元々オレ達と映画に行く予定だったのを、羽崎さんとデートって言うから仕方なくリスケしてやったんだぜ? 今日その分の帳尻合わせてもらうからなー」

「わかってるよ」


 談笑する二人の声が、どんどん遠のいていく感覚に陥った。

 あれ?

 今日の放課後に、暁斗は遊びに行く――?

 原作でそんな展開あったっけ……?


 しかしすぐに気づく。


「あ、やば」


 今言っていたじゃないか。

 暁斗がドタキャンしたせいでリスケしたって。

 そのドタキャンとはつまり、予定にはなかったはずの梓乃李とのデートの事で。

 それを無理やり埋め込ませたのは、俺で。

 そのせいでシナリオの帳尻が合わなくなり、今日の放課後に暁斗が映画を観に行くという、別のイベントが発生してしまった。


 百歩譲って遊びに行くのはどうでも良い。

 だが今日は困る。

 だって暁斗が梓乃李の筆箱を見つけ出さなかったら、どうなるんだ?

 

 冷や汗が脇の下に滲むのを感じながら、俺は暁斗に提案してみる。


「そ、それって今日じゃなきゃダメか? ほら、例えば週末なんてどうよ? 天気も良いらしいし」

「映画に天気関係なくない? しかも今日晴れてるし」

「いや、うちに先祖代々数百年伝わる教えがあってだな。曰く、月曜に映画を観に行くと上映中に尿意が上がってくる、と」

「うわ、なにそれ。普通に嫌だね」

「だろ?」

「おい暁斗ー、真に受けんなー?」


 俺の小話に聞き入る暁斗に、右治谷が苦笑しながらツッコむ。

 そして俺にも言った。


「そもそも先祖代々数百年って、映画が出来たのは数世代前だろ」

「……」

「あと、勘弁してくれ。二回もドタキャンされるのはごめんだぜ?」

「うっ」


 右治谷の言う通りだ。

 それに俺が暁斗の行動を制限したせいで、新たに何らかの齟齬が生じる可能性もある。

 実際、今は俺の行動が招いた問題が起きているわけだ。

 参ったな。


 なんて考えていると、二人も離席してしまった。


 仕方なく自分の席に戻ると、そのタイミングで外から梓乃李が戻ってくる。

 彼女は席に着くなり、自身の机の引き出しに手を入れ……表情を曇らせた。


「あれ、なんで」


 ぶつぶつ言いながら引き出しを漁る梓乃李。

 だんだんとその表情から余裕がなくなっていき、彼女はバッグやロッカーまで確認し始めた。

 しかし、どこにも探し物である()()はない。

 そりゃそうだ。

 だってそれは、同じクラスの女が今持っているのだから。


「ぷっ、あははは!」

「もー、あーちゃんサイテー」


 そんな梓乃李の姿を見てか、教室前方で女子グループが一際デカい笑い声を漏らした。


 俺は知っている。

 今笑っているアイツらが主犯だ。

 梓乃李をいじめて愉悦に浸っているのか、涙を見せる勢いで笑い転げている。


「……」


 俺はそのまま無言で梓乃李に視線を戻した。

 と、彼女も事情に気づいたのか、探すの諦めていた。

 うつろな表情で、半開きの口から笑みを漏らしている。


「あぁ、マジか……そうなるのかよ」


 どうやらイベントが始まってしまったようだ。

 俺の介入で主人公の行動に変化が生じた事なんか関係ないらしい。


 シナリオはこんなところだけ律儀に進行し続けていた……。

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