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第九話 自他

「むぅ……」


 どうも寝心地が、悪い。

 オレはそこそこ鬱なので身体に余計な緊張が走りがちでその分疲れやすくはあるが、流石に寝るときくらいはマシだったのに。

 むしろ、全体に圧すら感じる動けなさがある。おまけになんか暑苦しい。

 布団の柔らかな拘束とは明らかに違う、ちょっと思いやりに欠けた大きなものによる抱き。

 ちょっと記憶がぼやけていることもあり、そうなった理由も不明だが、これはひょっとすると。


「静……オレを抱き枕にするのはやめてくれー」


 薄くやたら熱を発するちびっこボディは、メイドさんいわく湯たんぽに丁度いいのだそうだ。

 前世オスだったと思っているオレにとっては気恥ずかしいばかりだが、でも静は意外とオレへの接触を厭わないどころか好んでいる。

 だから、このやたらめったらむっちりしている大人の女の身体を、つい最近静も肥えたんだなと変に考えるばかりでもぞもぞしていると。


「むぅっ……私というものがありながらこのオレ君は静とはいえ別の女の名前を……えいっ」

「ぬおっ!」


 なんか見知らぬような聞き慣れているような、そんなオレの声をオレより使いこんでいる感じの声色が耳元で響き、更に圧が強くなった。

 オレも驚き間抜けな悲鳴を上げてしまったが、しかしこれはちょっとヤバいかもしれない。

 何せ、この下手人は明らかに強大な力を持っており、それこそちょっと自分に魔法を掛けたところで敵いそうもなく、何より。


「何で裸!?」


 オレはそいつをオレと布団から引っ剥がしたら色々と丸見えで規制ものになるだろうことにやっと気づいたからだった。

 ネグリジェの感触の外の身体に密着しているのは、気持ち悪いくらいの肌感。

 ぺとぺとして、ちょっと低めの体温が思春期にも届かない同性にするものではない、なんだかいやらしい感じに触れてくる。

 呆気にとられたオレに彼女、思い出してきた記憶の中では異世界の【埼東ゆき】は、あっけらかんとこう言った。


「あれ。静がオレ君に服着せてたのも、オレ君の趣味だったの? おっかしいなー……私って結構お家裸族だよ?」

「知らないってのっ! それにオレにそんなおっぱい当てても仕方ないって……」

「えー……オレ君、意外と常識派なんだねー。というか残り香だけで中身ほぼほぼ女子? それじゃつれないかー」

「あ、抜けられた」


 背中越しに色々と気になることを口走っていたが、取り敢えず【埼東ゆき】はオレを離してくれたようだ。

 ただでさえ緊張してしまうから束縛は嫌いなのに、それが人肌で温ければより嫌になる。

 するりとベッドから抜け出たオレは彼女の方へと振り返った。当然のようにオレを鏡映しに真っ直ぐ見返している裸のデカ女は、立ち上がりながら続けて言葉を転がす。


「あーあ。中身男の子なら番って恩返ししてあげようかと思ったのにー」

「……オレは自分といい仲になる趣味はないぞ」

「え? 私大好きな私なのに?」

「……いいや、多分中身がオレだからだ」

「なるほどー」


 頷き、顔を上げる。それだけの所作に彼女の魔法は付いてきて、体を成した上で質量を帯びた。

 みらがやったのよりもあまりに自然で力いらずなそれは結果として【埼東ゆき】の身体をこの上なく綺麗に飾る。

 オレは自分のことが大嫌いだが、それでも見惚れるほどにこの鏡の先は美しい。更に、そのこの上なく魔的な容姿を微笑みで軽く歪めた彼女は。


「うん。攻略って、難しいくらいが燃えるよねっ」


 そんな、ゲーマーみたいなことを言ってぶるんぶるんとえいえいおーするのだった。




「げ、もう十二時だ」


 朝起きたら、昼。

 そんなことはオレには実際あまりない。前世ではまあ酒たらふくのんだ後とかあったかもしれないが、寝過ぎれば身内に起こされる身空で起床を遅らせるのは難しかった。

 特に、メイドを多分趣味でやっているっぽい静なんて、厳しいものだ。

 早寝早起きが健康のもとだという、それただの老人の得意技から得た知見だろってのをよく口にして定刻越えて寝てたら直ぐに布団を剥いで起こしにかかる。

