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第五話 母性


 実のところ、子供のオレに科せられた義務などそうはない。

 サンプルとしての血液の採取の必要と基本的に用意された家から出ないという契約は交わしている。

 すると、オレが魔法少女の世間への理解と埼東ゆきという少女の価値を認めて貰うために、見識深い教授へレポートをせっせと作成して送っているのは余計なことですらあった。

 とはいえ、世のためを思えば論文発表大好きな海山教授を助けるのを止めることは出来ないのだが。


 この頃、魔法少女化した少女達はテロリスト予備軍とすら見做されている。

 それは一部の組織化した魔法少女達が悪行三昧どころか勝手に建国まで行ってしまったせいでセンセーショナルに報道がなされたせいではあるのだ。

 しかしそれを抜きにしても実際、下手に力を持った考え無しが引き起こす無理無謀は社会問題でもあった。

 いじめに魔法が絡んだ際の事件記事なんて、正直思い返すのも嫌になるくらいには悲惨だったから。


 もっとも、全てが全て同じ色なら生き物の意味はない。

 それを思えば少なくはない子達が、上手くオレが伝染させてしまった魔法少女という力を持て余しながらも上手く付き合おうとしてくれているはずなのだ。

 だから、魔法は心を歪めるものではなくただの力と手段でしかないのだと世間の誤解を正すために、オレはこそこそ頑張っている。


「今日はいい天気みたいだな。ここ来る時は寒くなかったか?」

「……ふん」

「まあ、キミみたいに、そんな重ね着にタイツに厚めの格好してたら寒さは感じやしないか。むしろ暑そうだ」

「……」

「といっても、可愛らしい姿のキミに似合わないそのゴツめの手錠だけは、冷たそうだが」

「そ」


 さて、今日も今日とてオレはこそこそ。

 ま二つに分厚い防弾ガラスで仕切られた部屋の中でやんちゃ盛りの魔法少女と二人きり。

 オレは、大人しくも手錠を付けたままの、前科者を前に雑に会話のキャッチボールに失敗し続ける。

 そう、このようにして許される範囲の頑張りの一環として、オレは魔法少女更生のための面談を行うことがあった。


 今回の相手は、このもこもこしたキグルミのような衣類をまとったオレンジ色の髪を弄って目を逸らし続ける少女、田上みら。

 みらも魔法少女になってしまってからファッションがはっちゃけてしまった類のようで、事前に資料の一部として貰っていた一年前の集合写真の端っこにあった文学少女然とした姿とは大違い。

 そういや嫌われている割に有名な魔法少女のしている格好が流行ったりするから不思議ではある。


 そんな風に思いながら、オレはガラス越しの少女をより深く見つめる。

 化粧で隠しきれない疲労に、写真と別人かのようなその痩身。

 ブカブカ衣服はその悲惨を隠そうとするみらの必死な努力の証なのかもしれなかった。

 これ以上独り相撲を続けるのは嫌になったオレは、手を挙げて彼女にこんな提案をする。


「黙っていても、特に意味はない。どうせしばらくここに一緒に閉じ込められるんだから、どうでもいいことでも何か話そうよ」

「……貴女と話すことはない」

「キミにはないかもしれないが、オレには話すこといっぱいあったりする。だから、相槌でもなんでも打ってくれよ」

「面倒……」

「ま、そんなこと言わずに、さ」

「はぁ……」


 みらの返答は、ため息一つ。拒絶にも思えるが、まあどうせなら無言は了承とポジティブに受け止めたって構わないだろう。

 彼女が足を組み替えたのを合図としてオレは、少しずつ核心へと向かうための話をはじめた。


「まずは自己紹介からはじめようか。オレは、埼東ゆき。魔法少女をはじめちゃった、そんな奴だ」

「……んなの、知ってるよ」

「でもさ。どうせそれくらいしか知らないだろ? 何せオレ結構箱入りだからな」

「どうでもいい……あんたが始祖ってだけで、十分だよ」

「うん?」


 オレがあらん限りのユーモアを交えて自己紹介を続けようとしていると、唐突にみらは立ち上がる。

 今オレがケツに敷いているのと色違いのパイプ椅子が彼女のその勢いのまま転がっていく。

 なんだか物を大事にしない子だなとぼうっと感じていると、みらはこんなにこの子瞳が大きかったのだなと思うくらいに目をかっ開いてから叫ぶ。


「あんたのせいで、あたしは誰からも疎まれてっ! あんたのせいで、あたしは好きな人に化け物みたいに見られて! 感染っただけなのに、こんな、こんな……力があるだけで誰にも認められないなんてっ!」

「おお」


 途端、少女の腕から生み出されるのは、金属の槍。

 鉄のようにみえる重そうなそれをみらは眼前のガラス、いいやその奥のオレに向けて振るった。

 魔素のマテリアル化。オレなんかにはとても出来ない渾身だったのだろうそんな魔法によって、何だかんだ大きく引っかき傷は創られ俺等の前を浅く横断する。

 しかし、何だかんだその程度の魔法の行使であってはとてもではないがその手の錠前を外すことも、手を縛されたままで防弾仕様のガラスに罅を入れることすらも出来ない。


「クソっ、このっ、このおっ!」


 怒りを前に眼の前でただ口を馬鹿みたいに開けるだけのオレに何を思ったのか、しばらくの間みらは狂乱した。

 しかし折れるまで生み出した金属の塊を叩きつけたと思えば多少なりとも魔力で上がっているだろう膂力にて拳を叩きつけても、無駄。

 この部屋の改装に携わった静曰く材質はただのガラスですとのことだが、しかしこの防御力はそれどころじゃなさそうだなあとぼやっと考えていると、少女の癇癪は荒い息を残して治まった。

