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第十話 差異

 色々と悩み尽きない身分であるが、それでも時が経てばさざ波治まるのは自然の理。

 自分が何だかは正直よく分からないが、それはそれとしてオレは居候をするのだと言い張る家なき娘である【埼東ゆき】をひとまず案内することにした。


「ここが書斎だ」

「わあっ、ここもひっろーい!」

「オレもそう思う」


 まあ、そもそも庶民が女子に根付いてしまった歪であるから、遠慮してオレはでっか過ぎる屋敷の一部しか利用していない。

 メイドさんをやっている静の方が管理のために部屋を使っているらしいのだから、オレも縄張り意識が小っちゃい奴なのかもしれなかった。

 とはいえそれでも、尽く部屋がでっかいのに驚いてひゃあひゃあうるさい最強の魔法少女を楽しませるに不足はなかったようだ。

 広い中、真ん中の丸テーブルやちょこんと外れにあるデスクに置かれた書類が目立つ中に、彼女は大きく口を開いたまま、突貫。


「おっ、コレがオレ君の書いたやつ? 採点してやろー」

「おいおい……」


 オレが止めるまもなく、未だまとめていなかった一枚をかっさらって、ふむふむ。

 しかしざっと見てよく分からなかったのか最終的に首を傾げる魔法少女(大)。

 それ、オレなりの魔法理論に基づいた効果演算のための式とかあるだけなのにな、と思いながら追いついたオレは彼女の大声を聞く。


「何か凄いねー、オレ君の文章ってとっても理屈っぽい!」

「そうかな……独自研究なんてなんらかの道理からの担保が必要だからこんなもんって思うが……」

「うーん! 魔法なんてもっと大胆にリリックでリズミカルな書き方が似合ってるんだよー……私が変えちゃおうかな?」

「わ、止めろよ。《《ハル》》がやったら絶対頭悪い文になっちゃうだろ」

「オレ君酷い! 私はこれでもずっと天災って呼ばれてたんだよー」

「てんさい……天才? ちょっと違う気がするしよく分からんが経験もない天才でしかない奴なんかにはオレの文章に触れさせる気にはならないな」

「わー、オレ君って意外と努力信奉者だった! 私魔法論文風小説書きたかったのにー」


 口を尖らせてぶーぶー言う、彼女曰く新名ハル。ゆきが消えた後にはハルしかないでしょ、と雑に己を定義した彼女はぶーたれていても美人のまま。

 しかしもっとびゅーんどかーんって入れたほうが分かりやすいよー、と続いたハルの言を聞きオレはやはりこんな類の人間に努力の結晶を預けるものではないな、と思うのだった。

 今にも数式の合間に擬声語を挟み込みかねない奔放から紙面を取り返したオレは、人差し指でピンとアホの子を示して語りだす。


「ダメったらダメだ。これは、後で海山教授に提出するんだから」

「はー? 海山って……宗二お兄ちゃん、この世界だとせんせーやってるの?」

「ん? 教授は雄一って名前だが……そういや、息子ってのがそんな名前だったような?」

「……ふーん。オレ君と宗二お兄ちゃんは会ったこともないんだ……面白いね、この世界」


 くすりとしながらこれって世界間ぎゃっぷだ、とか抜かす、ハル。

 イマイチよく分からないが、しかし外の国より知らぬ【埼東ゆき】というルーツを同じくした彼女の生まれ故郷のこと。

 きっとオレよりそこそこバッドエンドだったその世で過ごしてきただろう女性にいたずらに聞いて、亡くしたものに悲しませてしまうのは良くない。


 でも、正直なところ教授がどうこうというのはオレにとって結構大事だ。あの人はオレのこと大切に思っていないかもしれないが、それでも生命線を握っている教授は家族とまではいかなくても好きだから。

 流石に息子さんについてはまあ興味が薄いが、それでもハルに《《こんな顔》》させるくらいだから、きっと彼も本来は意味深い人間で。

 とはいえ究極的には似て非なる他人の話になるだろうからどうすればいいのか困ったオレは、素直に尋ねる。


「よく分からないが……それは聞いてもいいことか?」

「うう……どうしようかな……」

「あら。ハルちゃんでは言いにくいことでしょうから、私がお話しましょう」

「静?」


 耳朶に馴染んだ玲瓏な声に振り返ると、そこには絶妙な距離にて茶碗を二つお盆の上に携えた静が居た。

 そういえば先からどこに行っただろうと思っていたら、またいいとこの玉露を淹れていたようだ。笑顔で静はオレらに熱々なみなみの鮮やか緑色が入ったカップを差し出してくる。


「お嬢様。はい、ハルちゃんも」

「静……いいの……ってこのお茶苦っ!」

「ううぅ……オレもこの渋みには慣れないな……」


 提供品を口にして直ぐ様驚き舌を出すハルの無礼に、しかしオレも隣で仕方ないよなと頷けた。

 そう、なんでかこのメイドさんはやたらと緑茶好き。それも熱い温度で煮出した濃すぎなものをこれが一番だと平気で配ってくるから恐ろしい。

 一度マイペースな井口の婆ちゃんを夥しい茶柱でもてなし絶句させたその邪な茶の道の手腕は、正直メイドとしてどうかと思う。

 まあ、取り敢えず喉は潤うからと我慢しながらちびちび舐めるように飲んでいると、静は指をぴんと立てて異世界解説をはじめる。


「まあ、簡単なことですよ。ハルちゃんは異世界でのお嬢様の可能性の先にある未来の姿です。なら、似ていることも違うこともあり……ただ、それを知っているハルちゃんも初恋の人のことをお嬢様が知らなかったのには、複雑な感想を覚えたみたいですね」

