表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/7

第2話 モブ陰キャ、好感度調整に挑む

 主人公の選択肢によってシナリオが分岐するエロゲの世界。

 一度外したら、その世界線でのリカバリーは不可。

 バッドエンドまで見るか、諦めて別のセーブデータでニューゲームするしかない。


 主人公は自分のしでかしたミスの大きさなどつゆ知らず、楽しげに笑いながら男友達と教室を去っていく。

 俺はそれを見て頭を悩ませた。


 たった今、この世界線において梓乃李の死は確定した。

 暁斗が最初のデートイベントを飛ばした時点で梓乃李ルートに入ることはできなくなったため、彼女はこの先どこかのタイミングで飛び降り自殺を試みる。

 そしてその時、俺も巻き込まれて死ぬ。


 仮に梓乃李が飛び降りを決行したとして、俺だけが死を回避できるのかどうかは知らない。

 自殺の詳しい描写は原作でも確認できなかった以上、リスクをゼロにするためにはシナリオを無理やり変えるしかないのである。

 気は進まないが、仕方あるまい。


「おはよう」

「……あ、豊野君」


 決心して話しかけた俺に、梓乃李は微妙な笑みを向けてきた。


 ショートボブに切り揃えられたダークブラウンの髪が、振り向きざまに靡く。

 同時にほんのり甘い香りが流れてきた。

 ナチュラルメイクに彩られた圧倒的な風貌に、俺は笑顔で手を上げる。


 ちなみに、俺と梓乃李は幼稚園から小学校、中学校と同じ環境で過ごしたが、逆に言うとそれだけの関係だ。

 その証拠に、付き合いの長さに反して名字呼びという距離感。

 ラブコメにありがちな『家族ぐるみの付き合いな上に家も隣な腐れ縁で~』的ご都合関係ではない。

 本当に、昔からずっと一緒に居るだけのただの顔馴染なのだ。


「何の用かな?」


 無関心さがありありと伝わる淡白な言葉に、早くも顔が引きつる俺。


 ――わかってはいたが、モブの俺と梓乃李とじゃ心の距離が開き過ぎじゃね?


 というか、女子特有の生理的拒絶結界に阻まれて鼻水が出そうになる。

 あの、モブの癖にイキがってすみません。

 これ以上踏み込めないんですが一体。


 この関係値からどうやってこいつの死亡フラグを叩き折ればいいのかと、出鼻を挫かれた。

 しかし、ここで折れるわけにはいかない。

 

 俺がまずやるべきなのは、先程の暁斗のバッドコミュニケーションの尻拭いである。

 梓乃李の中で地に落ちたあいつへの好感度を、無理やり元に戻すのだ。

 ゲームで言うと今はまだ序盤の共通ルートと呼ばれる段階なため、まずは梓乃李とのフラグを立ててもらわないと困る。

 そこを俺の力で若干弄ってやろうという話だ。

 名付けて『梓乃李ルートに導いてやろう作戦』である。


 というわけで、まずはジャブ的な会話から懐に潜り込むきっかけを見つけよう。


「羽崎とは長い付き合いだよな。二年になってクラスも一緒なのは驚いたよ」

「そうだね。って言っても、昔からあんまり話してはなかったけど」

「ま、まぁな」


 ピシャリ、と心のシャッターを閉められる音がした。

 試合終了。

 お疲れ様でした。


 ……いやはや、なかなか手強い。

 そして俺のメンタルにも大ダメージだ。

 話す気のない女子と会話を続ける事ほど、難しい事はないから。


 生憎、前世から女子との会話が得意な性分ではないのだ。

 初歩的なところで作戦の遂行が滞って情けない。


 しかし次の手に悩んでいたところ、意外にも梓乃李の方から話を広げてくれた。


「ってか、豊野君から名字で呼ばれると違和感あるね。ほら私、高校に入るタイミングで親が再婚して名字変わっちゃったから」


 苦笑する彼女に頷く。


 俺が最近まで転生したと気づけなかった理由は、実はこのせいもある。

 梓乃李とは幼少期から付き合いがあったが、名字が違ったからエロゲのヒロインだとは気づけなかったのだ。

 それに、中学くらいまであまり美人として目立ってもなかったからな。

 まさか幼馴染のこの子が俺を死の淵に引きずり込む死神だとは、夢にも思わなかった。

 

