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第三話 最優


『いたいのいたいの飛んでいけ』


 オレが初めて、つまりそれこそこの世界で初めて魔法を使ったのは友達の傷の手当てからだ。

 それは今思うと酷く単純で効果の弱いもの。膝小僧を擦りむいたお転婆な女の子の膝にいたいのいたいの飛んでいけ、と昔してもらった大人の真似事をしてあげたばかり。

 だが、それが気の所為に収めるにしては止血に治癒促進の効果があったから困りもの。

 ましてやその時オレが友達、樋口結の擦過傷に向けた手のひらは暮れ明かりの中でも淡く光っていたらしい。


『あれ?』

『うぅー……痛いの飛んでったけど、今度はちょっと痒い……』

『そうか……』


 傷に吸い込まれるように消えた緑の燐光。

 そんなもの出して人を治したら当の本人たるオレはなんだこりゃだったが、世界初の魔法治癒を受けた結はマイペースにも黒いかさぶたを掻くばかり。

 最中にかさぶたを割ってしまい、また涙目の結をオレが治すなどしたが、特に彼女がそのことを気にしている様子はなかった。


『えっと、こんな感じで……うおっ……すげぇ……でも更にコレ集中させたら……』


 でも、そんなだったからだろう。突飛な先の現象の再現性が気になり、帰宅後オレは一人ベッドの上で手に光を集めてついそれを続けてしまい、そして。

 光は臨界を越え、魔たる意味となる。ついオレがその輝きに火炎を想像したその時。


『あ』


 突然火柱はぼうっと立ち昇った。

 メラメラと空気を食んで広がるそれは、正しくこんなところにあるべきものではない。


『わ、ぎゃ、ああっ!』


 でもあってしまったそれは当然手の中の火炎はオレの衣服に巻き付き皮膚ごと激しく焼く。

 その上、一向に手から離れてくれない炎はじわじわと髪まで燃して尚オレを炭にしようと喉元まで先端を届かせた。

 だが、それで気を失ったことで魔法効果が消えてくれたため、辛うじて延焼はなくなったのは、まだ不幸中の幸いだったのかもしれない。

 とはいえ、燃焼しきらずに生かされたばかりのオレは程度も分からず冷たいばかりの痛みにもがくばかり。


『――――』

『ゆき、ちゃん……ゆきちゃん!』


 力を持て余した上自業自得に焼かれて虫の息であったオレは、その後母の手によって救い出されて、ICU(集中治療室)行きとなった。

 十時間以上もそこで寝て別室で起きて、そしてぼうっとしながら眼で見た自分は、薬と創傷被覆材越しの赤だらけで。


『や』


 舌の大部分を焼けて失わせたオレは、そんな《《埼東ゆき》》の様を舌足らずながらも心より否定したのだった。

 身体のうちからうちから溢れ出す光は全身を光で曖昧にし、それは現と夢の境をも失くしていく。

 そして、それで良いのだと、決め込んだ。

 オレはオレの手で最愛にすべき身体を損ねてしまったことなんて決して認められないから。


 そう、オレは一度目の魔法で人を癒やして、二回目の魔法で己を焼いた。


 そして、三つ数えたその時にようやく。


『ふぅ』

『嘘……』


 自らの意思を持って魔法を使い、自分を癒せたのだった。

 そう、Ⅲ度の火傷どころかこれまでの医療従事者の懸命も何もかもがなかったかのような、新品の体に戻ったオレは、母の悲鳴のような小声にただ一つ。


『オレは、嘘じゃないよ』


 酷くつまらなそうに答えて、車椅子からそっと立ち上がった。

 僅かそれだけの所作にひぃ、と悲鳴を発した彼女の声を聞かなかったことにして見上げた天井はなだらかで低くて輝きばかりで。


 でも平等なばかりの白にオレの居場所はもうないのだと知る。


 魔法少女。その日からオレは、そういう存在になったのだ。




 思えば、オレが昔を思うことはそうそうない。過去はどれもそれなりに辛く、まだ今のほうが平穏であるからだろう。

 だが、そんな過去ですら今の面倒に比べれば楽だ。

 そう、《《最優》》の魔法少女である唯一の友、樋口結に絡まれている現状と比べれば炎のトラウマのほうがマシというもの。

 頬にぴたりとついた柔らかなほっぺたの感触を嫌いながら、しかしこれまで仏頂面を使いすぎたためか不機嫌のサインの一切が通じない幼馴染は、聞き流した何時かの話に目処をつけたようで、手を広げて叫ぶように言った。


