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第十一話 謝罪

「あむ」


 何時だって、プラセボは甘いだけ。でも白くて粉っぽいそれをもぐもぐしながらオレは蚊帳の外できゃっきゃうふふを見る。

 自罰の他所で花は咲くもの。ちょっと両方とも大ぶりで華美な感じがあるが、まあ綺麗所が仲良くしてる。


「へー。おっきいゆきちゃんは、ハルちゃんって言うんだ!」

「そう。ちなみに私は異世界のゆきだったりするよ?」


 そう。オレの前では正統の埼東ゆきと、生きる樋口結の感動の再会が繰り広げられていた。

 いやひょっとすると、この場合は《《差異会》》とでも呼ぶべきだろうか。出自も年も是非も異なる二人が仲良くするのは、でもオレにとっては悪くない。


「全然違うが、ぴったりだよなあ……うむう」


 呟くオレは思わず目を自らの胸元に逸らす。

 どこがとは言わないがビッグカップルの誕生にオレは思わず震えてしまったが、あいつらみたいにちっとも揺れない。

 先の戦闘でますますマジカルな身体になったオレはもうああはなれないというのに、隣の芝は青いというか、めちゃデカかった。

 基礎が男だろうがそんなの関係なくオレも自慢できるような体だったらちょっとは胸張れるのかなあ、いやそれだとむしろ重くてキツイのか、とか思う。


 そんな風に、体格においてレベルの差を感じさせる二人は、一歩引いたオレにも気付かずいちゃいちゃ。

 初対面の距離じゃない間隙を持て余しながら、会話を続ける。


「わあ! ハルちゃんの居たとこってけんとまほーの世界?」

「ううん。むしろ権力と悪魔が勝った世界」

「わー。それって、良くない世界だねー」

「うん……そうだったんだよね」

「ハルちゃん?」


 しかし、波長の合うだろう二人には大きく認識の差があったようで、ハルは気まずそうにし始めた。

 まあ、そりゃあ助けられなかった世界の話を求められても困るだろう。

 オレは、新しい菓子の袋を破きながら、二人の会話に参入をする。


「結。オレとはいえ初対面の相手に根掘り葉掘り聞くのは良くないぞ? ハルも困ってる」

「わわっ。そういえばそーだったよ! わたし色々と忘れちゃってた……えっと、本日はお日柄もよく?」

「ふふ。むしろ飛び込んできてくれて私は嬉しかったよ? あ、さっきカレンダー見たけど今日は仏滅だったかなー」

「え、お日柄ってお天気の話じゃなかったんだ! 勉強になったよー」

「ま、ハルが良いならそれでいいけどなあ……あと結。多分そのセリフ、結婚式とか以外じゃあんまり使わないぞ」

「わ。なんかかっこいいから朝の挨拶にしようと思ってたのに、がーん!」


 朝っぱらから結婚式のスピーチ冒頭と同じく始まるというは面白くはあるが、しかし毎日が大安吉日でも晴れでもなければ、汎用性に欠けていた。

 そして、オレは天然でボケて空気をユーモラスにし続ける結の隣で、彼女がやはり尖ったセンスの衣服の端を焦がしていることに気づく。


 六曜。それだと今日は仏滅か。物滅、空亡。まあどちらにせよ良い日じゃない。

 ただ、内心何時だって死ぬには良い日だとは思っているオレは、一応はと改めて結に訊ねる。


「あと、結。分かってると思うが……出来ればハルのことは触れ回らないでいてくれると助かる」

「うんー」


 お利口さんに過ぎるところすらある結は、当たり前のようにオレの要請に頷きで返す。

 今日はまだマシなでも癖の強い髪が、頷きに上下する。隣で下がった茶髪を見て、どうしてか首を傾げだしたハルは、やがてこう問った。


「あれ。ひょっとして結ちゃんがオレ君の監視役だったりするの?」

「そうだよ? ゆきちゃん協力的だからあんまり大事なことじゃないみたいだけど、静さんそういうのサボるから……」

「面倒ですので」

「静、仕事より趣味に走りがちだからなあ……まあ、そうじゃなきゃ職場でメイド服着込まないか。でも報連相は大事だぞ!」

「はいはい。美味しいですよね、ほうれん草」

「やれやれ……反省する気なしだな、このうそっこメイドさんは……」


