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第八話 代入

 この世はプラスの生き物ばかり。

 何だかんだ互いに文句ばっかつけてるが、どんなものだって結局生み出して、創って壊してそんなのばっかって意外と輝きを帯びた素敵達なのだ。

 しかし、プラスの反対のマイナスだってひょっとしたらどこかにあるのかもなって、オレは考えたこともある。


 プラスが行った何もかもをなかったことにする消しゴム的存在。満たさぬための、引き算。世界の始まりも終わりすらなかったことにする、存在に対するカウンター。


 まあそんなの妄想の中にしかないのだろうなと思っていたけれど、しかし実際どこかからやってきて今オレの目の前にあるようだ。

 【創ったばかり】のほやほや右手で地を掻き進もうとする、そんなタイミングを見計らったようにそれは、漏斗状の発生器官を震わせ吠えた。


【わわう】

「わ、おっ」


 そうオレは今魔物らしき存在に、なぶられる、っていう言葉が似合う目にあっているのだ。

 一声で、オレの身体の大部分が弾け飛ぶのでずっとそれを冷静に補填を続けて、また今損ねられた。

 赤は次第に黒くなり、乾いてきた上にすら赤く塗布されていく。


 血を流し続ける喪失は痛い、どころじゃなくて寒くて熱くて、その上奪われた一体全体何もかもがバカになっている。

 一度で半身近くを奪われてしまうが、そのままにしておいては直ぐに死ぬからオレは魔法で身体を足して、その上魔法を掛けるのを続けた。


【わわん】

「ぐ、ぬ……」


 しかしそれを、続けて何になるだろう。オレの魔法の力はそうそう切れてやくれないが、しかし意気は永遠ではない。

 肉巻き戻るように足すそれだけだって辛いし痛いし、もう狂いそうだ。

 脳は先から光がちかちか明滅しているし、それもさっき防御を薄くしたら結構持っていかれたこともあって、ちょっとおぼろ気。

 これがあと少し続いたら、オレは魔法も続けることも出来ない廃人にでもなってしまうのではないだろうか。


「負ける、か……」


 だが、オレは【埼東ゆき】を喰らってまで生きている、どこまでも生き汚い存在。

 誰かを殺してまで間に入り込んだそんなものが、痛苦なんかで生きようとすることを止めてしまって【埼東ゆき】に対する面目が立つか。

 それにもし、今オレだけに行っている引き算が他人にも行われてしまったなら、間違いなく取り返しがつかない。


【おんっ!】

「くそう……」


 そう、この魔物は一声でなんでも殺せる。オレの魔法の力も大概だが、きっと、それこそこのマイナスは底なしに命を消せてしまえるだろう。

 今回はオレがただ、大量に足せるから防波堤になれているだけ。

 命を賭けて張り詰めたところで、ギリギリ。もし、これが少しでも天秤を損ねてしまったら。


「お嬢様!」

「静」

【あお……】


 そう、例えば他者の介入によって気をそらすようなことでもあれば。

 オレは魔物が緩慢に血に濡れた視界の端に居るのだろう静の方へと向かんとしているのを察する。

 もし、こいつがトリガーとして声の一つでも形にしたら、ただの人である静は助かるまい。


 このままではあんな、美しくも優しいお姉さんが、オレなんかのために死ぬ。

 大切な彼女が助けの声も響かせることも、涙も流すことなく全てマイナスにされ、なかったことになるなんて、オレは許せない。

 だから。



「消えろっ!」

【あ】


 オレは一瞬にて足しに足しに足しに足して、それに魔法を大いにかけて力を入れた足元を爆発させ。

 あっという間に近づきそれが間違っても言葉を出せぬよう、魔物の口の中に手を入れたのだった。

 嫌にネバつき尖ったそれの口内は気持ち悪いが、しかしオレはヤツが暴れても決して抜かれぬようしがみつきプラスの魔法を足し続けて。


【っ!】

「うおっ!」


 いちひくいちは、ゼロ。

