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第十二話 魔物

 さて、オレは罪から逃げると決めた。


 皆を魔法少女にしたってのは、どうしようもないくらい悪いことだ。

 不可抗力、なんて言葉は救いにならない。

 オレは最悪死ぬほど酷い目に遭った大勢のために、同じくらいに酷い目に遭うべきだとは思う。


「まあ、オレってそんな真面目ちゃんじゃないし」


 とはいえ、絞首台の列に大人しく並んでやるほどオレはまともでもない。

 オレはオレよりも世界よりも、『埼東ゆき』の生存が大切だ。

 死にたくないとは言わないが、死ぬ気で生きるべきとは思ってる。


「まあ、オレ君は真面目というか、天然? レア度が高いよねー」

「お嬢様は、一点ものですから」

「むしろ、混ざりものだがなー」


 だから、愛車ですと旧めの四駆を操る静の真後ろに座って、オレ達は今逃避をしている。

 雑にくっちゃべりながら、オレは記憶よりずっと人気の少ない東京都内を眺めていた。

 寂れってのは空気で何となく分かる。そうじゃなくたって、止まった電車の汚れっぷりを車窓越しにしばらく見つめた後では、実感で悲しくも思うものだった。


 まあ、幾ら《《元》》首都とはいえそりゃ伝染方法不明の魔法少女なんて厄介に至る感染の源の隔離施設がある場所には人が寄らないだろう。

 おまけに、東京湾が間に横たわっているとはいえ目と鼻の先に魔法少女が打ち立てた国があり、一般人を狙うことはないとはいえまるで戦時のようにそこからしばしばドラゴンが飛んでくるのだ。

 そりゃ普通だったら、逃げる。そんなの当たり前だ。

 しかしズタボロの主要幹線から外れているとはいえ港区を流して人っ子一人見当たらないなんて酷い栄枯盛衰もあったもんだが、まあそれだけ魔法少女は恐れられたのだという証左でもあるのだろう。


「っと」


 彼女らはどんなに力を得ようとも考える人の子でしかないのに。

 オレはオレのせいで変わってしまった全てから目を背けないようにお外に釘付け。

 時に暗がりに入ったためにそこに映り込んだ自分の顔。

 愛らしいばかりであるべき埼東ゆきが今にも泣きそうな面をしていたことに慌てて、顔に力を入れる。

 だが、結果はイマイチだ。額に入った皺は可愛くないし、全体の緊張も明らかだ。


「……あむ」


 やれやれこれは先が思いやられるな、とオレはプラセボをごくり。白はやはり安寧に繋がり、嘘と知っていても震えは消える。

 偽薬を頼りに再び前を向いたオレを見なかったことにしたのか、マーガレットがぶち折ったっていうスカイな塔を見つめ直して、ハルはこう言った。


「それにしても、私の世界ほどじゃないけど、結構魔法少女の子たちにヤラれちゃってるね、ここら。さっき首都機能は古都の方に移動済みって言ってたの、ほんとーなんだね」

「研究所でモルモットしてる以外は籠の鳥やってたから外は正直よく分かってなかったが、そうみたいだな。目と鼻の先に島出来て魔法少女が集まりだしてから、本決まりしたって」

「新島ユートピアね……こんなディストピアに夢を掲げて何をしたいのやら」

「女王やってるマーガレットの目標はすべてを幸せにすることらしいが」

「ふうん……すべて、かあ。独裁者らしい発想だねー」

「そうか?」

「そうそう。すべてなんてもの、この世にないもの。あるのは沢山の他だよ。それらを全部一緒と認識しちゃうのは、きっと誰にとっても良くないと思うよ?」


 きっと埼東ゆきは綺麗であるべきで、そう生き続けたのだろうハルは、しかしちょっと露悪的だ。

 オレが垣間見たのが真なら世界を守るために一人最悪と戦った筈なのに。

 いや、だからこそ思い知ったことでもあったのだろうか。何もかもを助けられなかった末期に想い、その続きとしてハルを生きる。

 よく分かんないが、オレでもいいなら少しでも慰めになれたらいいなと手を伸ばしてみるが。


「ふふ。愛するのって、本当は一人くらいでいいんだ」

「わ……あぷ」


 すると、ハグされた。

 なんとも、柔い。そして人肌温かかった。また、虎の如き牙を持ちながらもこんなに優しく包んでくれる。

 ああ、やっぱりこの子は冷たい人間なんかではないのだ。だから、偽悪は強がりでなら、と抱き返す。


「あはは……オレ君はやっさしいねー」

「ぷあ」


 そんなことがしばらく続き、密着と体積の違いによって続く抱擁にオレが溺れかけるその前に、ハルはゆきの体から離れた。

 どう見ても彼女は笑っていて、オレはそのオーロラ色の瞳の中できょとんとしているばかり。

 一見の平和。でも、その通りばかりに心は回ってくれやしないから複雑だなあ、と思うのだった。


「そういえば、お嬢様。昨晩海山教授へ電話連絡を行ったそうですが、どうなりました?」

「ああ……魔法少女の伝染はエーテルによって条理に願いという方式でオレが同類の複写の法を書き込んでしまったことに拠り、それは解決済みと報告したら、やっぱり全部君のせいかってめっちゃ笑ってた」