「初恋?」

「い、いや違うわよ、静! 宗二お兄ちゃんとか、ズボラでクソマジメで、でも結局力イコールパワーな脳筋よ? あんなの、ただの腐れ縁の幼馴染っていうのが近くて……」

「でも、貴女はそんな彼によって守られた。生き延びて最期まで戦えたのは、彼のおかげだとハルちゃんも心の底では思っていますよね?」

「……そう、ね。でも、そんなことで惚れたわけじゃないわ。むしろ……私の心なんて知らずに置いてっちゃった宗二お兄ちゃんのそんなところだけが、私は嫌い」


 好きに嫌い。それが並んだ結果、ハルに《《あんな顔》》をさせたのだ。人に歴史ありとはこのことか。

 オレは、バッドエンドを前にハルと彼がずっと幼馴染ではいられなかったのかもしれないことを察しながらも、感心する。

 笑顔の虚飾なくした最強は、剥がれた部分から悲しみを披露しつつ、でも内心それだけではないと察せた。だから、オレは思わず頷き言うのだ。


「ふうん……聞いててその宗二って奴、オレは気に入ったかな」

「オレ君? あの人って、ただ私を守るだけでそれしかしてくれなくって……」

「でも、そんなヤツが居たからこそ、【埼東ゆき】は最期まで頑張って、ハルは今も続いている。なら、オレにとっては感謝しかないよ」

「うわあ……オレ君って結構悪いとこ宗二お兄ちゃんに似ちゃってるかも……」

「うん? そいつもちびっこいのか?」

「はー。そんな唐変木なとこ、そっくりさんだよ! もー」

「おお」


 そっくり。鏡写しの理想像にそんなこと口にされて、オレはちょっとびっくりする。まさか見知らぬ異性と唐変木というあまり良くわからない分野で肩を並べているとは。

 ただ、悪いところで似ているとは、あまり嬉しくないことだ。とはいえ罵ることでハルが少し元気を戻したようなのでそれも跳ね除けず、飲み込む。


 根本からでないダメならこれから良くなればいい。そうのんびり考えつつ、オレはそういえばと静に問うのだった。


「なあ、静はどうしてそんなに異世界の事情に詳しいんだ? 元々そっちの人だったりするのか?」

「ふふふ」


 首を傾げて自らの長髪の重みを感じているオレに、静は即答の代わりに微笑みを一つ。それにオレは別段彼女が異世界産でないことを察するのだった。

 どこにでもいる少女とか、よく分からない自称が謎のヒントになっているのかと悩むオレにイミテーションメイドさんで大人な彼女は。


「秘密です」


 傅くこともなく、ただそれは今語れないことだと言葉で示す。

 湛えている何時もより胡散臭くない、彼女の口元の弧の柔らかみにまあいいかと思ったオレは。


「秘密なら、仕方がないか……」


 そう決めて彼女の物知りを便利とだけ捉えて凄いなあとだけのほほんと認める。


「えーっ?」


 だが、それにちょっと真面目になっていたハルは中途半端を嫌ったようで、ぷんぷんと自分で口にしながら文句をつける。

 贔屓だと叫ぶ彼女はどうも勘違いをしているようだったが、勢いのままにぶるぶる寄ってくる最強を前にオレもタジタジにならざるを得なかった。


「そんなんで誤魔化せちゃうの! オレ君静にあまあま過ぎー! もっと私にもソフトタッチしてよー」

「はぁ……そんなにソフトがいいならこれでも食ってろ」

「もが! ん……なにコレ、しょっぱ美味しいけど……」

「ソフトせんべいだ」

「わあ、はじめて食べたよ! 美味しいね! ありがとう!」

「どういたしまして」


 だが、神だろうがなんだろうが怒りを鎮めるのは美味しい供物と相場が決まっている。

 静の提供してくる苦い茶と和菓子に合わせるように好きになり、常備しているせんべいをあげたオレも一枚取り出しぽりん。

 うまうましている様子のハルを見ながら、かなり思考の持続力ないなこいつと思いつつ舌鼓を打っていると。


「ふふ。ちょろいのは、どっちもぴたりと同じですね」


 《《聞こえない声》》で、静はそんなことを言ったようだった。




「うまうまー」

「やっぱり苦い……」


 さて、期せずして茶と菓子でおやつタイムは始まり、だらしなく座りながらソフトせんべいばかり食べるハルを横目にして。

 オレは冷めてより感じられるようになった茶の苦みをぺろりと試していると。


「ゆきちゃん、今日もお菓子貰いに来たよー……って何かおっきいゆきちゃんが居る!」

「あ、結」


 そういえば何時も昼過ぎ三時頃にワープでやってくる、オレにとっての唯一人の幼馴染である結のことをうっかり忘れていたことに気づいて、彼女の驚きをただぼうっと見ていると。


「――――結?」


 途端に【埼東ゆき】だったハルが、米粉で出来た欠片をぽとり。机に落ちて更に砕けたせんべいを勿体ないなと思うオレに、彼女は。


「どうして……ああ」

「きゃ」


 幽鬼のような表情をしてゆっくり結に近寄ったと思えばおもむろに彼女を抱きしめて。


「ここでは生きてる、んだ……」

「あわわー。結はゆきちゃんのもので、でもこの人もゆきちゃんで、あわわー」


 紅く慌てふためく結を胸に、彼女はどうやら涙を流そうとしたようだったが。


「よかった」


 でも、世界の滅びを前に涙尽くした後のハルは、そんな簡単なことすらもう出来ずに、ただ他人のオレを見つめながら、はにかんだのだった。


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