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番外話② 樋口結

 樋口結は、埼東ゆきの幼馴染みである。


 そして、ゆきに魔法少女を伝染された最初の被害者でもあり、政府公認の伝染なき魔法少女として俗に言うところの《《魔法少女パンデミック》》を防いだ英雄だった。


「わたしなんて、怖いから他の子やっつけてただけなのにねえ……」


 独り言つ、結のそれも真実。だが、最早蟲毒のレベルに都内に前後不覚の魔法少女が誕生した中で、生き延びたというその事実だけである種の勲章ではあった。

 怖いから、反撃も思いっきり。それを続けて屍の山を作った彼女はむしろ、綺麗に最小限を昏倒させたゆきよりも、ずっと評価される。

 恐怖で容易く縛れる、高火力。そんなお利口さんな兵器は、疾く配備が進むもの。

 ゆきへの加害をほのめかすだけで、お偉いさんからの使役から逃れることも出来ない結はだからこそ、最も優れた魔法少女だと言われたのだ。


「ゆきちゃんのほうがかんわいいのに」


 さて、少女がいくらそう叫んでも、利を求めて彼女に縋り付く手は止まない。

 最古よりも最優。底なしの原点よりも理解しうる次点と、大きく舵を切られた世間一般の方針に揺られながら、結は手の付けられない魔法少女を間引くことを続けている。

 そんな公に認められた職業人殺しな彼女も、時に倦む。

 スポーツカーのスクラップの上で足をぷらぷらさせる年齢不相応の見目の、しかし子供に年上はこう返した。


「お前、そう言うがな。結局のところ埼東ゆきは害だ。昨今発生が落ち着いているとはいえ感染原因なあいつと駆除者の隊長のお前とをなんて、比べようもないだろ」

「えー」


 立て続けにコールされ疲れ気味の少女を前に、《《魔疫》》防衛隊元隊長の男性は軽口を叩く。

 彼彼女らの中は良好だ。しかし流石に、親愛なる友を害とされて結も口を尖らせざるを得ない。

 そしてこれが知らない他の人だったら魔法でぶっとばしちゃうのになあ、と愛のバーサーカー振りを隠しながら内心むむむとする。


「むー……スナイパーさんは、お口が悪いなあ」

「正直でいいだろ」

「やーい。この戦闘役立たず!」

「はぁ。俺の正直は認めたが別に、お前に正直になれとは言っていない」

「いたーい!」


 軽口には重めのちょっぷ。そんな二人は気安くも互いへの尊重があまりない。


 実のところ男は地味な働きを買って出てくれる隊唯一の大人なのだが、ただ立場を被せられたばかりと思っている現隊長の結は彼への呼び名は隊長さんからスナイパーさんへと立場とともにいつの間にか格下げさせていた。

 そして、男も少女に対して過度に慎重に接する気もなければ、いたずらに好かれるつもりもないのだ。


「ったく、叩いてみたら気になっちまった……ほれ、櫛ぐらいいれろよ」

「わー撫でないでー。ひげおじさんがわたしをいじめるー」

「言ってろ」


 また、偶々生き残っている者同士己のことすら互いにおざなりで。そう思えば目立ちすぎる癖っ毛は、むしろ相手のための隙だったかと彼は思う。

 だが撫でる手の大きさを疎う結は、むしろ彼の手に走る傷ばかりを気にしているのだった。

 努めて視線を外し、ぽつりと隊長は一般隊員に向けて呟く。


「ゆきちゃん、いい子なのに……」

「埼東ゆきが善性の生き物だって言うのは知ってるよ。病が流行った発端も、発病した魔法を用いて重病者の快復に尽力したため、っていうのくらいはお前じゃなくたって常識だ……つうか、そんなマトモな大人しい奴じゃなきゃ、とっくに俺が殺してる」

