第32話 モブ陰キャ、ついに終わる
特に何が起こるわけでもなく勉強会を終えた後。
時刻は気づけば午後19時を回っており、真っ暗だ。
残って作業をすると言っていた雪海以外は、全員で仲良く下校と洒落込む。
途中までは季沙や梓乃李達と帰り、道が分かれて一人になった。
「……寒いな」
既に5月16日と、かなり温かい時期に入ってはいるが。
やはり夜になると冷え込んだ。
それに、最近は物騒な話をしていたものだから少し緊張感がある。
暗がりから怖い人が出てくるかもしれないと、謎の警戒をしてしまうわけだ。
ほら、丁度今そこの曲がり角から人影が――。
って。
「うわあぁぁぁッ!?」
「わぁぁぁっ!? ちょ、ちょっといきなり大声出してどうしたんですか!?」
「……いや、すまん」
本当に人が出てきて思わず大声を上げてしまった。
仰け反る俺に、相手も仰天する。
そしてよく見ると、それは同じクラスの知り合いだった。
髪にカチューシャを付けた快活そうな女子。
名前は早瀬だったか。
思いっきりビビり散らかしてしまって恥ずかしい。
俺の奇行に早瀬は驚きつつ、しかし微笑みかけてくる。
「豊野君だよね。今帰り?」
「あ、あぁ。勉強会してたから」
「右治谷君から聞いてるよ。私はついさっきまでバイトでね? せっかくだから一緒に帰ろうよ」
「え……。まぁ別にいいけど」
特に接点はない女子だ。
そりゃ勿論、学校生活の中で何回か口を利いた事はあったかもしれないが、その程度。
前に言った通り、なんなら苦手な子だ。
だから何故わざわざ一緒に帰ろうと思うのかよくわからないが、断る理由も見つかたなかったから俺は頷くしかない。
それと少し思う。
――もしかして俺、モテ期が来てるのか?
梓乃李や雪海、季沙に桜花など色んな女子と話す関係性になった今。
葵子とも顔を合わせたら話をするし、女友達は順調に増えている。
それもこれも俺的には破滅回避の立ち回りに過ぎないのだが、理由はどうであれ女の子に囲まれる時間も増えているわけで。
なんてふざけた事を考えていると、早瀬が声のトーンを落とす。
そして急に言ってきた。
「あの、さ。謝りたいことがあるんだけど」
「え?」
「私その……羽崎さんの事、前に無視しちゃってたから。いじめの件も見て見ぬふりしてたし、なんて言うか……本当にごめん」
「……」
以前、季沙達の口から早瀬の話が出た時も思った事だが。
早瀬が梓乃李のいじめに中立どころか、若干加担していた側なのは把握していた。
実際に俺は無視どころではなく、亜実達と一緒に笑っているところを見た記憶があるし、その時からコイツの事は好きではなかった。
しかし、急な謝罪に面食らったのも事実だ。
目をぱちくりさせていると、早瀬はさらに続ける。
「正直、もてはやされてる羽崎さんにイラっとしてた部分もあってさ。でもいじめが収まって思ったんだ。私、サイテーだったなって」
「あ、あぁ。そう」
随分正直な奴だ。
余程反省しているのか、早瀬は泣きそうな顔で何度も「ごめん」と言っていた。
そんな姿に少し見直す俺。
いじめなんてきっかけは単純なものだし、亜実達が踏ん反り返っていた手前、早瀬もわざわざ止めようと動くこともできなかっただろう。
嫉妬心だって、誰にもあるものだ。
終わった後にこうして反省して謝れるのなら、大したもんだと思う。
許すとか許さないとかは別として、反省自体は評価すべきと言うのが俺の価値観だ。
もっとも、その謝罪の対象はお門違いな気もするが。
「ね、ねぇ。お詫びと言っちゃあれだけど、コンビニでアイスでも奢られてくれない?」
「いや、さっきから思ってたけどそういうのは羽崎に言えよ」
そう、俺に言われても仕方ないのである。
こちら、ただの幼馴染でしかない。
彼氏候補という意味でも、俺より暁斗の方が適任なわけで。
しかし早瀬は気まずそうに目を逸らす。
「それは向こうも嫌がると思うな。豊野君、逆の立場で考えてよ。いじめに加担してた人に急に謝られて蒸し返されるの、どう思う?」
「……まぁ確かに、気持ちの持って行きどころがないな」
「でしょ?」
謝罪というのは押しつけだからな。
反省したんだから許してよ!なんてのは、許してもらう側がスッキリしたいがためだけの自己満足。
納得しつつある俺に、早瀬は両手を合わせた。
「だからお願い。迷惑なのは承知だけど、私もこのままじゃ収まりつかないから」
「まぁ、そういう事ならいいけど」
俺としてはタダでアイスが食えるだけだし、デメリットはない。
若干面倒に思いつつ、俺達は二人でコンビニに寄った。
◇
コンビニで購入したアイスを外で食べる。
駐車場は異様なほど静かだ。
