番外話③ 山田静
山田静とは、三千世界のバグである。
それは、ありとあらゆる世界に普遍的に存在する個体。
剣と魔法の世界にも、人でなしの宇宙にも、未来過去世界だろうが当たり前のように居て、その上で普通に今にだってある。
とある世では神が情報を入れる項を間違えたが故に彼女は世界をその身で括っているのだとすら目された、何にでもあり。
彼女が時に口走る、どこにでも居るような少女、というのは真理だった。
その個体は可能性世界のありとあらゆる異空に紅い点として存在する。
属性としては、中庸。しかし、それは彼女が特異でないことを保証はしない。
山田静は、普通。そしてそんな概念が数多世界を潜って比較し、その上で一とあるのが彼女だ。
ありとあらゆる人間を比較してそのど真ん中な顔はあまりに見難くなく、多くがよく分からないが美しく感じるもの。
何もかもの色を含んで中心にある黒を長髪として纏う、そんな静は実ところ綺麗というマイナス点を競う争いでは絶世となる。
もっとも、それが美人の普通であるかと言えば、違うとは言い切れるのだが。
「ふうむ……中々この世界は厭らしい」
その上で、更にこの存在の特徴を挙げるとするならば、それは無敵と無量の参照を持つこと、だろうか。
独りごつ山田静は、孤独に闇を歩き不明を望んでいるが、だがしかし実際彼女は今に無限から最適を想像していた。
「やはり、この世界はどう考えてもアイツを斃す存在に欠けますね」
それは、瞼の裏に映る周囲の可能性世界を参照の上に、出した結論。
つまりこの付近の世界の数多の山田静の洞察、即ち無限に近い量の観察の結果が、現状の不足ということだ。
その意味を真に理解できるものなんて山田静以外にはないのだろうが、だがしかし彼女は実はそれほど賢しくない頭に叩き込むように続ける。
「楠の鬼の根は遥か遠く、真なる拡張型強化人間を生み出すほどの地獄はここになく、魔法少女には異色が混ざっている……他の要素、例えば最高段の総理大臣なんかの手が届く世界なら何の不安もなかったのですが……ふぅ」
突出した、力。意味不明で眉唾ものだが三千世界のどこにはあるのかもしれないそんなものを想起しながら、しかしそんな希望達にばってんを付けるのが、ここの山田静。
どう考えても、悪を挫くに現状この世界の善なる力をかき集めようとも足りないというのが彼女の所感。
ため息を吐く静だったが、しかし本来ならば善悪のバランスを考えるのが彼女の役割ではない。
パワーバランスの調整なんて、天秤に拘るようなどこかのもの好きにやらせておけばいいとは思うけれども、現状を憂いているのは実のところ静の他にない。
この時は、魔法少女パンデミックなんてものが起こる何年も前。見世物程度の正義や悪が点在して争おうとも、大地は揺らがずに大凡を持って平和と出来ていた。
力とは、多くが平和に呆けるそんな時間に育てるものであるのかもしれないが、変事の兆候すらない現状に不足を嘆くのはいかにもおかしい。
正しく狂気の沙汰であるのだが、しかし山田静自体が神の狂った指先の結果。そんな彼女は、彼女より先にこの世に生まれていた最悪の恐ろしさをきっと、誰より知っている。
今が大丈夫。それがどうした。明日に保証がなければ、アレは何時だって気持ち一つでこの世のありとあらゆるものを滅ぼせるぞ。
それこそ、この私以外は。
静は、その何者の干渉にすら揺らがぬ己を歩として進めながら、唐突な侵入者のために騒ぎはじめる辺りを無視して呟く。
「アイツはまだ終にたどり着くほど欲望を育てていないだけ……本気になっただけで貴方達はお終いだというのに」
上水会の誇る、鶴見研究所。犠牲者の骨すらカルシウムとして利用し切る程の人でなし共の巣窟に、静は遠慮なく邪魔するものを《《退かし》》ながら進む。
彼らのとっておきに向かう、一人に向けられるは彼らの考えうるありとあらゆる暴力。
