第33話 タイミングだけ良い奴の頂点
心のどこかで、勘違いをしていた。
死という恐怖に迫られつつ、どこかでそれは”梓乃李”という破滅ヒロインに巻き込まれる時のみ、自分を襲う物なのだと思っていた。
雪海の件に首を突っ込んでも、どこか他人事だった。
何故なら、俺の生殺与奪の権を握っているのは、梓乃李ただ一人だと思っていたから。
逆に言うとアイツが生きている限り、俺の生も確実だと思い込んでいたのである。
走ってコンビニの駐車場から出て、しばらく経つ。
腕を押さえながらでも、すぐに撒くことはできた。
転生してから運動神経は良い方だったし、足の速さがここにきて生きたと言えよう。
追手がいないのを確認し、ようやくペースを落とす俺。
息は既に切れている。
「はぁっ、はぁ……。もう洒落にならん犯罪に巻き込まれてるんだが……?」
誰に言うでもなく呟いたが、冗談では済まない事態なため、笑えもしない。
ゲームの世界だからか、もはやめちゃくちゃである。
誰が普通に生きててこんな目に遭うと予想できるんだよ。
歩きながらブレザーを脱いで傷を確認した。
腕はさっくり切られており、血が流れている。
幸い傷口は深くなさそうだが、それでも痛いもんは痛い。
とりあえず胸ポケットに入れていたハンカチでテキトーに止血するも、本来は洗い流して消毒する方が先だ。
疲れ切った足取りで、俺はそのまま歩く。
とりあえず、まずは考えを整理したい。
今日、俺は早瀬にコンビニに連れて行かれたが、あれは十中八九罠だったのだろう。
アイツの狙いは最初から俺の拘束だったと考えて間違いない。
梓乃李への謝罪で俺の警戒を解き、犯行現場に誘導。
その後は亜実達と一緒に、俺を機能停止にする程度に攻撃する。
ここまで全て計算された手口だったように思う。
そして気になる早瀬の発言だ。
俺を殺すつもりはないと言っていた。
人質にして、兄のせいで消えた留学費用を取り返すのだとかどうとか、そんな事を聞いた気がする。
そこで繋がるのが、雪海の言葉だ。
『今現在、二人目の泳がせていた男が怪しい動きを見せているのです。動くなら今しかない。しかもその彼の年下妹弟が本校へ通っているらしく、足掛かりは既に作っています』
ずっと引っかかっていた。
その犯人の妹弟というのが、一体誰なのか。
俺的には別の奴に気が向きかけていたのだが、恐らく今日の話を聞くに、犯人の妹とやらの正体は早瀬なのだろう。
今動いている大学生=早瀬の兄という式が成立すると、自ずと真相が読めてくる。
早瀬は留学志望と言っていたが、そのためには勿論金が要る。
しかし、兄が七ヶ条家の制裁によって転校を余儀なくされたため、色々と金が要り様になった。
聞いていないだけで、他にも慰謝料などを請求されている可能性もある。
となると埋め合わせに削られるのは、早瀬の留学資金で。
前からバイトをしているだとか何とか、そういう話は聞いたことがあった。
それもこれも、失った留学資金を取り戻すわけだったと考えれば辻褄が合う。
と、早瀬はそんな時に、俺が最近こそこそ嗅ぎ回っているという情報を得た。
雪海と違って隙は多いし、何より亜実達から個人的に恨まれていた俺だ。
利害が一致し、亜実達と早瀬は共謀を決行。
狙いは俺の拘束で、恐らくそこから雪海に身代金でも集ろうとしたのだろう。
あの女が俺如きに金を使ってくれるとも思わないし、そもそも復讐モードギリギリの雪海をこれ以上刺激したら……と俺は思うが、早瀬たちは知る由もない。
どうせ俺と雪海の仲が良い~みたいな噂から、関係を誤解したのだろう。
詳細は何にせよ、そうして今日の事件が起きたと。
――大体、こんなところだろうか。
「ふぅ……」
歩き疲れて、俺は道の端に座り込んだ。
流石に傷を負って長時間移動するのは辛いものがある。
家に帰るのは多分無理だ。
あのタイミングで早瀬が俺に接触してきた事から、住所はバレていると思った方が良い。
先回りされている場へ帰っても、飛んで火に居るなんとやらである。
警察に通報するのもなしだ。
理由は二つ。
一つ目は、例の動画の件が蒸し返される可能性があるから。
俺の行動の悪質性はさて置き、邪悪な手段で私的に制裁を加えた事実は変わらない。
この期に及んでそんな悠長な事を言っている場合か? と思わなくもないが、俺もできる事なら大事にはしたくない。
万が一梓乃李に迷惑が掛かったら、それこそ全てが水の泡だ。
