第1話 破滅ヒロインの幼馴染に転生していたらしい
どうやら俺は、エロゲの世界に転生していたらしい。
桜散る四月の初め。
奇しくもそんな景色の中で自分が成人向けゲーム『桜散る季節の中で(通称:さくちる)』に転生していたことを悟った。
『さくちる』は生前に何周もプレイしたエロゲだ。
四人のヒロインの若干重めな問題に向き合いつつ攻略を進める、王道を鬱めに拗らせた恋愛アドベンチャー。
そんな中の、名前も存在しないモブに転生していた。
モブに転生した俺は、その事に高校に入学するまで気づけなかった。
主人公や友人キャラのようなネームドならまだしも、流石に名前も知らない存在には心当たりなんてあるわけがない。
だからこそ、高校に入るまで自分が何者なのかも、この世界がどこなのかも気付くことはできなかった。
そしてさらに、問題はここからである。
「……はぁ」
白目を剥きながらため息を吐く俺――豊野響太。
こいつの原作での人生は悲惨だ。
名前すら登場しないのに、辿る運命だけは知っている。
こいつは、とある事件に巻き込まれる”だけ”の不運な男なのだ。
俺は虚ろな目で、その元凶とも言える男女を眺める。
「羽崎さん、今日の宿題やってきた? 忘れちゃったから見せてもらいたいんだけど」
「いいよ。ふふっ、じゃあ机くっつけよっか」
教室後方にていちゃつく二人。
男の方は須賀暁斗と言って、友達が多くて明るいナチュラルハイスペックな”普通”の男だ。
それでいて、原作エロゲの主人公である。
そして問題なのがもう一人の女――羽崎梓乃李。
『さくちる』のヒロインにして、最たる人気を誇るメイン枠の美少女である。
そして原作で死亡エンドが存在する唯一の破滅ヒロインだ。
今は無害そうに控えめに微笑んでいるが、ゲーム内では彼女こそ一番の問題児なのである。
以下、この女が辿る自身の個別エンド以外の末路だ。
―――
①主人公がフラグを立てられなかったら、ノーマルエンド時に一人だけ自殺。
②主人公がバッド選択肢を踏み抜いたら、バッドエンド時に絶望して自殺。
③主人公が別ヒロインを選べば、その子の個別ルートのラストで病んで自殺。
―――
おわかりいただけただろうか。
この女、このなりで自分のルート以外を全て破壊する悪魔のような破滅ヒロインなのだ……!
他ヒロインのバッドエンドが闇堕ちレベルで留まる中、こいつだけ死ぬ。
びっくりするくらいすぐ死ぬ。
意味が分からないくらい何回も死ぬ。
毎回の死因は飛び降りだ。
そしてその際、何故か幼馴染の男子を巻き込んで破滅する最悪の巻き込みヒロイン。
後味が悪いったらありゃしない。
……さらに、ここで重要なのはこいつの幼馴染という存在だ。
その巻き込まれるモブキャラこそ、他ならぬ俺の事なのだから。
俺だって信じたくなかった。
でも無理なんだもん。
認めるしかないんだもん。
梓乃李と幼稚園からずっと一緒に過ごしている同級生なんて、この明嶺学園には俺ただ一人しかいないんだから……。
――要するに、俺はこのままだと梓乃李の破滅に巻き込まれて死ぬ。
勿論死ぬのは嫌だが、かと言ってどう動くのが正解かわからない。
そもそも、やはり前提として俺はただのモブ。
できる事と言えば、主人公と破滅ヒロインが結ばれるのを祈ることくらいだ。
そもそも下手に手を出してシナリオが改変されたら、それこそ死が近づくようなものなのだから!
……。
…………。
………………。
しかしまぁ、当然そんな他人任せで上手くいくわけもない。
「須賀君さ、週末って予定あるのかな?」
高校二年の春――4月15日火曜。
教室の一角で、梓乃李が照れ笑いを浮かべながら暁斗に尋ねる。
これはゲーム内でも覚えのある分岐質問だ。
主人公はこれに頷くだけでデートイベントに向かうイージー選択肢。
原作でも最初のイベントとして描かれるため、記憶に残っている。
それを主人公の須賀暁斗は笑顔で――断った。
「ごめん! その日は幼馴染達と映画行こうって話しててさ」
「あ……そう」
「うん! 面白かったら感想言うよ。あ、ネタバレはしないから安心して!」
「……あはは、ありがとう」
暁斗の幼馴染とは、当然女である。
他の女との約束に負けるという、最低最悪な断られ方をして真っ黒に染まっていく梓乃李の瞳。
それを見ながら、俺は絶望した。
今のは、バッドエンド直通の外れコミュニケーションだ。
要するに、このままだと梓乃李は自殺するし、ついでに多分俺も死ぬ。
「ふぅ、仕方ない」
……前言撤回しよう。
どうせ何もしなければ死ぬ運命が確定したんだ。
それならば、ここからはこの拾った命が少しでも長く続くように、シナリオに干渉させていただく。
バッドエンド既定路線の破滅ヒロインを、モブであるこの俺が無理やり幸せにしてやろうじゃないか。