 飛んできた話題にろくに乗らず、目を閉ざしてつんと聞かぬを貫くメイドな静に、オレはため息を飲み込む。

 本来なら側仕えなんて、主人の情報ダダ漏れなんだから、それを成果として評価を上げればいいのに。全く静は気まぐれだ。


 オレは後ろ暗いことなんてしてないが、そもそもオレなんてどうでも良いのに。

 変に気を使わないで欲しいが、しかしどうも我がメイドさんは苦渋を好む。


 半目でホワイトブリムの下の綺麗綺麗を睨みつけるオレ。

 しかし、素知らぬ顔した静はポテチを一枚つまんで合間をするり。自由な彼女は簡単には幸せになってくれないのだった。


「あはは……オレ君も、自分のこと他人に報告すること催促するとかおっかしいけど……でもそっか。皆、そんな感じなんだね……」

「ハル?」


 さて。そんな不揃いで真っ当じゃないオレ達を見て、何かを理解した様子でハルは苦く笑う。

 彼女は、コンソメなポテチをこれこの味懐かしい、とか呟いてから順繰りに周囲を見つめる。

 そして最後に虚空を見上げたと思うと、そのまま一人彼女は呟くように問った。


「要は、オレ君か……ひょっとして、君魔法を伝染させちゃったりした?」

「う……そう、だな……」


 認め難いがしかし事実に、オレはきまり悪くする。

 そう、本来ならば息をすることすら許し難い程にオレは罪深い。

 オレに端を発した数多の子らの魔法少女化は、秩序を崩壊させて久しかった。


 力に酔ったものが振るう暴力とニアイコールの存在。だからこの世界で魔法は間違いなく悪である。

 その最古の保有者であるオレはずっとそれをどうにかしたかった。でも、自力すら理解できていない現状、その方法は不明。

 それは勿論、オレの延長線上の彼女も似たようなものだと思っていたけれど。


「私のと違って摂理に則ってるけど……祈祷によってこの世界に既に魔法式は描かれている。勿論読み方は私のと一緒だから……そっか。だからあなたは今際の際に(似て非なる者)を願ったんだ」

「わ」


 達筆とはその入からして逸しているもの。

 そしてハルの魔法行使はあまりに自然だった。オーロラ色の髪が燃えるように逆立つ。

 その力が集中しているのは、眼。なるほど彼女は瞳に魔力を灯して、なにもない筈のところに意味を見つけているようだった。


 そう。オレが理解できない痕跡と、方式。

 それに触れて、引っ掻いた彼女は目を細めて泣きそうに、でも泣けないままにオレに言う。


「つまり……そんなに孤独だったんだね、オレ君は。だから相似した存在を魔法使いにしちゃった」

「えっ」


 驚きは、自分の口から以上に隣から大きく響く。

 アカシックレコードならずとも空にアーカイブを見つけたハルが間違いを口にしているはずもないのに、彼女はそして首を左右に振って否定するのだ。


「違うよ、そんなの……」


 最優の魔法少女。そして、二人目。

 オレを一人にしてくれなかった彼女に、オレの孤独は理解できない。


――――わたしが居たのに、ゆきちゃんは。


 そんな筈ないという思いがきっと結にはあるのだろう。

 だが、本来オレが察して語るべきだったことをハルは間違いなくも冷たく続けた。


 ああ、どうして彼女はこんなにオレに甘い。


「ううん。間違いないよ。この世の全ての魔法少女は……埼東ゆき()が、孤独に耐えられなかったから、同類にさせられただけ」

「そんなの……」


 ない、と結は断言できなかった。

 ちらとこちらを見る彼女の瞳は、湿潤に揺れている。

 まるでそれはどうしてわたしだけじゃダメだったの、と責めるようで実際その通りなのだろうけれども。


「ああ、そうだ」


 頷き、オレは彼女の救いにならなかった。

 理解にオレはようやく救えないほどの罪を自覚する。

 何もかもがオレのために壊れて弱っている、現況。その罪悪感に息の根すら詰まりそうであるけれども、しかし。


「オレは、誰もが幸せになれると思ってはいないが、それでも誰もが幸せを目指せるようになったら良いな、と思っていた。……力になりたい、力をあげたい、とはずっと思ってたかもしれない」