「もうっ、あの時のゆきちゃんすっごい可愛かったんだよー。それこそどっかんって感じ!」

「……そうか」


 可愛いが正義、なら正義ってゆきちゃんじゃん、と何時か唐突に主張しだした頭緩めの少女結。

 わたしなら既に感染ってるし、いいよねと蛇蝎のごとく嫌ってくる他の魔法少女とは違い、オレの鳥かごの中に軽々とこの子は入り込んでくる。

 今日も苦手なタイピングを行い文字を文章にして更にレポートの如くにまとめようと励んでいたオレの後ろに神出鬼没にも現れそのまま突貫。

 最近出来るようになったんだと口にしながら部屋の中で謎ワープを披露してくる彼女の横で、オレは驚きに誤って消去してしまったデータに機械にだけは効いてくれない魔法をかけていた。

 そんなオレの苦労やしがらみを知らない自由な魔法少女は、こんなのあるからゆきちゃんがわたしを見てくれないんだと勝手に激して端末を丸めてぽい。

 どんなエンジニアだろうがサルベージも何も出来ないだろうユーモラスな形になったそれに項垂れるオレの横で、何故かオレに対して以下にオレが好きなのか惚気出したのだった。


 そんな変わり果てた友の無礼に対する心労に、オレの返事も自然そぞろになる。だが、オレはちゃんと徹頭徹尾話を聞いてくれているものだと勘違いしている結は更に勘違いを重ねた。

 どっかんと手を広げて大ぶりの胸元を揺らした姿のまま、こう続けるのである。


「あ、勿論今のゆきちゃんだってプリティだよー。そういえば、あの日から髪の長さ以外見た目変わってないの、なんで?」

「海山教授の仮説だと、どうも大部分を魔法で置換したことでオレは不老に近い存在になっているらしいな」

「え? すっごいねー。わたしなんて、どんどんおっきくなってクラスでも一番になっちゃったのに……でも、可愛いからいっかー」

「……まあ、結がそう言ってくれるなら、オレも本望だ」


 原初にして永遠の最古。ラベリングこそ大袈裟なオレではあるが、しかし当然そんな理解の外の魔法少女なんて不気味なもの。

 そして、それがこれまでの日常をひっくり返しつつある、魔法少女達の発生原因であるならば、嫌われて当然。

 本来ならば、排斥どころかとっくに魔女狩りされていたとしても不思議ではなかった。

 そう思えばオレも、歯がゆいながらも埼東ゆきという存在がタブーにすらなりつつあるのを我慢せざるを得ない。


「うん。ゆきちゃんは、かんわいいしそれでいいんだよっ!」

「うわ」


 だが、この世で最初の魔法少女疾患者であり伝染なき最優として知られる樋口結は別だった。

 魔法少女以前にそもそもが友であり、そして以降も同種の存在として親しみを繋げた、唯一。

 それこそこれでもオレにとっては《《埼東ゆき》》の次くらいは大切な存在である。


 もっとも、今のようにべたべたとくっついて頬とかリップの赤とか脂肪分を詰め込んだ胸元とかを擦り付けて来るのは困りものだが。

 だが、身勝手極まりない、そんな彼女はだからこそ真摯であり真面目で。


「良かった、今日もゆきちゃんが元気で!」

「そうか……」


 オレにだけ、蕩けるような満面の笑みを見せてくれるのだった。

 だから返報しないとと頑なな頬の筋肉を動かしてみるが。


「にぃ……」

「ぷ。ゆきちゃんの笑顔おっかしー!」

「っ、難しいな……」


 必死に真似るオレは嘲笑われてしまう。

 こんなところで不得手を覚えるのもシャクではあるが、でも結が笑みを続けてくれているならそれでいいと思うオレもいて。


「へたっぴ笑顔、でもやっぱかわいいよー」

「ったく……またそれか……結にとってオレは可愛いでしかないのか?」

「もっちろん! だいせーぎ!」

「そうか……」


 一から十まで認めてくれる結の視線にどぎまぎさえしてしまうが。


「結の方が、余程可愛いがな」

「えっ、そ、それって……きゃー!」

「ちょっ、照れ隠しに抱きしめるなバカデカい胸が近……もごもご」


 でも、オレは結局彼女から笑みを奪っているのだろうオレがやっぱり嫌いだ。







「に、逃げ……」


「きゃははははは! こっち。おっそいよー!」

「あっ」

「あははははっ」



 ああ、結。


 オレにまで届く【政府の狂犬】に【魔法少女の天敵】、【人殺し】の二つ名。

 毎日殺処分に勤しむ英雄の君のためになるなら、オレは次はオレではないかという血迷いから来る震えだって抑えて抱きしめ返してやるから。


「ははは……」


 後はもう、結が次は涙の跡を残して来るようなことだけはないよう、ただ祈っている。

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