第30話 嫉妬心を弄ばれる破滅ヒロイン
梓乃李と一緒に話していると、スマホに通知があった。
俺はそれに目を落とし、すぐさま顔を顰める。
『余計な事を喋ったら許しません』
差出人は言うまでもなく雪海。
絵の下描きをしていたはずなのに、いつの間に連絡を寄越してきたのか。
チラッと視線を寄越すと、ちゃっかり舌を出してきている。
いつの間にか、冷淡だった先輩が日に日にお茶目になっていくんですが、これは一体。
……少し可愛いとか思ってしまう自分を殺したい。
一番のチョロインは俺という、まさかの結末は避けたいところだ。
というか、心配せずとも雪海の復讐の詳細なんか話すわけがない。
もし部外者に漏らそうものなら、その時は口止めとして抹殺対象が俺に移るだけだ。
雪海が俺に相談してきたという事から、一見心を開いてくれているだけなようにも思えるが、問題は複雑に捉える必要がある。
要するに、万が一の際にすぐに切り捨てられる存在としても見られているわけだ。
そう考えると鳥肌が立つ。
恐らく口の堅さを買われているだけではないので、勘違いはやめよう。
何はともあれ、俺と梓乃李の会話が届いているのは嬉しかった。
何か彼女の想いに変化を与えられるならなお良し。
外から戻って来た成績不振者三人衆と入れ替わりで、俺は一旦美術室を出た。
◇
豊野響太が美術室を出た後、羽崎梓乃李はじっと考え事に耽っていた。
――最近のあの人、なんか様子が変。
言うまでもなく、響太の件である。
常に響太を凝視している梓乃李にとって、彼の最近の動きの不自然さは明確だった。
昔から独特な雰囲気だとは思っていたが、それにしてもおかしい。
考え込んでいる時は毎回落ち込んでいるように見えるし、何かがあったのは明白だ。
それに、目つきにも違和感を覚えていた。
時折響太が見せる、ぞっとするような目つきだ。
それは言うなれば、人でも殺しそうな雰囲気だと梓乃李は感じていた。
「……はぁ」
――だからなんで私、あの人の事ばっかり考えてるんだろう。
ここ最近、意図的に距離を置く様にしていたはずなのに。
結局気にしてばかりな自分に、嫌になる。
もはや自分でも何がしたいのかよくわからなくなっていた。
そんな中、つい先程の会話の内容が引っかかる。
「なんで今更、復讐とか言い出したんだろ」
あの事件は終わった。
響太が犯行の現場を証拠に抑え、グループを退学させた事で解決したはずだ。
実際、あれ以降梓乃李がクラスで無視されることはなくなった。
ほぼ全員から避けられていたとは言え、その内情はみんなが亜実達を刺激しないように振る舞っていただけ。
大半は梓乃李に明確な悪意があったわけではないのである。
それなのに、急に復讐だなんて言われて困惑した。
そして梓乃李は思う。
――まさか、また何か危ない事をしようとしてるのかな。
響太の大胆さには驚かされたばかりだ。
数週間前とは言え、あの録画音声を聞いた時は鳥肌が立った。
普段大人しいからこそ、ギャップでかなり印象に残っている。
そんな彼の危うさが――もし最近の態度と繋がっているのだとしたら。
と、響太の事で考え込んでいると、隣の席に誰かが座る。
「考え事ですか?」
「え、あっ。七ヶ条先輩……」
気付けば端正な顔が間近にあって、梓乃李は息を呑んだ。
一つ上の、家柄も容姿も成績も何もかもが凄い先輩。
こうして一対一で会話するのは初めてで、緊張する。
と、それが伝わったのか、珍しく雪海の方から表情を崩した。
「その本は考査範囲ではないと思いますよ?」
「わっ! ご、ごめんなさい! 間違えちゃってた……」
言われてよく見ると、梓乃李が開いていた教材は美術教本だった。
解剖学やら難しい事が書かれており、テンパる。
考え事に夢中になり過ぎて、近くにあった違う本をよく確認せずに開いてしまっていたらしい。
机には自分の教材の他に美術本が何冊か置かれていたから、間違えてしまったのだ。
……それもこれも全ては雪海の整頓能力の低さが招いた事ではあるが、ここは割愛する。
「どうかしたの?」
「……豊野君が考えてることが、日に日にわからなくなってて」
質問され、梓乃李は思い切って悩みを吐き出すことにした。
対して、響太の名前を聞いた雪海は含みのある表情を浮かべる。
「確かに、不思議な後輩だとは私も思っています。会話すればするだけ、彼のふざけた調子に狂わされる。……全く苛立たしい限りよ」
「……随分親しいんですね」
「そう思いますか?」
「だってそうじゃないですか。ここ最近の勉強会だって、二人でこそこそ話しているのを見ますし。あの人もよく先輩の事を話してますよ。そもそも先輩が他の男子と話してるとこなんか見た事ないですし、あの人にだけ特別なのはわかります」
「ふふ、急に饒舌ね」
「っ!? ……べ、別にそんなんじゃないです」
ついむきになってしまい、無性に恥ずかしくなる梓乃李。
そんな彼女に雪海は意地悪く口端を歪める。
「気になりますか? 彼の事が」
「まぁ、はい。私は幼馴染なので。一応」
「あら、そう」
聞かれてもないのに幼馴染であると宣言したところ、雪海はさらに面白そうに笑った。
どんどん自分の立場が弱くなっている事を察し、梓乃李はムッとする。
明確に自分が今遊ばれている事は、何となく気付いていた。
それにしても、やはり変だ。
梓乃李は自分の感情にここでまた困惑する。
なんで雪海に張り合っているんだろうか。
幼馴染だなんて言ったけど、正直ここ最近までほぼ会話すらしてなかった、顔馴染程度の関係性でしかないはずだ。
とてもじゃないが、親密さをアピールするレベルではない。
だけど、どうしても言っておきたかった。
というより、釘を刺しておきたかったと言う方が正しいだろうか。
この感情は……一体何なんだろう。
答えが出ずに唸り始める梓乃李。
と、そこでふと思う。
――っていうか、帰り遅くない?
教室を出て行ってから一向に帰ってくる気配のない幼馴染に、梓乃李は違和感を覚えた。
そして同時に、嫌な予感がする。
友達も少ない響太の事だ。
あまり意味もなく出歩かないのは知っている。
そしてトイレにしてはやけに帰りが遅い。
これはもしかして……また誰か別の女と会ってる?
既に梓乃李の中では、女好きのすけこまし野郎というレッテルを張られている響太。
梓乃李が響太に疑いの目を向けるのは必然だった。
「彼、遅いですね」
「今頃どうせまた他の女の子と話してるんですよ。喜嶋さんとかその辺りと」
雪海の言葉に、ぶっきらぼうに返す梓乃李。
それを見て雪海は再び笑うのだった。