「それって……良いことじゃ……!」

「でも、その源泉はきっとハルの言う通りに他人への不信だ。オレはきっと誰もが幸せになって、オレなんてどうでも良くなってしまえばいいと思っていた」

「え、と……」

「ちょっと言い回しが難しかったか……簡単だよ。オレは、特別な自分を殺したいくらいにキライで、だから特別じゃなくなりたかったんだ。だからオレの心は皆に魔法をかけた」

「そんなあ……」


 きっと、結はオレをずっと好きでいてくれた。それは救いだ。

 でもオレは端からオレがキライで、嫌悪は捻れて同化の魔法となって発露した。それは、まるで呪い。


 結の姉が殺されたことも、彼女が魔法少女を殺さなくてはならなくなったことも、それでもオレに怒らずただ失望を抱くばかりなのも、すべて。


「オレが生まれたのが悪い」

「そんなっ!」


 ああ、誰かを塗りつぶしてでも生じてしまえば生きなければならず、でもそんな命が正しく願えるわけなんてなかった。

 オレなんかよりも皆幸せにという気持ち、そればかり。

 そんな間違った存在に原初の力があれば、さもありなん。


 ああ、生まれて直ぐに死ねばよかったと、偽薬の効果を越して心が叫ぶ。

 くらりとする体。しかし誰も助けなければ、むしろ、身近な他人のハルは断言する。


「うん。間違ってた。どうしようもないし、もうオレ君は救いようもないかもしんないね」

「だな……」

「でもねっ!」


 顔が、近い。泥沼の心にそんな感想が浮かぶ。

 そしてその整いを見つめるオレの視界が濡れていることに今更に気づく。間違いなくオレに救いなどない。


 それなのに、でも、とこの魔法少女は言葉を翻す。

 期待は抱けなくても縋るように見つめるオレにハルはウインク一つ。こう零した。


「この力は世界だってあとちょっとで救えるものだし、間違ったって終わらなければ続きは生まれる。それに……そもそも式は上書きだって出来るんだなー」

「もしかして……!」


 指先を宙に丸く。輝きは軌跡となってしばらく残った。

 遅れて、オレは彼女の所作の全てには最強が宿っていて、あまりに無法であれば最古の下書きなんかに囚われることなんてあり得ないと気づく。


 頼もしき、異世界の魔法少女。オレと彼女のバッドエンドがクロスして、ばってん。どうやら間違いに傷を付けたようだった。


「うん。さっき私の【不条理】にて崩しちゃったからオレ君がまた願わない限り、この世で魔法少女はもう生まれないよ」

「っ」


 だから大丈夫だよ。そんなことを告げてくれた、正解の埼東ゆき。

 もう二度と間違う気のないオレは、とうとう無様にも泣きながら、震える唇んて感謝だけ、こう告げる。


「ありがとう……」

「どーいたしまして!」


 そう、ありがとう。

 これでまだオレは死ねない。




 出会うは一瞬でも、別れは久遠となることだってある。

 魔法で作った曰くワープゲート。それ結構難しいやつじゃん、と評するハルを苦笑いで流した結は、去り際にオレにこうだけ言った。


「わたし、これは……これだけは、全部皆に伝えるね。皆が悲しんだこのことにだけは嘘をついちゃ、ダメだから……」

「ああ……そうしてくれ」


 式は崩せども結果は戻せない。そして魔法少女を願った、オレが最悪なのは違いなく。ならば、そんな事実が広まるのも当然だ。


 報連相は大事だし。そんな考えばかりは翻せないオレはきっとバカなのだろう。

 しかし、そうでもなければ、間違ったまま続けられやしない。


「ゆきちゃんは、どうするの?」

「オレは、逃げるよ。正直に殴られては、やんないさ」

「そう……」


 正真正銘の悪因。今はそうであれば、でも【埼東ゆき】を死なせる訳にはいかないオレにはあらゆる沙汰から逃避せざるを得ないだろう。

 きっと、それは大変で無意味なことであるのかもしれないが。


「まあ、それでも誰もが幸せを目指せるように、もう願わずにただそのために頑張るよ」

「ゆきちゃん、らしいね……」

「ああ。だから……」


 何時か、誰か何かのためになれるよう。そのために、今は結と別れて。


「結。何時か君に殺されるまで、オレは勝手にくたばらない」

「っ!」


 その終わりに、この子の恨みを受けるため、生きるんだ。



「ごめん、ねえ……」


 力の輪っかを潜る前に、一言の謝罪。


 この世界に生きる樋口結は、だからこそ。

 オレの勝手な言葉を否定しなかったのだった。

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