 そんな答えは眼の前に魔法の暴発という形で現れる。


 つまりは、火炎を伴わない威力のみの爆発。それが、オレを粒にまで粉々にする程ではなかったのは幸いだったのだろう。

 手首から先を失い、発された勢いのままゴロゴロと転がったオレは壁にゴチンと頭をぶつける。

 おかげさまで中も外も痛くなりくらくらする視界。だがまだ治していない全体を少しずつ足していきながら、オレはゆっくりと起き上がるのだった。


「ったぁ……」

「お嬢様……ああ、痛々しいお姿に」


 ふらふら支えを探すそんなオレを見咎めたのは、白黒メイド服を着込んだ静。

 彼女は血だらけでばっちいだろうオレに手を貸し、大事なところすら隠せていないボロ布の全身を嫌ったのか上着をかけてくれた。

 外に出かけていたのか、或いは用意が良かったのか。よく分からないまま、何とか守れた彼女にオレは苦笑をする。


「ごめんな、静。巻き込んじゃって」

「いえ、それならきっとお嬢様も巻き込まれた側でしょうに……」


 思いやりあう、オレと彼女。

 だが、しかし巻き込まれただけのメイドさんが、事態の全容を知っていそうな様子で目を伏せるのが、不思議だ。

 相変わらずよく分かっていないが、それでも今回ばかりは知っておくべきだろうとオレは静に問う。


「静は何か、知っているのか?」

「……ええ。先に上水の研究所にて実験の失敗、そして被検体がこちらに向かっているとの連絡があり……」

「あいつらが、やらかしたのか……オレが相手したからあんな変なのでも何とかなったけれど今度、何か文句を言わないとなあ」


 あまりの呆れに最早ため息すら、出てこない。本当に上水の人間は、ろくなことをしないもんだ。


 血を貸せから始まり、家賃代わりに臓器だってそこそこ持っていかれたオレ。

 治せるからとはいえ実験のためと脳みそまで削られた人間なんて他にないだろうに、今回は奴らの珍妙な研究の尻拭いまでさせられたとは。

 聞いていないが、ここまでヤバいの生み出すなんて、正直そろそろ色々糾して正さねばならないのではないだろうか。


 その後一言二言会話して薄情にも静はアンの逃げ姿を確認していたとか、携帯に連絡があったがだからこそ急いできたら危なかったとか、そんなことを知ることが出来た。

 オレはようやくそこで、事態を大まかに把握。そして上水の奴らに文句を言うこともしばらくは難しいと理解した。


「研究所は全滅、か……何十って奴らに入れ替わり立ち替わり弄られた覚えがあるが、全員亡くなってしまうとはまあ、残念だ」

「ええ……とはいえお嬢様が《《二頭》》のバケモノを倒してくださったお陰で、それでも被害は最小限に……」

「待て、二頭?」

「えっと?」


 首を傾げる、静。美人さんはわざとらいい所作であっても嫌味がないものだなと内心感心する。

 だが、オレも首は傾いでいて、結果彼女の黒とオレの《《オーロラ色》》の髪がぶつかり跳ねた。


 いや、二頭とはおかしいだろう。あんなのがもう一体居るなんて信じられないし、信じたくないし、それに。


「オレは、一体しか見ていな……」


 そして、それは前回をなぞるように、天井の穴から落ちてくる。

 違いは何か。それは強いて言うならば、奴は何故か《《二つに裂いたアン》》をネックレスのようにぶら下げていて。


【がおん】


 オレは同等、いいやむしろ先より少し大きいようなニアイコールの存在に、気を、いいや全てを引かれて。


「あ」


 足りない。一つ足すだけももう残らず。


「お嬢様っ!」


 オレは、静の前で殆どゼロになる。





 この世は、残酷である。いいや、ありとあらゆる他人が残酷になるまでの利を掲げてしまったオレこそひょっとしたら、一番に残酷だったのか。

 きっといちに足りない欠片のオレは、死という結末を前に、そう回顧する。


 魔法とは何か。オレはここのところずっとそれを考えていた。

