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第二話 感染

「ふぅ」


 子供には広すぎる部屋を出れば、更に空虚なまでに長い廊下。飾り気も人気もなくただ清潔にばかり保たれたそれは決して好みではない。

 むしろオレには静けさが、最早耳に痛いくらいだ。だが、オレという魔法少女はいっそ辟易する程人から隔離されなければいけない。

 ふと寂寥に、端末から顔を覗くばかりになった今の優しい両親と飼い犬であるポメラニアンのひらめを思い出してしまうが、むしろオレは人以外なら何であろうと欲すれば用意される厚遇を受けていることも間違いない。


「これで、良いんだ」


 首を振り、頬に当たった毛の柔らかさを感じながら、断言する。

 そう、オレはこれ以上、《《魔法少女を感染》》させてはいけないのだから。

 再び顔を上げ、朝食を摂りにスリッパで地面をぱたぱた叩き続けるのだった。



「ふむ……」


 さて、友に切るなと言われてからそのままにしているうざったい髪を引きずる根暗な、でも美少女ではあるらしいオレ。

 もう少し小さい頃は、誰かのためになるのだと必死に勉学に励んでいたが、しかし役目を与えられた今はいたずらに心身を削るような努力はしなくなっている。

 だが、まあそれでも閉じこもって生きている中でも新聞くらいは読んでおこうと、今日も朝食前に大きなそれを何とか広げて視線を活字に這わせていた。

 テレビ番組欄にはそう興味がないし、政治経済の知識の優先度は低い。個人的にスポーツは好きであるが、それ以外に目を引くのは誰かが騙された殺されてしまった等という警鐘の文句。