 その後は眠気眼のまま彼女に連れられ洗顔にうがい、そして素敵なお薬まで手ずから飲ませられてしまう始末。


 きっと前世はそこそこいい年まで生きてただろうオレは、よしよしされながら水差しを口に入れられることなんて嫌で嫌で仕方ない。

 だが、どこでそんな技術を手に入れたのか甘やかし上手な静はそんなの知らん顔して、隙あれば可愛がってくる。

 きっと甘えたなおっさんなんかがやられたら終いには、ばぶーってオムツまでさせられてしまうんじゃないだろうか。

 まあ、意外と人を選ぶ静は嫌がるからこそやっている気もするが、そこはあまりよく分からない。


「オレ、そんなにやばかったのか?」


 取り敢えず、そんな時間に厳しい静が寝まくりを許してくれたということは、相応にその必要があったということだろう。

 正直、オレはあの魔物にやられた辺りから記憶は不確か。

 だが、だいたいマイナスにされて吹き飛んでいただろうから、きっとオレが消失に乗じて引っ張り込んだに違いないこの【埼東ゆき】が何とかしてくれたのかとは思う。

 オレが首を傾げるに合わせてにこりとした彼女は、年齢に合わないふりふり衣装を動かしながら頷いた。


「んー、そうだねー……私が間に合ったから良かったけどオレ君、あの時指先でぷるぷるしてるくらいしか肉片残ってなかったよ?」

「うわ。オレ、じゃあ今ほぼほぼ魔法で創られた身体なんだな……自己同一性とか、悩んだほうがいいだろうか?」

「ぷっぷー! そんなこと言ったらラスボスにやられちゃった後の私なんて全とっかえだから、もっとやばやばだってー! 私は私、オレ君はオレ君。それでよくない?」

「オレは、オレ……お、撫でんなって」


 重いオレに、軽い彼女。ルーツを一つにしているはずの【埼東ゆき】達は、しかし嫌い合わず一つにもならずに隣り合ってざわざわ。

 よく分からないが、まあオレが人間と言うよりも魔法という力の奴隷であったとは認識済みだし、こいつの言う通りそんな気にすることないかなとも思う。

 とはいえ、オレより経験値沢山積んでレベル高そうなこの完熟魔法少女ぽいのは、魔法行使時のオーロラ色から元に戻ったオレの長髪を指でさらって、にへらへら。

 楽しそうに、飽きるほど見ただろう【埼東ゆき】の幼少期の姿を撫で付けるのだった。


「きゃはっ。やわっこい、やわっこい……ねえ、オレ君本当にお姉さんのお胸に興味ないの? 今なら吸い放題だよ?」

「変態は嫌いだ」

「うっわー! それって食わず嫌い! 変態って結構歯ごたえあって、おっもしろいんだよー」

「……実体験か?」

「うーん。大体知識先行で、むしろ体験はゼロ! これからもオレ君以外の相手にこの身体触れさせる気はないよ!」

「なんだ。これは、無駄な贅肉だったのか」

「わわっ、私のもも肉引っ張らないでー!」


 私は私だけのものなのー、なんて呆れたことをほざく【埼東ゆき】。

 どう教育失敗すればこんなアホの子が出来るのかは分からない。分からないがしかし、これも確かに誰かの愛を浴びて人のために悪と戦った英雄でもあるのだった。

 抜けてたほうがいざって時に勇気詰め込めるのかなあと、オレは白い目をしながら太ももを抓って引っ張る。

 腿と胴が同レベルで静と比べたら随分とだらしなボディだなと思い、向こうの世界ではこんなのが流行りなのかなとも考えた。


 噂すれば影、というわけでもないだろうが、うるささに気づいたのだろう静がこの家の第何個目か分からない広いリビングに到着。

 彼女はオレ達を見て桃の唇を隠すようにしてから笑んだのだった。


「あら、お嬢様とゆきは随分仲良くなったのですね。ふふ……良かった」

「そうそう! オレ君と私はもうボディタッチOKなレベルで仲良く……ひんっ、爪立てて捻らないでー」

「うん? 静はどうしてこの【埼東ゆき】とそんな仲良く……ひょっとして、魔法使われたりとかしたか?」

「ふふ。そんなことはされていませんよ。ただ、私は《《どこにでもいる女の子》》ですから」

「ええ?」


 何だか痛気持ちよくなってきたかも、とか呟きはじめた無敵の人から疾く手を離し、オレは静の言を不思議がる。