 と、梓乃李が会話モードに入ってくれたため、俺も本題に移る。


「最近須賀と仲良いよな」


 アイツの名前を口に出した瞬間、梓乃李の顔は面白いくらいに曇った。


「……さっきの聞いてた?」

「まぁな」

「どう思う?」

「どう思うって……まぁ、仲良さそうに見えてたから断るとは思わなかったな」


 暁斗と梓乃李の関係はここ数日で注意して観察していたが、はっきり言ってあの男の言動は思わせぶりだ。

 エロゲ主人公だから当然なのだが、リアルに存在する人間として見るとたまにイラっとする部分はある。

 と、俺の同調を受けて梓乃李は身を乗り出した。


「でしょっ!? あり得ないよね!?」

「わ、悪い奴ではないと思うから、あんまり気にするなよ」

「だからって、あんな断り方するかな普通。大体さ――」


 一度開いた口はそう簡単には閉じない。

 ここから梓乃李の堰を切ったかのような愚痴が始まった。

 最近の思わせぶりな態度がむかつくだの、毎日宿題をやって来なくて困るだの、でも頼られてちょっと嬉しいだの、それはそれとしてノンデリが許せないだの。

 途中若干惚気が混じっていた気がするが、気のせいだろう。

 あと最後のノンデリに関しては仕方ない。

 だってアイツ、エロゲ主人公だもの。

 悪い奴ではないが、一部にとっては女の敵みたいなもんだからな。


 なんにせよ、だ。

 俺が思っていたより、暁斗への好感度は下がっていたらしい。


「まぁまぁ」


 宥めると梓乃李はジト目を向けてきた。

 余程暁斗の言動に振り回されているようだ。


 しかし雑談はさて置き、ここで一旦『さくちる』というゲームの本質に戻る。


 このゲーム、ヒロイン達には全員に重めの問題が隠されている。

 それを解決していくのが主人公・須賀暁斗の仕事なのだが。


 目の前でぷんすか愚痴っている破滅ヒロインの問題は、いじめだ。

 クラスの女子からの陰湿ないじめを、梓乃李は現在進行形で受けている。


 愚痴りきって疲れたのか、梓乃李は自嘲気に笑い始めた。


「わかってるよ。あの人が凄く優しい人だって。……こんな私にも今教室で話しかけてくれる、唯一の人なんだもん」

「……」


 梓乃李のいじめはただの妬みだ。

 入学時から美人と言われてちやほやされていたのが、気に入らなかったらしい。

 軽い無視程度で済んでいたのが二年に上がって一気に深刻化し、クラスの中心女子連中から徹底的に嫌がらせされている。

 このまま暁斗が梓乃李を救えない場合、いじめに負けた絶望バッドエンドが待ち受けるわけだ。

 あまりにも救いがない未来である。

 

 しかし、そこで梓乃李は表情を緩めた。


「あ、でも君で二人目だね。話しかけてくれる人」

「一応幼馴染なんだから当然だろ?」

「幼馴染……。ふふ、そうだね。うん」

「え、何故笑うんデス?」

「いや、君がそういう絡み方してくるとは思わなかったからびっくりして。普段はずっと一人の世界に籠ってるじゃん?」

「コミュ障陰キャで悪かったな!」


 おい、どうなってるんだコイツの中の俺の評価は。

 いや確かに薄々気づいてたさ。

 でもまさか、ここまではっきりモブ扱いされていたと知らされるとは思わなんだ。

 ちょっぴりショックである。


「別にそういう意味じゃないよ?」

「……まぁそれはいいよ」


 謎なフォローに溜息をつく。


 俺の扱いはどうでも良い。

 とりあえず大事な事を伝えておこう。


「それよりも後で須賀とはきちんと話しておけよ」

「なんで?」

「アイツ、鈍感なだけだからさ。でも話せば伝わるって」

「っ!? ……何それ? まるで私があの人の事を好きだとでも言いたいの?」

「え? あ、いや。気に障ったならすまん」


 暁斗への好意はゲームの知識なんてなくてもバレバレなのだが、俺に指摘されたのが不満だったらしい。

 梓乃李は含みのある視線を向けてきた。


「君、やっぱり二人目だよ。ノンデリ二号として」

「……光栄な称号をありがとう」


 暁斗への好感度を若干回復させた直後。

 俺への好感度は着実に下がっていくのであった。



―◇―


【羽崎梓乃李】

暁斗への好感度:80%(→)

響太への好感度:30%(↑)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