「ここまでは、ありきたり」
だが閉じる扉に酸の雨、向けられた銃口の数。そんなものなど《《三千世界に100年近く健全に存在することが決まっている》》山田静の生存に影響を及ぼすものではない。
むしろ、それらが何よりも神に近い道理を保有する少女のために、寸前でどんどんと退いていく。
本気を出した静には敷居も檻も、何もかもが無意味。彼女の所作に何もかもが逃げるように体をなくす。それこそ、金属も人だろうが関係なしに。
「ああ……」
そして、コレはアレのようにどうしようもないと理解した上水の上位達の判断は、早かった。
展開されたはアレが面白いと確保していた、魔物。3体の崇拝級に、なんと1体は神域に届くほどの代物が彼女の前で異物を揺らして襲い来る。
並の魔法少女なら、億でも桁足らずの戦力。そして、最強ですら死力を持ってして退けられるかどうかといった災厄の火種達が静を圧し潰さんと迫った。
「……こんなの」
光が輝きならば、それらは闇で悪。叫び声どころではない、地獄の音色が奴らから広がっていく。
明白なグロテスク共が顎を開いて、神域の不条理がその手のひらを落とす。
この時彼女に向けられた単純熱量は、新星を生み出すに足る程のものであったのだが。
「意味ないですよ?」
そこで、はじめて静は嗤う。
そう。熱がなんだろう禍っていてどうかしたか。そんなもので世界は壊せない。こんな程であっても、ありとあらゆるものに繋ぎには勝てないのだ。
「はぁ……」
こんなの私の相手足りないと、何もかもを手の一振りで退かして、更に秘奥へと一歩。
悪の極まり地獄の際。そこには、当然ながら。
「あら……貴女、私を殺す気なの?」
上水愛という最悪付近が存在していて、誰かの血から精製した命の塊といっていいものをそのボロの身体に注入していた。
ぎょろり、と向けられた命にしがみつく悪たる老婆の視線に静はいいえと答えようとして。
響いたのはたん、という音。それが、嫌でも耳に慣れたアイツが革靴で地面を叩いた際に響かせる癖と知っている彼女は振り返る。
「ふん。それはさせんよ」
すると、そこにはあまりに若々しい姿の上水善人が。
彼は、無敵の山田静をもってしても、どうしようもないくらいに最悪であり、誰か不幸でしか幸せになれない欠落でもありながら。
「こんな死に損ないの生まれ損ないだろうが、オレの母だ」
この時はまるで、人の子のように、怒りとともに静に牙を向けていたのだった。
「っ!」
そのあまりの意気に思わず静も構えを取って応じる。
そんな、こともあった。
「ふむ……意外とこの世界は面白い」
時は移り、絶望が生まれて滅んで希望が差し込まれた。
魔法少女と、魔法少女が揃った今において、参照すべき世界などもうない。
特異点と化したこの世界で、悪の側で彼女は。
「さて、善人。約束通り、私は貴方を長く楽しませ、そして想定以上に貴方のお母さんを永らえさせました」
「そうだな……ふん。それがどうした?」
最悪を抑えるためにと、これまで救えない魔法少女の物語を語っていたが、もういいだろうと思う。
「だから、十分でしょう」
「いいや、オレはこれっぽっちも足りていないが」
「むにゃ……ふたりとも喧嘩、しないでー……」
脅しの音色と静止の声色。それに大分慣れていようとも、心は惹かれない。
「いいえ、むしろ次こそ大喧嘩しましょう」
「ほう……オレと構える気か? 麾下に裏切られるのは久しぶりだな」
「ふふ。善人。貴女は私を下にしていたつもりだったのですね。お笑いです」
「静……」
最悪最高段がいくら止めようが、カーテシーでさようならは止められない。
すり抜ける求める悪の手は、あまりに無為。
なにせ、この世界の山田静は。
「私は、お嬢様ただ一人のメイドなのですから」
そんな、《《嘘っこ》》メイドさんに違いないのだから。