普段なら近所の高校生なんかが騒いでいるのに、何故か今日は無人。
不気味なくらいである。
何か背筋が凍るような異様な雰囲気が、立ち込めている気がした。
と、そんな静寂に唐突に笑い声が響き渡った。
「ふふっ、あははははっ!」
「え?」
急に笑い始めたのは早瀬だった。
何が面白いのか、腹を抱えて笑っている。
いつの間にか食べていたアイスは地面に投げ捨てられ、べちゃりと溶けている始末。
意味が分からない。
「豊野君、もしかして私が本気で反省してると思った?」
「は――?」
「あーあー、毎回やる事が大きすぎるんだよあんた。七ヶ条先輩と何か企んで最近嗅ぎ回ってるって聞いたからさ? 面倒事押し付けられちゃったじゃん」
「お前、何言って……」
「ま、お金貰えるからいいんだけどねー」
早瀬の大声を合図にしたのか、静かすぎる駐車場に足音が響く。
数的に、一人や二人じゃない。
恐らく五人くらいはいる。
音のした背後を振り向くと、そこには見覚えのある顔があった。
ここ最近はすっかり記憶の隅に消えつつあった、一目見るだけで虫酸の走る面だ。
それを見て、俺の中で色々繋がってくる。
――なるほど。
どうやら俺はハメられたようだ。
背後から出てきた集団の中央に立つ加藤亜実は、俺に笑みを見せてきた。
「久しぶりじゃん、キモオタ」
「開口一番酷い言い草だな」
「事実じゃん?」
最後に話した時は殊勝な態度だったはずだが、随分な態度の変わり様だ。
まるで自分たちが優位だとでも言わんばかりの表情。
自信満々なその顔に、俺は焦る。
マズいな。
あからさまな剣呑な雰囲気に、身の危険をひしひしと感じる。
……もしかしたら俺、今からここでボコられるのかもしれない。
真面目な話、生身の一対一なら負ける気はしないが、武装されているかもしれない上に、相手は五人組。
多勢に無勢と言う奴だ。
どうしたものかと俺は考えを巡らせる。
と、亜実は再び笑い始めた。
「お前さ、アタシらをビビらせるために嘘ついてたっしょ?」
「何の話だよ」
「あの時お前が撮ってた録画、冷静に考えてミスだらけじゃん? 自分の脅迫音声も記録してるわけで、アタシらの事脅して退学させたとか、そんな事警察に知られたらお前もマズいんじゃないの? だからほんとは脅しの材料になんかならないんじゃないのー?」
「……」
どうやら色々と過去の綻びが災いを引き起こしているらしい。
馬鹿だから気付かないと思ったが、誰かの入れ知恵だろうか。
ここに来てついに、あのミスがコイツらのブレーキを壊してしまったようだ。
「別に、その部分だけ編集して消せばネット民にはバレないぞ」
「でもバズったら警察が調べるくね?」
「さぁ、どうだろうな」
苦し紛れに誤魔化そうとしたが、こちらの弱みは完全掌握されている。
脅しも通用しない、か。
というか、そうか。
だからこいつらは今ここに居るのか。
俺はあの時、今後梓乃李に手を出したら動画を晒すと脅した。
しかし、その動画はミスがバレて脅しの機能を失った。
そしてそもそも、俺は自分に復讐するなという事は交渉の条件に含めていない。
筆箱事件を終えた後、廃校舎で一人『今後俺が個人的に刺される可能性』なんてリスクを冗談めかして考えて笑っていたが、事実になってしまったようだ。
やっぱりフラグなんて立てるもんじゃない。
じりじりと詰め寄ってくる亜実達に、俺は腰を浮かせて対応の準備を始める。
――と、その時だった。
もう遅かった。
「こっち見なよ」
言われた瞬間、真横でキラリと何かが反射した。
慌てて飛び退くも、左腕に微かな痛みが。
完全に警戒の外に居た早瀬が、俺の左腕を切りつけていた。
「ッ!?」
咄嗟に距離を取る俺に、早瀬はゆったり詰めてくる。
「大丈夫。殺しはしないよ? クズお兄のせいで消えた留学費用を取り返すためにも、あんたにはただ人質をやってもらうだけだからぁ」
早瀬の言葉に、頭がクリアになる。
アドレナリンが出ているのか、痛みより夜風の冷たさの方が強く感じた。
そんな中、彼女の言葉を驚くほど冷静に聞き取り、頭の中で展開する。
――犯人の年下妹弟、犯人家族の連帯責任、海外留学、バイトの紹介……。
次々に今までの様々な会話がキーワードだけ頭によぎった。
あぁ、そういう事だったのか。
そりゃ雪海も動くわけだ。
事件は思ったより死角で、そして複雑に絡み合いながら既に始まっていたらしい。
と、混乱から覚めた頭で、俺は即座に次の行動を選んだ。
「あははっ! 何度もヒーローごっこが上手くいくと思うなよ!」
亜実の声を合図にして、女子たちが一斉に追いかけてくる。
俺はそれを受けて――逃げ出した。
脱兎のごとく、全力で闇に溶け込むのであった。




