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第一話 夢見

『……まだ、まだっ』


 これが夢だと分かるのは、世界の中心が《《オレ》》ではなく彼女であるからだろう。

 懐かしき高い視点、視界の端に映る大ぶりな身体的特徴。それがひらひらした衣類をまとっているからには、これがオレと違うと判断するのは自然だった。


 また、見て取れる夢の中の世界も現のものとあまりに異なっている。

 崩れに壊れ。辺りの何もかもが凸凹としていて尖っていて、どれもが毀損されているのは明らかだ。

 瓦礫の山のその中に人の欠片も見受けられることをオレはどうしてだか飲み込みきれずにただ覗くばかり。


『わたしは、負けないっ!』


 だってこの夢の持ち主が見上げた空は真っ黒でそんな他所人の生き死にどころで息を呑んでいるような余裕すらないのだから。

 目を凝らせば、その一つ一つが真っ黒な鍵であることは理解できる。

 だが、その夥しさといえばなんだろう。喩えるにも最早蝗害や黒雲ですら届かない。そう、世界の終わりですらもっと気軽なものであって良いはずだ。

 きっと大地の惨禍を生み出したのだろう一つひとつが恐ろしいほどの威力を秘めているに違いない黒鍵の群れ。

 それらが全てこの目を突き刺さんと真っ直ぐに捉えている事態はもう只事ではなかった。


 だが、それでも夢の中でオレと重なっているわたしさんは、まるでシャープとフラットしか残っていないように暗黒地味た全てを見捨てず、こう啖呵を切る。


『皆を、守るんだ!』


 手の中の頼りになる武器はひしゃげて砕けて、取っ手が残っているばかり。そもそも周囲の終わりっぷりから思うに、少女の大切だったものまで全て過去形へと帰されてしまっているに違いないのだ。

 それでもこの子は、いいやきっとこの《《魔法少女は》》言い張った。

 視線の先にいる、黒鍵の指揮者をしかと捉えて立ち上がる。


 途端、ぐらりとする視界。

 ああなるほど、この子はもう既に限界で、きっと足の殆どは台無しになっていた。

 それでも立ったということは意志の証で、不屈の証明。冷たくなりゆく身体にもう欠片程度の意味しかなくても、それでも絞り上げて尊厳を歌うのが彼女の残った価値である。


【そうか】


 だが、それを認めて一切心動かされないものこそ最悪足り得るもの。

 黒を動かす黒は、彼女の抵抗を面白いとも邪魔とも感じることすらなく、ただ終末のための作業のひと工程として。


【俺は少し、何もかもに夢を与えすぎたのかもな】


 事実をつぶやき指を一振り。同調した黒天が降り注ぐ。


『がっ』


 それだけでこれまで彼は見逃し《《生かし続けてあげてきた》》全てを改めて殺し尽くすのだった。


 少女が最期に使った七色に輝く防御の魔法は昏い色に軽々と貫かれ、それどころか黒鍵は身体も足場も、大地も何もかもを射抜いて尚止まることはない。

 穴だらけになった少女に思考はもう許されず、先の願いすらもう抱けない空隙に落ちる。


 そして、魔法少女《《をも》》失った世界はやがて近く滅ぶのだろう。悪の勝利。これはそんな結末の一つだ。



 成すすべなく、死ぬ。嫌にスケールが大きく夢となっているが、こんなこと世に蔓延っているものの一つに過ぎない。

 誰もが明日の確信を持っていながら保証はなく、死すら芽吹きのためであるならば、最早愛すら抱くに難しいものなのかもしれなかった。

 夢破れることなんて、笑い事にして忘れるのが優れた方策に違いない。


「嫌だな」


 だが、オレはこの夢みる少女の夢の終わりを、何もかもが分からぬまま無念に思う。

 オレは、誰もが幸せになれると思ってはいないが、それでも誰もが幸せを目指していいと思うし、そんな彼らの夢を軽々と蹴落としていいとも考えていなかった。

 ましてや、誰かのためになれる人間を嫌うなんて出来ないし、むしろ個人的にはそんな奴大好きだ。


 そして、正義を戦わせ合うだけならいいが、今回はきっと正義が悪に負けたという形だろう。

 そんなのどうも許しがたいくらいにオレは嫌いだった。

 結末が優れたものばかりであって欲しいというのは欲張りであっても、ハッピーエンドを望むのはロマンでもある。


「これで終わってほしくない」


 オレは、《《オレという魔法少女》》は届かぬ夢にだからこそせめてこう願う。

 バッドエンドも花であっても、ハッピーエンドの大輪こそきっと優しい人には相応しい。

 人のために生きた彼女の悔い。夢中とはいえそれをひと目で感じたオレは、黙祷代わりにそう覚醒の前に思ってみる。


「まだ、続いてくれよ」


 勿論、そんなただの想いに意味はないのだが。

 暗闇の睡眠から意識は現の光に飲み込まれ、きっとこの夢もただの記録になって忘れ去られるのだろうけれども。


『ありがとう』


 ただ、そんな応答を聞いたその覚えだけには、意味があったのだと信じたかった。




 よく寝て、起きる。それが健康の秘訣だと自慢していたのは、どこの誰か。

 それを忘れてしまうくらいに今生を生きては来たが、しかし寝起きの曖昧はどうにも変わらず苦手だ。

 睡眠に途切れた意識の再接続。そんなのが起床というものならば、なるほど多少は記録を溢すものがあり、オレはひょっとしたらそれを惜しんで寝ぼけを続けているのかもしれない。