 オレは、手前から発された疑問になるべく端的に答える。

 それは、マーガレットにアンを助けられないでごめんと電話して、どうしようもないことだったと許されてしまった後のこと。

 だから、オレの罪を面白いと笑ってくれた教授の低い笑い声はむしろ救いだった。


「ふふ……海山教授らしいですね。つまり、お嬢様とあの方との縁もこれまでということでしょうか?」

「んー。何か、気にせず連絡していいって。頼りにはなってやれないが、モルモットの面倒は最後まで見る趣味だとか言ってた。今度、息子と会わせたいとか何とか」

「わー……おじさんのツンデレっているんだねえ……ま、宗二お兄ちゃんのパパさんが悪い人じゃないみたいで良かった」


 ツンデレかどうかはオレにはよく分かんないが、しかし教授はプレイベートと仕事をそんなに分けないタイプってことは察し済み。

 酷いことだって言うが、結構どうでもいいことも話してくるおじさんとこれきりというのは、オレ的に寂しかったから、ハルだけでなくオレにしても良しだ。


 やがて、凄く久しぶりの対向車がすれ違いに老いた孤独ばかりを載せていたことや、蕩けたような魔法実行の後の悲惨を車輪にてガタガタ乗り越えた後にしばらく黙っていたハルはこう問う。


「んー……私は、上水会が魔物を生み出したクサいのが気になってるなあ……連絡、つかなかったんでしょ?」

「ああ……静に最後に一報が届いて以降、ぱったりだ。魔物……それって何なんだ?」


 しかし、それに上手に情報を返せなかったオレは、むしろ疑問に疑問で返す。

 魔物。人とは明らかに違い、現し世の法則から外れている見た目の何か。

 それが、異なる魔的な法則によって動作しているのは予想していたが、色々あったこともあり、オレは確りハルに聞くことが出来ていなかった。


 ハルは長いまつ毛をぱちぱち。そうしてから考えながら言葉をゆっくり紡いでいく。


「うーん……簡単に言えば魔そのもの? ルールであり、実体。主にそれは人類を下にしていて……」


 魔。それがどんな意味か魔法少女であり自らの身体を用いて学んだオレですら理解不足なところがあるが、長い間魔法少女をやっていたっぽいハルには易しい単語のようだ。

 しかしよく分からずともルールで実体、なるほどそれは生き物ではなく魔の物としか言えない有りようだとオレは思い、次に下という言葉から。


「つまり、上から来るってことか?」


 そんな思いつきを口にする。

 ポーズとしては人差し指を上方に真っ直ぐに。それを見た、ハルの反応は劇的だった。


「……うん。あ……あ、ああっ!」

「わ」


 驚くオレに、しかし彼女のエウレカは止まない。

 何を、彼女は気付いたのだろう。オレが指した先には何も無いというのに、車の天板をを食い入るように見つめる彼女は。


「そーだ! アレは創れるものでなければ削るもの。食むための牙であり、(私達)と並ばぬ等級で……!」


 ハルは、立ち上がる。最強の屹立を邪魔するものなどなければ、そもそもあっという間の魔法行使でルーフを削り飛ばしていて。


「来るなら、空だ!」

「な」


 静が愛車への蛮行を非難する前に彼女が示した空に、青。しかし、もうそれだけでないことは、きっとオレ達だって今更に分かった。


 黒。天のような孔。それが何時の間にか蒼穹にあって、溢れんばかりの悪意をそれが湛えているのはひと目で理解でき、そして。


 当然のように、多種の蠢きは表面張力を超え、天から溢れた。

 一滴きりでないそれらは、数多に広がったようだが、まるで求めるように一つは。


「っ!」


 ぼとん、とボンネットにそれは堕ちる。

 一時丸かったそれは瞬く間に開花のように性を求めるように気味悪く広がり、車体に取り付く。

 きっと、静が慌てずに車を停められたのは奇跡的。それくらいに、魔物は唐突にも必然的に魔法少女の前に現れて。


【くうん?】


 そして、酷く猥雑で冒涜的な見た目をした生き物が、発声器官らしきものを捻って我々に疑問を表したのだった。


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