第31話 計算高い猫かぶりはモブに擬態できない
息の詰まる美術室から退室した後。
少し外の息を吸いたくて校内を歩いていると、意外な人物に遭遇した。
小顔過ぎてマスクで目まで隠れそうな顔に、髪は後ろで結んだだけの地味な女子生徒。
スカート丈も長く、ぱっと見スルーしてしまいそうな風貌だ。
しかし、俺は立ち止まってそいつを確認する。
「あら、奇遇ね」
「久しぶりだな、白城さん」
幸い相手も俺に気付き、反応してくれた。
少し前、家で匿った時以来の白城桜花である。
それにしても、凄いな。
こうして学校で地味子擬態モードの桜花を見たのは初めてだが、これは確かに美貌のほとんどを隠せている。
顔の小ささはどうしようもないが、スカート丈を長くする事で足の長さを隠し、髪も遊び一切なしのヘアゴム一本縛り。
これはぱっと見だと男の興味センサーから搔い潜れそうだ。
……あくまで、ぱっと見だが。
「ちょっと、人の事ジロジロ見て何よ?」
「なんでもないです」
「あっそ」
相変わらず、俺には猫を被る気がない様子の桜花。
他の生徒とすれ違う時には今も『さようなら。気を付けて帰ってくださいね?』なんて丁寧に話しているのに、俺にだけはやけにラフだ。
本来なら主人公の暁斗にしか見せない一面だったはずだが、この狂った世界線だと何故かそれが俺にも向けられている。
役得――ではなく、困ったものだ。
と、そこで桜花がくいっと親指で窓を指す。
「ちょっと付き合いなさいよ」
「……え、飛び降り?」
まるで今から窓を出ようと言わんばかりの仕草に、目を見開く俺。
一応言っておくが、ここは三階である。
大怪我は間違いないし、何なら最悪死ぬ。
どうしよう。
ついに梓乃李以外の女との心中フラグが立っていたとは……。
なんてふざけた事を考えていると、「はぁ?」と心底機嫌悪そうな顔を向けられた。
「この前のお礼も兼ねてジュースでも奢ってやるって言ってんのよ」
「そうならそうと言ってくれ。心臓に悪い」
「いや、普通に考えて飛び降りろとか言うわけないでしょ」
「生憎、その普通は俺にとっては地雷なんだ」
「え、何言ってるかわかんないんですけど。あんたアレなの? 自分の世界に浸りながら会話しちゃうタイプの陰キャ?」
「はぁ、さっさと行くぞ」
どうせ理解なんてしてもらいのだから仕方ない。
ため息を吐く俺に、桜花はやや不満そうにしながらついてきた。
◇
校内の中庭。
自販機等が並ぶ場所は、放課後という事もあって無人だった。
ベンチに座りながら、二人で黄昏れる。
「あんた、テスト勉強はどう?」
「丁度友達とやってる最中なんだよ。今は小休憩中だけど」
「へぇ~」
「……」
「……」
「もしかして会話下手?」
全然弾まない会話に痺れを切らして言うと、横から器用に脛を蹴られた。
「女の子と話せてるんだからありがたがるべきでしょ?」
「いや、今の今まで超可愛い子達と話してたばっかりなので、女の子はおなかいっぱいと言うか」
「は? 誰?」
「羽崎梓乃李と七ヶ条雪海先輩」
名前を出した瞬間、桜花が興味なさげに頷く。
「あぁ、半端にモテたからいじめられてた子と、言動が一々傲慢過ぎて死ぬほど嫌われてるお嬢様ね」
「いやどんな言い回しだ」
悪意しか感じられない解釈に流石の俺もドン引き。
どうやら桜花的にはどちらも好きではないらしい。
と、俺の表情に何か思ったのか、桜花がこほんと咳払いした。
「言い過ぎたわ。ごめん」
「いやまぁ、芯は食ってるというかなんというか」
言い草は最悪だが、二人の最近の状況を表す端的な言葉だったとも思う。
奢ってもらった抹茶オレを吸いながら、風に吹かれる放課後。
ここ最近の重苦しい日々から、少し解放された。
あの美術室に居ると息が詰まって仕方ない。
というか、せっかく会ったのだから桜花にも話を聞いてみておくか。
友達関係が希薄な桜花だ。
何か情報が得られるとも考えづらいが、一応主要キャラだから聞いておいて損はない。
「白城ってさ、七ヶ条先輩の噂聞いた事あるか?」
「噂って、去年襲われたって話?」
「あ、あぁ。知ってるのか」
「勿論よ。一時期ネットで誰かが書き込んでるのが注目されてたし、あたしもそれは見た事あったから。ま、面白いくらいの速さで出所も投稿アカウントも消されてたけど」
まさかの大当たりな情報が出てきた。
ここにきて初めての情報に、俺は身を乗り出す。
「内容は? どのくらいの信憑性の噂だ?」
「いや別にあたし、興味なかったから大して読んでないわよ。まぁそこでチラッと見たのは、犯人の一人が親もリストラされて路頭に迷ってる……みたいな書き込みだったかしら」
「……」
丁度、雪海から先日聞いた話と合致する。
犯人の父親を制裁として解雇し、そのままその家庭が崩壊していった話だ。