「ふぁ……起きるか」


 そんな夢想にあくびをひとつ。オレは、甲高くもうるさく主張を続ける携帯電話のアラームを止めて、その身を起こすのだった。


「っと」


 しかし、やはり朝に何時までも慣れないため、思った以上に軽い身体を持て余してよろける。

 無理に頭を掲げようとしたためにぐらりとした全体を支えるために、手はぽふりとベッドに落ちた。

 それを横目に見て、オレはこう呟かざるを得なかった。


「今日も……オレはオレ、か」


 言の通りにオレは、アイアムアイに自信がない。だがそれは、錯誤や狂気のためではない、と信じてもいる。

 だが、そっと自ら用意した姿見に可愛らしい女の子の己を認めて違和感と後悔をまた朝から覚えてしまう。

 それがとても苦しいに過ぎるのが、しかしオレがオレである故でもある。前世を持った人間の、苦悩だけはここに確かにあるのだ。


「……っ!」


 少女の身体にはとても飲み込み切れない毎朝のこれを感じたくないために、オレは朝に起きるのが苦手なのかもしれない。

 オレなんて意識は夢の向こうに置いていって構わないだろうに、この幼き身体はしかし毎度オレを引っ張り上げてくる。それが残念に思う辺り、少なくとも前のオレはまともだったのだろう。


 と、思考を続けてようやく付いてきた意識は身体を急制動させる。

 慌てて振り向いた身体は枕元にある錠剤を口に含ませて、その隣の水差しの中身を呷った。


「っ……んく」


 そのため、舌先に多少の甘みを感じさせた《《心を落ち着かせるためのお薬》》は無事に細い喉を通る。

 少し引っかかったような感触が不快であるが、そもそもオレなんて存在のほうがよほど気持ち悪いもの。


「ふぅ」


 一息だけ吐いて、薬効が届くまで尽きぬ罪悪感に震えようとする身体を抑えるのにしばし。

 オレはゆっくりと現状の原因となる過去を思い出す。




 さて、前世という言葉があり、それが転生というものを通じて近頃物書きの玩具になっているとは知っていた。

 だが、それだけ。何事も深く考えすぎることもないそんな平凡、というには少し意思が強くて嫌われることが多かったそんな男がどこかには居たのだ。


『あれ?』


 それが、知らぬ間に終わっていなくなり、でも続いた。

 死んだ筈のオレは、オレという意識は気づいた時小さな小さな手を二つ前にして、ぐーぱー。


『え? ここどこ? オレは?』


 その疑問に答えはない。

 だが意識の芽生えが遅いとされた子供が喃語以外の文句を吐き出しはじめたことに、その後多くは喜んだ。


『うぇ』


 だが、オレはそれが吐き出したくなるくらいに嫌でしかたなかった。

 何せ、オレは納得できるくらいに死んでいたのだ。それが、続いて何になるだろう。

 それにこの身体の中には。


『オレ、だけ?』


 オレには、そんなオレなんて終わっているどうでもいいものが誰かの中身に《《挿げ変わって》》しまったのかもしれない現実が認められなかった。

 身にしているのは性も違う、この矮躯。オレには勿体ないそれを、しかしどうしても戻してあげられない。それは、あまりに許しがたい現実だ。

 もとの意識が薄かろうが何だろうが、そもそも死んだものが生きていて良いはずがない。彼女は、彼女のものでそのはず。


 オレは、誰もが幸せになれると思ってはいないが、それでも誰もが幸せを目指していいと思うし、そんな彼らの夢を軽々と蹴落としていいとも考えていなかった。

 ましてや、誰かのためになれる人間を嫌うなんて出来ないし、むしろ個人的にはそんな奴大好きだ。


 なら。


『嫌だ……』


 それからずっと薬を手放せなくなるくらいに、オレは本当に今を生きるべきだっただろう彼女に替わって生きるオレとそんな現実が大嫌いだった。




「さて……だからこそオレは今を生きないとな」


 胸元が鎮まり出してからオレは悔恨を治め、ようやく視界をまっすぐに向けだす。

 改めて姿見に映るオレは、幼くどこか顔色青くしてぷっくらした唇を噛みながらも、美としてもなんら問題ない容姿だった。

 オレはそのことにすら引け目ばかり覚えながらも、表情を真面目に正してから思い直す。


 そう、オレはひょっとしたらオレの意識がなければ生きていたのかもしれない彼女を殺して生きている。

 ならば、彼女のためにも今を真面目に生きなければ、と思うのだ。

 こんなオレが幸せになれないとは理解している。だが。


「こんなオレも少しは、誰かのためになれるのから」


 言い、白くなるまでベッドを掴んでいたオレの手は身体とともに宙に浮かぶ。

 それをこの身体が秘めた魔法という異能によるものと理解しながらベッドからそのまま降り立ち、気持ちを切り替えるためにネグリジェのまま姿見の前でくるりと一周。


「今日も魔法少女をはじめよう」


 そうしてオレは、歯を食いしばり続けた結果鉄面皮として知られるようになった《《最古》》の魔法少女、埼東ゆきを始めるのだった。

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