 真に、オレは静がどこにでもいる《《ような》》女の子ではないと思う。

 圧倒的とは言えないかもしれないがよく気づく才女。ぶっちゃけ【埼東ゆき】の魔貌と比べても整い尽くした容姿で勝っているかも知れない静が只者のわけがないのだ。

 そして、普遍性が異世界に通じるなんて、そんな筈は。よく分からずオレは知恵熱でそうな頭を押さえるのだった。


「よく分かんないな……」

「お嬢様は別に分かる必要もないことかと」

「ん……なら、いいか」


 しかし、オレの懊悩は静に要らないと言われ、ならばオレはそれで良しとする。

 よく分かってはいないが、しかし詮索が彼女のためにならないならばそんなのを持っている理由もなかった。

 ぽいして、他のことを考えるかとオレは思う。


「ええ……オレ君、すごいちょろちょろじゃない?」

「はい。お嬢様は、純真な方です」

「ま、そりゃ静よりはねー……」

「ん? どうかしたか?」

「なんでもありませんよ」

「そうか……」

「うわぁ……」


 そして、気を取り直してオレが分断されて未だ繋がりきれていない昨日のことを思い起こしていると、静とうるさいのが話していて、気を取られる。

 もっとも、それに意味はなかったようだったので素直にオレは思索に戻った。

 途中カニかと思って食べたらグラブジャムンだったみたいな顔した【埼東ゆき】が気にはなったが、異世界人は定期的にそんな表情をするのかもしれないと思い直す。

 やがて。


「あ……アンは、それと二頭目の魔物はっ!」


 そして、収拾してしまっている事態に、そのおかしさに気づいたのだった。

 何せ、あの魔物はヤバくてオレには、きっとただの【埼東ゆき】だって相手をするのが大変だと思う。

 その上で、恐らくは死んでいたかその手前だったアンをこの隣の【埼東ゆき】は助けられたのだろうか。

 思わず縋るようにオレは私を見上げてしまったが。


「……そうね。あの魔獣はやっつけられたけれど、ごめんね。殺されちゃってたあの子は関係者、っていう子たちに預けたわ」

「そう、なのか……」


 縦に真っ二つで、首からぶらん。オレは驚愕と痛苦によって固まった少女の顔を再びの生によってほぐしてあげたかった。

 でも、それは想像よりもっと優れていたようだったこの人でも無理だったのだ。

 気落ちしながらも顔を上げ、でも少しだけオレは溢してしまう。


「本物の【埼東ゆき】でも、無理だったのか……」

「あー……勘違いしてるみたいだから、オレ君に言っとくね?」

「なんだ?」


 しかし、本家本元【埼東ゆき】は、オレをまっすぐ見つめて緊張を面に出す。

 愛らしさから一転美しさに変わるそれが向けられるのは平素ならばとても嬉しいばかりであるのだろうが、今はそうでもない。

 むしろ、伝染した緊張にごくりとして、次の言葉を待つ。

 案の定、意外なことを魔法少女はオレに向けて言い放った。


「本来魔法使いは、いいえそうね……【埼東ゆき】という存在は他者の回復のために魔法を使えないのよ」

「えっ?」


 そんな。発端が回復で、そればかりが魔法の本質と思っていたけれども、違う。

 他者に与えるのは無理で、本質同一だからオレの修復は綺麗に出来た。そんなことを訥々と述べる本物を他所に、オレという偽物は考える。


 オレが起きていたら、アンを助けられたと思うのは違うけれども、しかし死体が新鮮であったなら五体を撥ねられた遺体だってオレなら治せる自信がある。

 だが、それが【埼東ゆき】の本質ではないと、遠回しに眼の前の女性は教えてくれる。

 本来【埼東ゆき】は、壊して殺して生きるものだと、諦観と共に真意は伝わった。


 それに、くらりとするオレ。

 回復(足し算)なんて違うものこそ得意な、【埼東ゆき】に接ぎ木されたオレ。その上また、肉体は殆ど全て魔法で創った後天的な代物であるならば。


「ならオレは、何だ?」

「オレ君……」


 【埼東ゆき】という少女の素晴らしき回答を眼の前に。

 やっぱり、どうしようもなくオレという存在は、アイアムアイが分からないのだった。


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