ならば確かに……事実に近い書き込みである。
だがしかし、何故そんなものがネットに放出されたのだろうか。
七ヶ条家をもってしても、ネットでの発信規制までは難しかったという事か。
ますますネット社会は恐ろしい。
「仮にその話が本当だとして、七ヶ条もやるわね。仕事場にまで根回しされたら、職を失って貧困まっしぐら。犯人以外の家族はいい迷惑ね。しかも再就職も困難だろうし、まださらに何をされるか分かったもんじゃない……そうなったら国外逃亡くらいしかないのかしら」
「どうだろうな。七ヶ条なら国外まで手を回してきそうだけど」
それにしても、考察力が高い女だ。
多少の情報だけを頼りに、よくもこんなにすらすら考えを纏められるもんだ。
桜花の話に感心しつつ、俺も考える。
今動いているのは、大学生の反社だか半グレだかヤンキーだか、そういう危ない奴という話だった。
大学に入って仲間を付けたとも言っていたし、再びそれを雪海に差し向けてくる可能性もある。
正直そっち方面には知識も伝手もないから、俺は対策などわからない。
そもそも俺は復讐には付き合わないという体で話は終わっている。
この件にどこまで首を突っ込むべきか、わかりかねていた。
と、そこで桜花がまた話し出す。
「でも七ヶ条先輩も馬鹿よね。目立たないように振る舞っとけば、誰かから敵対されて危険な目に遭わせられたりなんてしないのに」
「まぁ、な」
「いじめも一緒。こういうのは標的にならないように立ち回るところから戦いなの。勿論悪いのは攻撃してくる側だけど、避けられないトラブルには自分からケアしてリスク管理するしかないじゃない。抑止力よ」
ドライなように思えて、一番本質を捉えた対策に思えなくもない。
しかも、桜花が言うと説得力がある。
俺は彼女の容姿を眺め、しみじみと言った。
「その点、白城さんは徹底してるもんな」
「あたしの何を知ってるのよ」
「いや、猫被ってるじゃん。それだけ地味キャラに擬態しとけば、変にやっかまれることも嫌われることもない。計算だろ?」
「どういう意味? まるであたしが本来モテるとでも言いたげね」
「そう言ってるんだけど」
「……ッ!」
桜花はしたたかな女だ。
同じ学校に梓乃李という、モテたせいでいじめの標的になった女がいるのなら、同じ事態を回避しようと画策する。
原作シナリオでも知っていた事だが、実際に話すとより考え抜かれた処世術なのだと思わされる。
俺の言葉を受けて、桜花はやや嬉しそうに鼻を鳴らした。
「ふーん。よく見てるじゃない。まぁあんたには素も見られてるし、わざわざ隠す必要もないか。あたしの可愛さに気付いたのはあんたが初めてよ」
「そりゃ良かった」
「ふふん。どうよこの完全芋女子コスプレは」
一度褒めると、調子に乗って次々に解説してくる。
もはやコスプレとか言い始めちゃった。
一回他の陰キャ女子に怒られて欲しい。
しかし、だ。
俺はそんな彼女に鼻で笑う。
「はは、でもコスプレとは言い得て妙だな」
「はぁ?」
「いくら地味な着こなしをして顔の大半も隠しても、どうしても素材の良さは隠しきれない」
「な、なにそれ。……でもそもそもあたし、まだ誰からも告られてないし、可愛いとも言われてないから」
「馬鹿だなお前。男の中にはみんなで噂して盛り上がりたいアイドル美人枠と、俺だけがこの子の良さを知ってるんだ……!って浸りたい独占ガチ恋枠があるんだよ」
後者を友達間で口に出すことなんてない。
何故なら競争倍率が上がるから。
しかも相手が陰キャ気質なら、俺でもいけるかもという浅ましい感情も引き起こしているわけで。
俺はこうしてある程度の時間、桜花と至近距離で会話して気付いた。
コイツは、擬態し切れていない。
やはり腐ってもエロゲヒロインで、俺の最推しなのだ。
魅力が滲み出ているし、見ていれば気づけてしまう。
そしてそれは、同じクラスの隣の席になった男子なんかにも同じことが言えるわけで。
要するに、ぱっと見しか通用しない擬態なのである。
「多分男子の何人かはお前の可愛さに気付いてるぞ。取られたくないから噂しないし、広まらないだけで」
「な――ッ!?」
ま、現役大人気モデルなんだから当たり前だわな。
男子の話ばかりしたが、恐らく女子にもバレている。
本人の交友関係が希薄過ぎて、知り得ないだけで。
飲み終わったパックを潰し、ゴミ箱に放り投げる俺。
いい気分転換になったし、もうそろそろ闇の美術室に戻ろう。
「ご馳走様。今度は俺が何か奢るよ」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよぉ!」
後ろで何か叫んでいる美少女に、俺は背を向けるのであった。
―◇―
【白城桜花】
暁斗への好感度:60%(→)
響太への好感度:?%(↑↑↑)




