第39話 破滅ヒロインの幼馴染という宿命を背負う
美術室を出て階段の踊り場に連れてこられる俺。
なんだろうと思っていると、壁に押し付けるように迫られた。
あまりにも急過ぎる接近に、心臓が止まるかと思った。
慌てる俺の手を、梓乃李はすかさず掴む。
「ねぇ、もっと君の事、教えてよ。――響太君」
お互いの鼓動の音すら聞こえるんじゃないかという距離で見つめられ、俺はフリーズした。
そのまま一秒、二秒……ゆっくりと時間は過ぎる。
本当に、意味が分からない。
いつもは大人しめな梓乃李とは思えない、随分強引な接近だ。
と、喋らない俺を見て我に返ったのか。
少しして、梓乃李は俺から離れた。
「ご、ごめん。急過ぎたね」
「あぁ。急すぎるぞ、本当に。あー、びっくりした」
言いながら、俺も正直事態が呑み込めていない。
何が起こったんだ一体。
困惑する俺に梓乃李は話を始めた。
「七ヶ条先輩から聞いたんだ」
「何をでしょうか」
「さっきの須賀君の演説、ほとんど君の策略だったって」
「……」
相変わらず、余計な事をする女だ。
せっかく梓乃李には、暁斗だけに興味を向かせようとしたのに、俺の関与を話してしまっては効果半減だ。
梓乃李の様子がおかしい理由がわかり、俺はため息を吐く。
本当に、つくづく上手くいかない。
他人の好意を管理しようというのが、そもそも烏滸がましいのかもしれない。
そんな今までの自分全否定定義に頭を悩ませていると、彼女は頬を膨らませた。
「ねぇ、なんで私には何も教えてくれなかったの?」
「いやいや、事情が込み入ってたからさ。仕方ないだろ? あと、いくら俺が一緒に作戦を考えてたとしても、今回の件を解決したのは暁斗だからな」
「須賀君も響太君の計画って言ってたもん」
「おい、なんでアイツもゲロってんだ」
いや確かに、暁斗に俺の関与を口止めしなかったのは事実だよ?
そもそも隠しきれる話でもないし、俺はそういう隠蔽方面に解決策を持って行きはしなかった。
今回の件は、あくまで『暁斗も梓乃李のためを思って身を張ってくれるカッコいい主人公だから、安心して身を任せて良いわよ』という暁斗ヨイショを梓乃李に理解させるのが俺の狙いであって。
そりゃ、いたずらに俺の関与をほのめかした雪海には困るが、この程度では致命的に計画が狂うわけではない。
だから別に、暁斗が俺の話をしようが、想定範囲内ではあったのだ。
……がしかし、現状はどうだ?
梓乃李のこのスタンスはマズい。
まるで全てが俺のおかげとでも言いたげだ。
「二回も私の事を守ってくれたのに、私には何も教えてくれないなんて、悲しいよ」
「……」
「私のせいで、刺されたんでしょ?」
言われて気づく。
どうやらコイツは、責任を感じてしまっているらしい。
「そんなわけないだろ。アレは俺が前回、勝手に動いた皺寄せだよ。梓乃李のせいじゃない」
「まぁ、やり過ぎではあったからね」
「……お、おう」
どうにか言い聞かせようと次の言葉を考えていたら、一言目で頷かれてびっくり。
「だから私が言いたいのは、せめて私にも相談して、一緒に悩みを分かち合いたかったって事なの」
「なるほど」
「ねぇ、わかってる?」
「わかってるよ」
ジト目を向けてくる梓乃李に、つい吹き出してしまった。
何故か急に叱られている俺氏。
おかしいな。
さっきまではほぼ壁ドン状態で迫られていたはずなのに、気付けば正論で殴られている。
と、そこで梓乃李は咳払いをした。
「で、だからね。もうちょっと君は、私に自分を曝け出して欲しいの」
「ほう」
「少々秘密主義が過ぎるよ」
「まぁ、そうかもな」
指摘はごもっともだと思う。
だがしかし、だ。
俺は転生者で、この世界の正しい在り方を把握している。
それに、あと少しで自分が死ぬかもしれない未来も見ているわけで。
しかもその生殺与奪の権を握っているのが、この梓乃李当人という状態で、何をどう見せていけばいいんだろうか。
曝け出せと言われても、無茶な話だ。
ここまでで梓乃李イベントと雪海イベントは終わらせた。
共通ルートシナリオも、ようやく半分まで来たところだ。
だがしかし、半分である
まだまだ、暁斗を梓乃李ルートに入れさせるまでの道のりは長い。
そんな状態で、梓乃李と普通に腹を割って話す事なんか、無理だ。
俺はきっと、今後も『さくちる』のシナリオを修正するために裏で奔走するだろう。
このゲームが元々鬱要素多めな事もあって、そりゃ危険に巻き込まれる事も増える。
また刺傷事件に巻き込まれる可能性だって、ゼロとは言えないのだ。
しかし。
今この話の核は、そこじゃない。
多分そうじゃない。
本質は、もっと別のところで、最も俺が避けたかった話題だ。
「……君が、私のために色々してくれるからさ。もう私、自分の気持ちに気付いちゃったんだよ」
「……」
梓乃李の絞り出したような呟きに、俺はただ、自身の完全敗北を悟った。
これは……もう無理かもしれない。
流石に、疑いようがない。
「響太君。私、君の事が……」
梓乃李が最後にそう言いかけて、俺は目を閉じた。
ここまで、俺は頑張った。
暁斗の最初の不用意なデート断りから始まり、彼の踏み抜いた地雷を取り除くよう、俺の暗躍生活が始まったのだ。
しかし、全て失敗に終わった。