 今日は魔法少女に関するものはないのだな、とそれをオレが閉じて丁寧に畳んでいると、視線。


「ふふ……」


 ふと顔を上げるとそこには絶世の美人が笑みを湛えていた。薄桃色の弧線にオレはつい見惚れる。

 今同性とはいえ、慣れないなと思いながらオレはホワイトブリムを揺らす彼女にその笑みの理由を問う。


「静、オレの何がおかしいところあったかな?」

「ふふ。いいえ……お嬢様が相変わらず朝食前に新聞に目を通される姿が歳不相応なものに思えて、つい……」

「……そんなにオレ、オジサンぽかった? でもさ、どうも携帯端末とか小さい画面で情報見るの苦手でさ……」


 頬に何がついているかと思えば、そもそも行いが変。

 前世持ち故に仕方がないと言えばその通りなのかもしれないが、しかしそんなもののために埼東ゆきという少女の印象を損ねるのは良くないとも思う。

 だが、オレが一人悩もうとする前に、山田静という優れた女性は一笑。するりと隣にまでやって来て仕事を始めるのだった。


「ぷ。そういう訳ではないのです……ただ、背伸びしているようで可愛らしいなと……はい、朝食です」

「ありがとう。いつも通り、タイミングばっちりだ」

「どういたしまして」


 我が家のたった一人の美人なメイドさん、静。

 オレが密かに家族の一人と数えている彼女はオレに負けない長さの黒髪を流しながら、いつの間にかオレのために適量の朝食を用意していたようである。

 朝は食が細くなりがちであることどころか些細な変化すらも理解している節のある彼女の中の献立は完璧で、今日も食べたいものが出て来た。


「いただきます」


 ハムとレタスとキュウリのサンドイッチ。素朴ではあるが丁寧な作りである彼女の得意であるらしきこのメニューはオレの中でもテッパンだ。

 一口で、三角の一片を落として、しゃくしゃくとした野菜の鮮度を楽しみ、舌先でハムの油分と旨味をぺろり。

 続けて更に、と大きく口を開けたオレは、つい痛みに顔をしかめてしまうのだった。


「っ……」

「あら。あまり舌に合いませんでしたか?」

「いや……ちょっと寝起きに唇噛んでたみたいで、傷んじゃって」

「それは困りましたね。軟膏でも……」

「いや。これくらいなら魔法で治しちゃうよ」


 味は何時もの満足出来るもの。だが、口と一緒に開いた傷口が痛みを誘った。

 オレは、薬箱でも取りに行こうとした静を手で静止して、指先に緑色の光をまとわせる。

 そうして、自己治癒を促進させようとした、その時。


「ダメですよ、お嬢様」

「っと」


 唇と指の間にカットインする形で静の過ぎるくらいに白い手のひらが差し込まれた。

 途端、展開を阻害される魔法。行為と柔らかな感触に驚くオレに、彼女はダメ出しする。

 魔法を使えばこんな傷一瞬で治るだろうにどういうことだろう。彼女ほど賢しくないオレはつい首を傾げてしまうが、静はため息とともにこう言った。


「はぁ……忘れましたか? お嬢様の悪い癖ですね……誰かの助けを厭ってはいけませんよ?」

「え。でも魔法で治したほうが早いし……」

「効率の問題ではありません! そんな言い訳して愛を受け取りたがらないのは、本当によくありません」

「そう、かな……」

「はい」


 屈んで視線を合わせながら、静は間違いないとオレにそんな注意をしてくれる。愛を語るそれが本心から来ているだろうことは、流石に分かった。

 なんともこの人は真っ当に優しい人だ。半ばオレ専属のメイドさんとなってしまっていることが勿体ないくらいに、優れている。

 しかし愛、というものはやはりオレなんかには勿体ないと思えてならない。口に出したら引っ叩かれそうだから言わないが、どうにも優しくされるのは苦手だ。


「待っていて下さい」

「うん……」


 去っていく健気な背中に、思わずオレは目を背ける。

 古ぼけた時計が秒針を違えずに回し続けている様をしばらく見つめていると、側で衣擦れの音。


「静」

「はい、お口を閉じて……あ、確かに少し裂傷がありますね……はーい、塗り塗りー」

「あむ」


 振り向くと、そこには軟膏とガーゼをもった静が戻っていた。問答無用に処置する彼女に、オレはしばらくなすがままとなる。

 閉口するほどの子供扱い。だが、それもこの矮躯を見れば当然のことで、むしろ中のオレが不自然なだけ。


「はい。出来ました。患部に触れないように気をつければ、もうお食事再開して大丈夫と思います」

「うん……ありがとう」

「ふふふ……よく出来ました」

「わ」


 感謝の返答は、額へのキス一つ。静はこんな風に驚くほど気軽にスキンシップを取る。

 オレが驚いている間に、彼女は文句をつけられる前にとさっとこの場から去っていった。

 上手というかなんというかあれで隙のない人であるからには、きっと次の仕事の準備をしていてこれより直ぐに取り掛かるのだとは想像がつく。

 そんな静がわざとらしいくらいに親愛を示してくれるその理由は、オレという異物のためだときっとはっきりしているのだろうけれども。


『大丈夫。貴女の《《病》》は私にだけは伝染りませんから』


 初対面の、何もかもに怯えるオレに、彼女はそう言ってくれてから、ずっと変わらず慈しんでくれている。

 それに何も返せていないことが、不安といえばそうなのだろう。


 ああ、愛していても、他人の愛を信じ切れない。なんとも不格好な魔法少女もいたものである。


「はぁ……」


 無味無臭、とまではいかなくても食卓に花がなければ味気なさはある。

 ただごちそうさまをするために咀嚼を続けるオレは、治るまでどこかしっとりした唇をしばらく舐めれないことに、何とも辟易するのだった。




 前提として、オレという生き物には前世がある。いいや、正確には前世と思わしき認識を持った少女こそが、埼東ゆきなのである。

 それだけでお腹いっぱいで胃がもたれて穴が開きそうなくらいに重い事実ではあるのだが、異常な事態はその程度に収まることを許しはしなかった。


 最古の魔法少女。前世の記憶には似非な記録しかない、魔法少女という流行病の原因とされるオレは実験動物として生きることを是として生きている。


『なるほど。これまでは導線を身体から引いていたと聞くが、そうでもない現象を埼東君は再現できたというんだね?』

「はい。海山教授。観測機器には相変わらず動的な反応がありませんでしたが、しかし魔法領域のイメージとその操作により室温を上下に10度差単位で分けることに成功しています」

『素晴らしい……後でレポートはいただくが、そうだね。なるほどその成果を鑑みれば確かに、昨今の《《魔法少女疾患者》》達に起きている不可思議に一定の説明がつくかもしれないね』

「ええ。ときに彼女らが天変地異を起こしただの噂がありますが……《《大本》》の私なんかより余程発展したものを持つ彼女らなら、それもあり得るのかもしれません」

『ふむ……細菌やウイルスと似通った進化モデルばかりを想定していたが、やはり魔法と呼ばれるだけはあってありとあらゆるものに何か感応するマテリアルがあるのか……いや、興味深い』


 苦手なコンピューター端末を動かしながら、オレは遠隔で繋がった学と権威のある老人とああだこうだ。

 魔法というよく分からないオレの身体とかにあるらしきものを理解しようと必死になる。

 検体としての働きだけでなく、自主的な実験として行った魔法領域の操作は中々にこの海山雄一教授にはウケが良かった。


『適度なストレスが進化には要るものだが、しかし退化もまた最適な身の置き方と取れるからには……ふむ』

「? 海山教授、どうかしましたか?」


 嬉々としてしばらく考察を戦わせていたオレらだったが、しかし途中急に海山教授が黙してしまう。

 ひょっとしたら触れようともまだまだ機械音痴なオレがなにか通信設定をミスしていたのかとヒヤヒヤしてしまうが、しかし実際はそうではない。

 斑に白いあごひげに手を当てながら、海山教授は自嘲するかのようにこう言った。


『いや、参ったな……キミと話しているとどうも制御が利かなくて困るよ』

「えっと……結構いつも通りお話されていたと私は思いますが……」

『そう、何時もだ。埼東君には面倒をかけるね……本来ならばキミは僕を嫌うべきだし、僕ももっとキミに優しくするべきなんだ。だが……性も歳も違うとはいえどうにもキミは我が子と重ならなくてね』

「……私が可愛らしくないというのは理解しています」

『いや、違うんだよ……キミは少し自分を理解したほうが良いね』


 我に返る、というのはこのことだろうか。

 きっと、海山雄一という人間の学者として以外の顔をオレは今画面越しに垣間見ているのだろう。

 これまで頭の良い変わったおっさんとしか思っていなかったが、なるほどこんな殊勝な表情というか後悔を浮かべることも出来るものなのか。

 だが、唐突に子供扱いされてもオレとしては、困る。何せオレは世界中に騒動を起こす魔法少女の発生原因として知られていて、保護してくれている彼らのためにも有用性を示し続けなければどうなるか分かったものではない。


「えっと、それはどういう……」

『ぷ』


 背筋を正して改めて彼へと向かうオレに、教授は一転何時ものプレパラートを覗く時のような面に切り替えて。


『キミほど可愛らしいモルモットはいないよ、埼東ゆき君』


 そう、大人はオレを評したのだった。

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