 近頃は、魔法とは過程を乗り越えて道理を欺瞞することで望ましき結果ばかりを得る、願いだと結論付けたこともある。


 だが、それだって力が発端であり、足して掛けて、今度は差っ引かれてそんなことしてばかり。

 夢のような何かを他に預けることもなく、むしろ非現実を感染させ押し付けるによって彼女らの幸せを損ねてばかり。

 オレは結局オレだけのためでしかなく、究極のところ【埼東ゆき】のためになることしか考えていなかった。


 オレという心すら大いに削られ、それでも思うのは、一つ。

 やはりオレという間違った代入は狂いを呼んだだけだった、と。

 きっと本来の彼女だったら魔法によって何もかもが残酷にまで歪むことなく、むしろ微笑みに包まれ幸せが訪れていたことだろう。

 オレは、それを妄想とは思えない。


――皆を、守るんだ!


 だって、オレは先日夢に見た。オレによく似た少女の無念を、ちゃんと覚えているのだ。


 オレは、誰もが幸せになれると思ってはいないが、それでも誰もが幸せを目指していいと思うし、そんな彼らの夢を軽々と蹴落としていいとも考えていなかった。

 ましてや、誰かのためになれる人間を嫌うなんて出来ないし、むしろ個人的にはそんな奴大好きだ。


 だから、夢想に出会えた最悪に立ち向かった尊敬すべきあの子が【埼東ゆき】であればいいと思っているし、そうあって欲しいと願う。


 だが、もう生きるにオレは足りていない。瞬きの後にばちゃりと地に落ちて消える程度の存在だ。

 後悔なんて、余りある。

 静を魔物から助けられないだろうこともそうだし、お手を覚えたらしいひらめを撫でてあげたかったし、魔法について海山教授ともっと語り合いたかったし、それに。


『お母さんと、仲直りしたかった』


 嫌われたそれは、間違いなくオレがオレじゃないからだ。

 でも肉親、それこそ肉だけしかルーツを同じくしていなくても、それでも愛しているのだから幸せにしたかったという思いは強い。

 こうなった後は信じる他ないが、そして。


『後、出来たら【埼東ゆき】に会いたかったな』


 消え去る前にオレはそうとも強く強く考えるのだった。

 

 ああでも、よく考えたらこれは、願いだったろうか。

 意思を超えた己に対する祈祷によって顕現するのが、魔法で。

 なら。



「――私、参上っ!」


 オレという【埼東ゆき】の消失に《《乗じ》》て。


【くぅん……】

「おや。随分と雑魚っちいのに、私はやられちゃったんだねー」

「貴女は……」


 その【埼東ゆき】は過つことなくこの世に代入されて。


「静なら知ってるよね! そう、私は終わった世界の【埼東ゆき】でした! ……ええと、残ったオレ君はこれだけ? うん。これは後で足してあげるとして……」

「大事にしてあげてね」

「もっちろん!」


【がうっ!】


「えっと、この魔獣は非現実(FANTASY)クラスかな? うん、マイナスの規模が小さい小さい」


【――】


「来世で崇拝(ADORE)級にでもなってから、出直してきてねっ!」



 ただ、騒げないよう口を引っ掴んで、ぺしゃん。

 それだけで、《《最古》》の代わりに【埼東ゆき】の《《最強》》をこの世に魅せつけたのだった。



 


「うふふ……」


 そんな最強のゆきは、マイナスの残骸など気にもせず、手の中で揺れる彼の脳の欠片のいじらしくぷるぷるとする様ばかりを、とても可愛いと思う。


「いいこいいこ」


 でも、だからこそいたずらに抱いて台無しにしてしまうことさえなく、魔法によって綺麗に、それこそ撫でるように優しく足し算をしてあげるのだった。


「はぁ……こっちが来ちゃったのですね」


 彼女は全てを知って、ぽつり。

 手遅れな少女の骸は無視して、裸ん坊の彼なゆきが統合されるまで、つまらなそうに二人を見つめるのだった。

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