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第四話 欺瞞

 オレの魔法を求める人は、過去沢山いたのは違いない。死から遠ざけることを得意とするそれを、オレも半ば無秩序に与え続けて、日々の終わりはぐったりしてた時期もあったのだ。

 だが、まあオレから伝染して魔法を得た少女たちが起こした問題が社会を揺るがしてから以降はぐっと減り年長者にのみと制限もされ、そして更にその少数も間に国の手が入ったことで、結果オレの魔法を享受出来る人間は数えるほど。

 きっと海千山千の政治家か何かの縁者だろう井口の婆ちゃんは、あの後しばらく会話した結果、見送りを断って去った。

 何となく、ぼうっとあのロマンスグレーの似合う老人を思い出しながら、おれはソファに座って介助者として出口まで同行した静を待つ。


「お疲れ様」

「おや。お嬢様、お疲れでは?」


 オレは、空いた扉から整いすぎた美人さんの髪の先が見えたところで、拙速にも労った。

 すると、出来たメイドさんは何時もはひと仕事の後には寝所で寝入っているはずのオレが余裕ぶっているのに首を傾げる。

 だが、心に疑問符を抱えているのはオレも同じ。しかし疲れなかったのは良いこととして、頷いた。


「ううん。何だか意外と余裕がある感じ。オレちょっと、魔法上手くなったのかな?」

「そう……かもしれませんね」


 返ってきたのは少し含みを持った、うん。

 時々、静は何か知っているかのような素振りを取ることがある。

 何かきっと彼女も隠していることがあるのだろうが、しかしそれに興味があっても引きずり出したいと思うほどの熱意はない。

 取り敢えず、彼女がオレよりも物知りなことを良しとして、更にオレは問う。


「静、井口の婆ちゃんのこと知ってる?」

「ええ……彼女、というよりもその後ろで蠢いているものは、よく」

「そっか」

「お教え、しましょうか?」


 顎に白磁の指先を一つあて、僅かな逡巡の後にそんな一言。静は、やはり人より多くを知っているようだ。

 だが、それは辛くもあるのかもしれないなと、慣れた柔らかい表情の奥に隠れた痛みを感じたオレは、納得する。


 正直なところオレも、井口の婆ちゃんの素性が気にならないことはない。

 なんだか静とはメイドとしてやってきた最初から顔見知りだったようだし、そもそも影に日向に深そうなあの人に対しての興味は沢山だ。


「別に、いいや」


 しかし、それでもオレは首を振った。

 知って、何が変わるのだろう。相手の暗がりを勝手に知って印象を押し付けるというのは、個人的にあまり好きではなかった。


「何か……あったのですか?」


 とはいえ、何だかんだ埼東ゆき第一主義のオレが彼女を知りたくなってしまうくらいの変化。

 それを不在時に起きた何かによるものだと物知りどころか賢しくもある静は当然のように察する。

 努めてあっけらかんと、オレは本当のことばかりを口から転がす。


「……婆ちゃんオレに騙そうとしてごめんね、って泣いたんだ」

「はぁ……あの御婦人から本音が漏れるなんて珍しいこともあるものですね」

「そうなんだ。まあ、婆ちゃんは言ってたんだよ。オレのことは好きだけれど、もっと好きなものがあるんだよ、ごめんねって」

「なるほど」


 静は訳知り顔で頷いているけれども、オレには未だに婆ちゃんが謝った理由がよく分かっていない。

 確かに、どうもあの人はきっと本当に教授が口にしただろうことばかりを用いて、あんなに単純な人の裏切りを示唆して騙そうとした。

 その裏には何か深い闇があるのかもしれないし、そこには泣いて後悔してもやってしまうくらいに大切な人の危機があったのかもしれない。


 ま、なるほどそんな風に理由があるなら、仕方ないのだ。実害がないこともあり別に気にしないし謝ることじゃないなとオレは思ったのだけれども。


「でも、そんなの謝ることないくらいに普通のことじゃんか。だから、気にしないでいいって言ったらさ」

「……もう来ないとでもほざかれましたか?」

「そうそう。でも流石に何もしないで魔法切れで死なれたら嫌だからさ。来ないならこっちから行くよって伝えたよ」

「そうですか……」


 結局、井口の婆ちゃんは考えすぎだと思った。

 オレなんて、所詮は小娘に物知らずを容れただけの存在であり、そもそも魔法少女という人でなし。

 そんなものの心まで気にするなんて、なんて余裕のある人間なのだろうとオレは感心すらしたほどだ。

 オレは人に恵まれていると、思う。


「はぁ……この子は無自覚に良心に攻撃してくるから……下手したらあの魔女も改心しちゃうかもしれませんねえ」

「何か言った、静?」

「いいえ。お嬢様にはとんと関係のない事柄についてですよ」

「そっか。ならいいや」


 その内でも最たるいい人である、静の呟きを聞き取れなかったことに、オレは少し残念に思う。

 だが、それだけ。


『ゆきなんて、あんたなんて……生まれてこなければよかったのに!』


 この世は知らなくても廻るし、知っても痛くなる本音ばかりが隠されているものから。


「あむ」


 何となく。

 オレは静から見えないようにして、頓用の《《心を落ち着かせるためのお薬》》として出されている甘みの強いプラセボを口にしたのだった。

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