そして二つ目は、俺が警察に行くことで雪海や七ヶ条家に不利益をもたらす可能性があるという理由だ。
仮にそのせいで七ヶ条家に目を付けられた場合、口封じとして俺がこの世から消されてもおかしくない。
しかも、既に人死にが出ている事件である。
あの家が極秘裏に動いている事件を、俺如きが表沙汰にしたらどうなるか……。
おぉ、考えただけでぞっとするな。
そして恐らくだが、今、俺の思考回路は相手に読まれている。
アイツらは俺が警察に向かわない事を把握しているはずだ。
あそこまで俺の動画のミスを目敏く注意していたわけだし、警察に行く事を俺が避ける事も予想できるはず。
と、それはそれとして。
こうして俺を逃したのはアイツらにとっても計算外だろう。
もし俺がこの件を雪海に相談したらどうするつもりなのか、その辺の対策が抜け落ちてそうだ。
拘束するための集団暴行だろうに、傷害だけ犯して取り逃がすなんて愚の骨頂である。
しかしまぁ、いじめなんてやる連中だし、詰めの甘さは当然か。
どうせ俺がモブでオタクな陰キャだからと、軽く見ていたのだろう。
こればっかりは俺の人間性能の勝利だ。
すまん、俺、前世の運動知識が残ってたからスポーツできるんだわ。
チート使っててすまんな、はははっ。
はは……。
「はぁ……」
現実に戻り、ため息を漏らした。
前から思っていたが、この世界はハードモード過ぎる。
暁斗の代わりにイベントを進めていたらこれだ。
こんな展開、『さくちる』原作では勿論なかった。
まさか、周りの奴らに『七ヶ条先輩の噂知ってる?』と聞いていただけで足がつくとは思わないだろう。
裏でアイツらまで絡んでいただなんて……。
知らないものは対策できないのである。
いやでも、むしろ逆か。
知り過ぎているから、見えない範囲に目がいかないのだ。
俺は『さくちる』のシナリオを、鵜呑みにして安心し過ぎていたのかもしれない。
知っているシナリオが全貌だと早とちりしていた。
現在進行形でシナリオと逸れまくっているのに、我ながらお花畑な脳みそだ。
あと散々考察してなんだが、亜実や早瀬の関与はまだ不明確な事も多いし、ほとんどが俺の予想でしかない。
もしかしたら、こうして俺を取り逃がして泳がす事も、彼女らの作戦なのかもしてないのだから。
早瀬の兄が雪海の暴行事件に関係していた事くらいしか、自信を持って断言できる情報は得られていないのだ。
再び立ち上がる俺。
ふらふらと、重い足取りで道を進んだ。
行く当てもなく歩き過ぎて、もはや知らない場所だ。
この辺は地元でもないし、店もない住宅街なため未知のエリアである。
と、そこで俺はふと何か気になった。
辺りを見渡し、首を傾げる。
「おかしいな。この道、どっかで見た事があるぞ?」
踏んだ事もないはずの道路に、おかしな感想だというのはわかっている。
だが、確実に俺はこの道を知っていた。
何度も、目にしたことがあるような気がした。
そしてすぐに、答え合わせが行われる。
「あれ、響太? こんなとこで何してるの?」
「あぁ――そういうことか」
後ろから声をかけられ、俺は理解した。
そうだ。
知っているはずだ。
何度も見た事があるわけだ。
だってここは――。
「……原作通り、なのか」
『桜散る季節の中で』の主人公、須賀暁斗の家の前に違いないのだから。
前世で何度も見た背景画と一致する景色に、ようやく合点がいった。
振り向きざまに呟く俺に、暁斗は驚いた顔を見せつつ、すぐに笑う。
「こんなところで会うなんて珍しいね。何か用があったの?」
「いや別に……って、そうじゃなくて。丁度良い機会だ。暁斗、頼みがある」
「何?」
「今日、泊めてくれないか?」
唐突な言葉に、暁斗はさらに目をぱちくりさせた。
よく見ると彼の隣には葵子もいて、彼女もびっくりしたように俺を見つめている。
そして。
「明日は土曜だから長い夜になるけど、良いの?」
「あぁ、俺もお前に話したい事が山ほどあるから」
「じゃあ丁度良いね」
快く受け入れてくれた暁斗に、心底安堵した。
ここにきてようやく、俺はコイツに救われたのだ。
「え、ちょっと豊野くんっ!? その腕どうしたのっ!?」
「あー、その話はまた後で」
「いやいやいやいやっ。無理があるでしょっ!?」
騒がしい葵子の質問攻めに遭いながら、暁斗の背中を追う。
こうして、俺というモブは絶体絶命の危機を主人公様に救われるのであった。