 そろそろかな、と思ったオレは俯き右回りのつむじを見せてくるみらに話しかける。


「満足したか?」

「……そんなわけっ! こんなので……」

「なら、最初からやんなよ。疲れるぞ?」

「でもっ! あんたが悪くって、だからあたしがあんたを……」

「みらは、優しいな」

「何、言ってんのよ! あたしはあんたを槍でぶっ刺してやろうと思って……」

「でも、それだけだろ? 別に、オレを殺そうとかまで思ってやった訳じゃない。まあ、実際オレがあんなでかい槍くらったら死ぬが、でも……もう要らないな、コレ」

「え?」


 オレとみらの間を横断する、透明な壁。

 穴があって通気性抜群なそれも、話していてなんだか邪魔な気がしてきた。

 だから、《《退かす》》。指一本突き刺して、丸く大きくぽこん。

 そして、何もなくすっきりしてよく見えるようになった、なんでか仰天している様子の年下の彼女の前ではじめてにっこりとしてみて。


「殺す、なんて軽々しく口にできないくらいに死を知っているキミは、きっと、とっても優しいんだ」

「あ……」


 我ながら随分なマッチポンプだなと思うけれども、オレのせいで命以外の殆ど全てを失ってしまっただろうみらに熱を与えるのだ。

 ちっちゃなオレじゃ抱擁は、弱い。こんなのじゃ足りないだろう、辛いだろう。それはオレもよく知っている。

 でも、それだって一人の冷たさなんかよりずっとマシで、だから。


「大丈夫。オレはみらを怖がらないよ」

「あ、わ、あああああっ」

「わ……ぐ」

「あ、う、ああ、ううっ!」


 壊れそうな心に温度を向ける。その結果身体が熱を否定することだって、あるものだ。

 前もこんなのあったなあ、と思いながらオレは泣きじゃくりながら縋るようにオレの首を締めんとするみらの邪魔をしない。

 いつの間にかぼやりとしだした視界の隅に居るメイドさんに頷きで大丈夫と返したオレは。


「ぁい、じょ、ぶ」

「あ」


 そう口にも出し、絞首なんてそんな熱烈な抱擁の一種を愛と誤認しながら、今度こそ確かに思いやりが表れて欲しいと願いながら抱きしめ返すのだった。


「あ、ああああ……あた、なんで……」

「ん」


 そうしたら、何だかみらはオレの細っこい首から半端な力を込めていた手を離してしまう。

 何となく、熱が去ったのを嫌ったオレは、呼気を再開する前に彼女が自分の顔に持っていこうとした手の平を奪って。


「ふぅ……大丈夫」


 馬鹿の一つ覚えを繰り返してからそれを両手で掴んだのだ。

 すると錠前が手首にあたってうざったくなるが、でもこれならもういやいや駄々はこねられないだろう。


「そん、な」

「そんなこんなもないっての。大丈夫なんだって、オレは……」


 眼と眼を合わして、しばし。

 まだ分からず屋なみらの口先だけが気になるが、それを止めるには両手が頑張っている今は口で塞がなければならなそうだけれども、そこまではしない。

 まあ今日はただの面談。こっちも自由な口先で説き伏せれば良い。

 自ずと再生のために発光しだすオレの首元を見て慄く彼女に、オレは。


「どんなに傷ついても大丈夫なんだから」


 そんな、事実をのみ語るのだった。


 どうしてかみらは黙ってしまったけれど、別にこれくらい死んでなきゃ問題ないし、なあ。




「それで……どうだ。明日から何とかやれそうか?」


 その後、これまでの人生をぽつりぽつりと語りだすみらに、頷きを多分百回以上。

 手を繋ぎながら、全てを吐き出し終えた彼女に、オレは問う。


「……うん」


 憑き物が落ちたよう、とはこのことだろうか。オレなんていうどうでもいいものであっても、熱はある。そして、幼子は温もりに安堵するものだ。

 魔法少女はあくまで少女。それをこんなちっぽけな身体なんかを張るばかりで救えるなら、幾らでも。


「よしよし」

「ん……」


 まあ、実際それが通じるのは、本当に田上みらという少女がとびきり優しいから。

 どうしようもない相手にまで、オレは決して手を差し伸べたりはしない。まあ、あんまりそんな奴なんていないのだが。


「ねえ」

「なんだ?」


 橙色の髪の上で何時も結にしてやっているような撫で撫でをしていたら、上から下におねだりの視線が。

 態勢に依存しないおねだりを表現できるなんて女子って器用なものだよなあ、とのほほんと思うオレにみらは。


「あたし貴女を、お母さんって呼んで良い?」


 涙目になってそんな突飛なことを口にするから。


「ダメだ」


 オレは、苦笑しながらばってんをせざるを得なかった。




『ごめんなさい。もう貴女の顔も見たくないの』


 母。よく分からないがきっとオレはそれにだけはなれないだろう。

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