「スナイパーさん。もしゆきちゃんに少しでも傷つけたらゆるさないからね?」

「善処するさ」

「大人の言葉! ずるい!」

「面倒だなあ……」


 ぽかぽか。そんな子供のパンチは大人を傷つけるに足りない。魔法少女とてそれは一緒。

 力みの足りないそれを避ける理由などなければ、こんな優しげなやつあたりを胸に受けて耐えるのはむしろ自らの役目なのかもしれないと、男は思う。

 そう、今は人っ子一人なくともその昔魔法少女蔓延っていた『原宿』のど真ん中にて、彼らは過度に人間らしくしていた。


「そういうお前はガキだが……」

「むぅ」


 少女は口をとがらせるが、実際ボーダーラインと比せばさほど小さくなくとも、それでも結は子供である。

 また彼のような無骨と並べてしまえば、その内に異なる力を幾ら蓄えていようと不安に思えてしまうものだ。

 そして実際、小粒にしては出来のいい結はその実不安定。

 泣いたり笑ったりしながら同年代同性にとどめを刺す姿はどこか痛々しい。


「とはいえ、大丈夫さ。なるようにしかならんし、これ以下はそうない」

「そうかなあ……」

「大丈夫だって。後は上がるだけだ。死ななきゃ何時かどっかにたどり着いていまうもんさ。それこそ、幸せにだってなっちまうだろ」


 とはいえ、結にはどうしようもないからと人を殺し続ける日々に安堵するような生き物と成って欲しくはないと男は考えている。

 むしろ、こんなに頑張ってる少女が幸せに届かないなんてありえないだろうとすら思う。

 だから、願掛け代わりにタバコも止めたし酒だってもう浴びるようにはしない。


 そんな燃え残りのような男の横で、しかしとても不幸せな少女は。


「……これ以上、死体を踏みしめた後に?」


 足元に災厄に倒れた後荼毘にふした筈の最愛だった姉の屍を強く痛くすら感じながら、尚生きざるを得ない今に疑問符。

 シングルテールは風に揺れるが、しかし、大人は優しくもどこまでも非情になれるからこそ、今輝くの命のために真っ直ぐにこう断じる。


「ああ……そうなるな。取り敢えず今は、そうだからこそ代わりにでも生きろ」

「そっかあ……」


 救われたから、殺したから。だからこそ悪たる道をそのまま進め。

 楽に死ぬなんて、許してはあげない。

 最古の友以外に生きる理由一つ見つからないそんな娘はだからこそ、対症療法的な言葉に耳を傾けきって。


「分かったあ」


 こくり、と親代わりの男に頷くのだった。

 ただ一つ、笑顔の花は瓦礫に咲く。それは、むやみに可憐で儚いもので、その上で確りと輝かしくはあって。


「そうか」


 だが男は彼女のその笑みに、笑えない。


 結は、作戦によって補填されたばかりの仲間を一人失い、それ以上に少女を殺し尽くした後の今に、殆ど自分のことしか考えていなかった。

 それが現実逃避でなくてなんだろうと痛感し、更にほとんど作戦失敗の現況に彼は頭が痛くもある。


 別段返り血一つないまま誇ることもない、彼女が想像貧しいわけでもおかしくなった訳でもないことを男は知っていた。

 だから。


「はぁ……」


 もうただの余計ばかりがカラフルな『原宿』の灰色の景色の中男はため息を吐く。

 そして昔のように白く伸びぬ吐息をちゃんと認められないまま、男は自分ばかり生き残ってしまっている事実ばかりを飲み込むのだ。


 魔法という力が分別ない子らに無差別に広がり、ままならぬようになったこの世の中。


 結には言わないが結局やはり全ては、その切っ先たる最古の埼東ゆきが悪いのだろう。




「えっ?」


 さて。

 曖昧な概念であるが幸せとはおおよそ、幸を感じた状態のことある。

 故に、刹那であれば地獄であっても感じられることもあれば、日常に不幸を覚えたって自然なこと。


 お人形さんみたいで愛らしい、可愛い可愛い、埼東ゆき。

 《《嘘みたい》》に優しくってどこまでだって友誼を深めるに値する、最高の沼。そう定義していた結の心に、ゆらぎ。


「違うよ、そんなの……」


 そう。

 愛し護るに値するただの力の被害者の一番の彼女が。


「ううん。間違いないよ。この世の全ての魔法少女は……」


 最強が首を振るのに合わせて、心は戸惑う。

 だって、そんな。


埼東ゆき()が、孤独に耐えられなかったから、同類にさせられただけ」


 救えない罪を持っていたなんて。


「そんなの……」


 なんて、かんわいくないんだろう。

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