なんとか梓乃李の闇堕ちは防げたが、肝心なところである『梓乃李を暁斗に惚れさせる』というメインミッションは、ことごとく失敗した。
今日だってそうだ。
せっかく最高の場を用意したのに、何故か梓乃李は俺の方を向いてしまった。
理由はわかっている。
これは、最初から無理ゲーだったのだから。
――俺が、梓乃李の幼馴染として転生した時点で、もう既に狂っていたのだ。
その事実を肯定するように、梓乃李はニヤニヤ笑う。
「なーんてね。この先は言わないよ」
「……」
「それは君から言ってくれないと」
「何のことだか」
「ふふっ。そこまで察しが悪くない事は知ってるよ? 響太君」
先程からいつの間にか、名前呼びになっている事には気付いていた。
やけに耳馴染みの良い響きだ。
当然だよな。
俺は十年前、他でもない梓乃李にそう呼ばれていたんだから。
「まさかここまで私の事庇って、その気がないとか言わせないんだから」
「どうだか」
小悪魔ちっくな言い回しに、つい苦笑が漏れた。
もう完敗である。
俺はその前に、最後に確認しておく。
「っていうかお前、暁斗と遊びに行く予定立ててたんじゃなかったのか?」
「ん? あぁ、確かに金曜に電話で話したね」
「デートじゃないのか?」
俺にここまで言って、別の男とデートとか意味が分からない。
と思って聞いたのだが。
「んー? あれはみんなでまた遊びに行こうねって話だよ? 誰も一対一で行くとか言ってないんだけどなー」
「え、あ、そうなんすか」
「なになに? もしかして――嫉妬?」
「ッ!」
顔が熱くなった。
違う。
そういうわけじゃないんだ。
だがしかし、指摘されたことが何故か猛烈に恥ずかしくなって、俺は思いっきり首を振る。
「違う違う! 誰が嫉妬なんかするか」
「えー、照れなくていいのに」
「ふざけんな。大体俺は、羽崎は暁斗と付き合うべきだと再三言ってきたわけでな?」
「うん。その気はないから安心して?」
終わった。
さりげなく肝心なところを言わせてしまった。
今まで明言はされていなかったのに、俺の発言が彼女の最後の一手を誘導してしまった。
暁斗と付き合う気はない。
今確かに、コイツはそう言った。
この時、本当の意味で俺の計画は破綻が確定したらしい。
「っていうか、梓乃李」
「は?」
急に自己紹介し始めた梓乃李に、俺は首を傾げる。
と、彼女はニコニコしながら続けた。
「私、羽崎じゃなくて、梓乃李」
「そうですか」
「呼んで?」
「……羽崎」
「ふふふ、次に君が私を名字で呼んだ時、右腕も使えなくなってるかも?」
「物騒な事を言うんじゃない!」
「大丈夫。その時は私が両腕になってあげるよ」
「結構です」
相変わらず恐ろしい事を言う奴だ。
やはり痛感する。
コイツはどこまでいっても闇属性の、破滅ヒロインなのだと。
その場で楽しそうに小躍りし始める奇妙な女を横目に、俺はため息を吐く。
――さて、この世界線は死んだ。
梓乃李が明言した通り、暁斗との交際フラグが消えたのだとしたら。
原作シナリオで言うところの、唯一の生存ルートが潰れたことになる。
要するに、梓乃李と俺に残された道は――飛び降り死亡エンドのみだ。
だがしかし、よく考えて欲しい。
ここまで、シナリオは上手く進んだだろうか?
俺が多少動くだけで大幅にズレてきたこの世界だ。
要するに、逆に言えばシナリオ通りに進む可能性が低いという裏付けでもあって。
こうなれば、俺が取るべき選択肢はただ一つ。
はなから原作のどのルートでもない、梓乃李の生存シナリオを作り出すだけである。
『桜散る季節の中で』という原作を、完全に無視してぶち壊してやるのだ。
「響太君」
「はい、なんでしょう」
「君はいつ、私に好きって言っちゃうかな?」
「さぁ、来世とかじゃないか?」
「ふふふ、言うじゃん」
あながち来世という表現が非現実ではない俺にとっては微妙な言い回しだが、とりあえずこの場はこれでいい。
――はぁ、仕方ない。
こうなったら、やってやろうじゃないか。
この破滅ヒロインを、俺がこの手で幸せにして見せる。
例えどんな手を使っても。
美術室に戻って行く梓乃李の後姿を見つつ、俺は改めて決意するのであった。
―◇―
【羽崎梓乃李】
暁斗への好感度:83%(↑)
響太への好感度:100%(♡)
お世話になっております。瓜島 海と申します。
この話で、第一章の完結になります。
お読みいただき、本当にありがとうございました!
続きに関してですが、上で一章と明記した通り、次の二章も執筆予定があるのでその投稿をお待ちいただけると幸いです。
恐らく第二章をもって連載も完結させると思うので、楽しんでいただけるように最後まで頑張って書きます。
次回の更新についてですが、少し置いて【1月10日(土)の20時】から隔日投稿で再開する予定です。
それでは、今後ともよろしくお願いします。
×××
【追記】26.01.09
進捗情報を鑑みて、10日から予定していた連載再開は見送らせていただきます。
お待たせしてしまい、本当に申し訳ございません。
今後の予定や進捗等はカクヨムの近況ノートやXアカウント等で報告させていただいているので、気になる方は確認していただけると幸いです。




